第421話 錬金
ガリシア氏族に代々受け継がれ、アルジャイル鉱山の奥深くに保管されていたという神授鉱は、碧い金属でできた女性の胸像だった。その金属は淡い魔力光を帯びており、一見しただけでも普通の金属では無いことがわかる。
それにしても……この胸像の女性、どこかで見覚えがあるんだよな。長い髪に、美しい顔貌……どこでだっけ? 誰かに似てるのか? いや、こんな人、知り合いにいたっけな?
「あ、どこかで見たと思ったら、神殿にあった女の人の石像と同じ顔じゃん」
「ああ! あれか」
各地の転移陣の神殿の白い小部屋で、『大事な物』が収められていた匣の奥にあった祈りを捧げる女性像だ。そう言えば龍の間にもあったな。そうだ、あれと同じ顔なんだ。
「実は気になってたんだよね。あれ、WOTには無かったから」
「へぇ、そうなんだ?」
「うん。でも、この人、誰なんだろうね?」
ふむ……言われてみれば誰の像なんだろう?
両手を胸の前で組んで祈りを捧げるようなポーズをとっていたから、神龍ルクスに信仰を捧げる女性像だと思い込んでいた。
でも転移陣って神龍ルクス教が生まれる前からあったんだよな? ってことは、あの像はルクスに祈りを捧げている女性ではないということになる。
うーん、誰なんだコイツ。
「で、これが、神授鉱でできているの?」
考えこんでいたら、アスカが胸像を触りながら、興味津々といった顔でアリスに尋ねた。
「はい! 間違いないのです!」
「鉱石か金属塊だと思ってたんだけどな」
ガリシア氏族にとって神授鉱で武具を創るのが悲願だって聞いていたから、まさか胸像が出てくるとは思わなかった。というか、胸像に加工できるなら、武器にすることも出来たんじゃないのか?
「この胸像は誰が作ったんだ?」
「わからないのです。祖先が神龍から授かった『神授鉱』とだけ言い伝えられているのです」
「神龍から授かった……か」
「勇者ヴァルターが央人族との戦争の際に、神授鉱から武具を創ろうとしたけど、出来なかったと伝わっているのです。だから、ガリシア氏族にとって神授鉱から武具を創ることが悲願となったのです」
「そうなのか……」
あれ? でも確かヴァルターってジェシカから聞いた話でも出て来た名前だったよな?
「魔人族には、龍王ルクスに立ち向かった土人族の勇者が、ヴァルター・ガリシアだって伝わっているんだったよな?」
そう尋ねると、ジェシカがこくりと頷いた。
「ルクスと戦って命を散らした勇者の一人なの。でもルクスが封印の中から人々を操って歴史を書き換えたの。ルクスと全ての人族との戦いが、人族同士の戦いだったことになってしまったの」
「アザゼルが言っていることが正しければ、な」
まあ、今さらアイツが言っていることを疑ってるわけでもないけど。龍王ルクスが人族を大量虐殺しているのは事実だ。彼らの語る歴史も、おそらく事実なのだろう。
「それで、出来そうなのか?」
話がそれたが、本来の目的は神授鉱から武器を作ること。
アザゼルは熟練の技を持つ【錬金術師】だけが神授鉱を鍛えることが出来ると言っていた。今のアリスなら、その条件を満たしているはずだ。
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アリス・ガリシア
■ステータス
Lv : 78
JOB: 錬金術師Lv.2
VIT: 741
STR: 893+300
INT: 635
DEF: 833+330
MND: 635+50
AGL: 688+50
■スキル
戦槌術
採掘・精錬・錬炉
鑑定・鍛造・付与
錬金
人形召喚LV.8・神具解放LV.8
■装備
ガリシアの手甲
双竜のジャケット
火装の腕輪
土装の首飾り
マラカイトのアンクレット
ピンクオパールの指輪
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アリスは、皆で海底迷宮の50~75階層を周回した際に、【錬金】スキルの修得を果たしていた。
それは本当に、本当に長い道のりだった。思えば、アストゥリアを旅立った時からずっと研鑽を重ねていたのだ。
アリスは身体レベルが高かったおかげでスキルの熟練度を稼ぎにくく、なかなかスキルレベルが上げられなかった。俺を含めた仲間達がどんどんスキルを修得し、加護レベルを上げていく中、アリスだけは加護のレベルを上げられなかった。
成長を実感出来なければ、努力をし続けることは難しい。俺が幾つもの加護を修得できたのは、アスカから最短で成長できる道筋を示してもらったおかげだ。使えば使うほどにスキルレベルが上がり、どんどん成長していくことが楽しかったからだ。
だがアリスの場合は、アスカも知らなかった加護ということもあり、その鍛え方も試行錯誤しながらの遠回りなものだった。さらに、アリスの身体レベルの高さもスキルの成長を邪魔していた。
それでもアリスはくじけなかった。努力を惜しまず、文句も愚痴の一つも言わず、ただただ金属の【錬金】をこなし続けた。
いつだったか、そのことでアリスに声をかけたことがある。辛くないか、無理をしていないかと。
だが、アリスは辛いなんて思ったことも無いと、満面の笑みを返してきた。
装備品を作ることも、強化することも出来るようになった。今日できなかったことも明日には出来るようになっているかもしれない。明後日にはスキルレベルが上がっているかもしれない。
ほんの少しだけだったとしても、一歩ずつ一歩ずつ前に進んでいる。そもそも加護を授かってから丸5年以上も、全くスキルを使えなかった。スキルを使えるだけでも楽しくて仕方がないのだと。
アルさんとアスカ、エルサのおかげで、アリスは幸せなのです……そう言って人懐っこい笑顔を浮かべていた。
そんなアリスが【錬金】の修得を果たした時には、仲間全員が我がことのように歓喜し、祝福した。アリスがどれだけ真剣に取り組んでいたか、どれだけ氏族の悲願を、母の願いを叶えたいと思っているかを皆が知っていたから。
「出来る、出来ないじゃないのです。やるのです!」
アリスはそう言って、力強くうなずいた。
「よし、早速やるか?」
「はいなのです!」
そう言うとアリスは、碧い輝きを放つ胸像を石のテーブルの上に置いた。
「始めるのです」
アリスが真剣な顔つきで、両手を突き出す。身体全体から金色に輝く魔力光が放たれた。
「【錬炉】」
机の上に球状の空間の歪みが出現する。素材の選別や分離、合成を行う錬金空間だ。透明な真球の空間に、アリスの両手から放たれた金色の魔力が充満していく。
「ユーゴー、お願いなのです」
「心得た」
空間形成に全神経を集中しているアリスに代わり、ユーゴーが胸像を抱え、その歪んだ空間の中にねじ込んだ。空間の中央に浮かんだ胸像が、アリスの金色の魔力に反応し明滅する。
「続けるのです。【鍛造】……っきゃぁっ!?」
アリスが素材を整形し、鍛え上げるスキルを発動したその直後だった。碧い胸像が激しく瞬き、アリスが錬金空間に満たしていた金色の魔力を急激に吸い込み始めた。
「アリスッ!?」
アリスの顔が苦痛に歪み、顔色が一気に青白くなっていく。錬金空間に満ちていた魔力を吸い尽くした胸像は、アリスから流れる魔力をも吸い込み始めたのだ。
「これは……アリスの魔力が食われてる!?」
「急性魔力欠乏よ! アスカ!」
「【魔力回復薬】!」
アスカが即座にアイテムメニューを発動し、アリスの背に手を添える。青緑色の光がアリスを包みアリスの身体に染み込んでいく。
「出ていく魔力の方が早い!? アスカ、続けて!!」
「【魔力回復薬】!」
「アリスッ! いったん中止だ! スキル発動を止めるんだ!!」
がくがくと膝を震わせ始めたアリスをエルサが支える。アスカは魔力回復薬を連続して使っているようだが、使った端から吸い込まれていく。
アリスは俺達の声が全く聞こえていないようだ。目をかっと大きく見開き、囚われたように碧い胸像を見ているが、その表情からは感情が抜け落ち、意識が無いようにも見える。
「はあぁぁっ!」
ユーゴーが空間の中に固定されている胸像に拳を突き出した。だが、ユーゴーの剛腕がぶつかっても胸像はピクリとも動かない。
くそっ、いったい、何が起こっている? 胸像を弾き飛ばすことも出来ないとなると、後はどうすれば良いんだ!?
「アルフレッド!【接続】を! アリスの魔力を支えてあげるの!」
唐突にジェシカが叫ぶ。
え? あ、そうか!
アリスは胸像にどんどん魔力を吸い取られている。ならば、俺の魔力を注ぎ込めば良いってことか?
だが、魔力を吸い取られるだけで何の解決にもならないんじゃ……って、ええい、迷ってる場合か! 今はアリスを支えることが優先だ!
「『励起』!」
俺は根源に宿る加護に語り掛ける。励起させる加護の組み合わせは【魔導士】と【闇魔道士】だ。俺の最大魔力でアリスを支える!
「【接続】!」
アリスに俺の加護の恩恵を繋ぐ。アリスを通じて一気に魔力が吸い込まれていき……
胸像から閃光が弾け、魔力光が周囲を碧く染め上げた。




