第420話 接続
竜種は魔法に対する強い耐性を持っている。最上位の竜である古代竜ともなると、その魔法耐性は相当なものだ。
そのため闇魔法の【病魔】や【弱体】も非常に効きづらい。だが、効き辛いだけであって全く効かないわけではないのだ。何度も何度も繰り返し闇魔法を当て続ければ、少しづつその効果は積み重なっていく。
「【破心・猛毒】!」
右手から射出された惣闇色の魔力塊が巨大な竜に絡みつく。古代竜は『ぐるるぅ』と苦し気に呻いた。
片翼と両前足を斬り落とされ、両後脚の腱を裂かれた竜は、もう何も抵抗できない。ブレスを吐くことぐらいは出来るかもしれないが、俺は背中側に回って魔法を放っているから当たらないしね。
ちなみに俺が使った魔法は【闇魔道士】の【破心】と【闇魔法使い】の【猛毒】の『二重詠唱』だ。熟練度稼ぎと二重詠唱の鍛錬を兼ねている。
闇魔法の【弱体】と【病魔】は、一つの魔法に幾つもの種類がある。アスカの備忘録によると、効果はこんな感じだ。
病魔/イリネス
以下いずれかの状態異常の付与。
倦怠,睡魔,猛毒,盲目,麻痺,恐怖,混乱,隷属
弱体/コリジョン
以下いずれかのステータス低下の付与。
破迅,破剣,破盾,破心,破杖
【弱体】は各種ステータス低下、【病魔】は各種状態異常を起こす。効果は読んで字の如くだ。
ジェシカによると【病魔】は魔物によって効きやすかったり、全く効かないこともあるらしい。例えば不死者には、ほとんどの状態異常が効かないが、その代わりに隷属は効きやすい。
逆に生物全般に状態異常は効果があるが、隷属は効き辛い。隷属は恐怖や混乱状態に陥れたうえで、瀕死にでもしなければかからない。これは『隷属の魔道具』なんかと同じだな。
そして【弱体】の方は、効かない魔物はいない。相手の魔法耐性が高いと、ほんの少ししか効かないが、継続して当て続ければ効果は積み重なっていく。
「ぅぐるる……」
古代竜は地面に突っ伏したまま情けない鳴き声を上げた。もう小一時間ほど【弱体】と【病魔】を浴びせられているので、青息吐息といったところだろう。まだ修得に至って無いからやめないけどね。
「なんだか竜が可哀そうになってきたの」
「ほんとだねー。アルってば、ひどーい」
アスカ、まるで心がこもってないぞ。
「早く修得に至らなきゃいけないんだ。命を弄ぶようで、心が痛いが……」
「アル、まるで心がこもってないよ」
うん。スキルレベルがどんどん上がっているのがわかるから嬉しくてね。顔に出てた。
「でも、そろそろ死んじゃいそうだよー? そのドラゴン」
「そうか。じゃあジェシカ、やるぞ」
「ん、いつでもいいの」
ずっと猛毒状態にしていたから、そろそろ体力の限界が来たようだ。古代竜、ありがとう。君の命は俺の血肉となって生き続ける。安らかに逝ってくれ。
「『励起』……。行くぞ!【接続】!」
「【火遁】!」
ジェシカが前に突き出した両手から、劫火が吹き荒れる。青い炎を浴びせられた古代竜は、一瞬で燃え尽きて灰へと変わっていった。
ジェシカのスキル【陰陽五行】の【火遁】の威力は、エルサの極大魔法すら凌駕していた。【破心】によって魔法耐性を極限まで落とされていた古代竜には、耐えることなど到底できない。
「すっさまじー威力だね」
「3人分の魔力だからな……」
「すごいの……。青い炎なんて始めてみたの」
「火はね、温度が高くなると青くなるんだよー」
【陰陽五行】は、炎や水、雷などを放射する【忍者】のスキルだ。使用魔力量が少なく使い勝手が良いスキルで、その威力は魔力に依存する。そのため、残念ながら魔力の低い【忍者】では高い威力は期待できない。
ではなぜ【忍者】の加護を持つジェシカが放った炎は、こんなにも高威力だったのか。その理由は、俺の魔力がそのままジェシカに上乗せされていたからだ。
「【接続】か。かなり使えるスキルだな」
新たに身に着けた【転移陣の守護者】の【接続】は、自身の加護の恩恵を一時的に他者に繋げるスキルだった。簡単に言うと、俺のステータス値を仲間に上乗せできるのだ。
ジェシカの身体レベルは47、【忍者】の加護レベルは2まで上がっている。早さのステータス値は既に俺を大幅に上回っていて、なんと4000近くもある。だが魔力は1600程度と低めだ。そして普段の俺の魔力は3000ちょっと。つまり、【接続】して俺の魔力を上乗せすれば4600ほどになる。
それだけでも凄まじい魔力だが、俺は【魔導士】と【導師】の二つの加護を『励起』させたうえでジェシカに『接続』した。二つの加護の恩恵を重ねると、俺の魔力は5800にまで膨れ上がる。この数値は【大魔導士】のエルサすら大きく上回るほどの魔力だ。
その膨大な魔力が上乗せされたジェシカの魔力は7400超。エルサを上回るどころか二倍以上の数値だ。
元々の魔力が高いエルサと【接続】したら、どれほどの威力の魔法を放てるだろう。試してみるのが楽しみでならない。
「じゃ、お昼食べてから3周目いこうか!」
「おうよ。あ、魔石拾ってくるから、ちょっと待ってて」
「お昼はボア汁とティーケージーがいいの」
よし、このペースなら今日中に【暗黒魔導士】は修得できそうだ。予定最終日の明日は『励起』を一通り試して、【接続】の熟練度稼ぎだな。ああ、励起状態での二重詠唱の訓練もしないとな。やることが盛りだくさんだ。頑張ろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
修行3日目を無事に終え、俺達は魔人族の村へと戻ってきた。農作業の手を止めてにこやかに俺達を出迎えてくれた魔人の青年によると、アリス達は既に帰ってきているそうだ。
「ただいまー!」
「お帰りなさい、アスカ、アル」
急ぎ戻ったジェシカの穴倉では、既に旅装を解いたエルサが魔人の女性と共に大鍋で料理をしていた。アルジャイル鉱山で倒した緋緋色の金竜の肉でスープを作っているのだそうだ。
アリス達は地竜やオークなどの食肉を『王家の魔法袋』に詰められるだけ持ち帰って来たらしく、既に村人たちには配り終えたのだそうだ。
「貴方達には感謝しかないわ。前にもらったのも含めれば、1年は食料に困らないわ」
俺達が持ち帰ったのは古代竜と上級竜の魔石だけだ。途中で何か狩って来ればよかったな。
「このシチュー、海水と溶かした雪で作ってるのよ」
「へぇ。海水で……」
鍋を覗き込むと金竜肉と海藻、雑穀のスープだった。白濁したスープからは磯の良い香りが漂っている。
「この村には海水ぐらいしか調味料がないのよ。エルサにもらったハーブが育つのが楽しみだわ」
「くどいようだけれど、決してあの鉢から出してはダメよ? ハーブは生命力が強いから、畑に植えたらミレットを枯らしてしまうわ」
「わかったわよ、エルサ。そう何度も言わなくても、大丈夫よ」
エルサに注意された、魔人の女性が苦笑する。
驚いたことに、エルサが魔人族とにこやかに会話をしていた。しかも、どうやらこの村の料理を教わっているようなのだ。
魔人という言葉を聞くだけで殺気立っていたエルサが、魔人と一緒に親し気に料理をするなんて……。憎むべきは人種ではなく個人だ、ということなのかな。
俺もこの村で接したことで、今まで抱いていた魔人への印象は大きく変わった。さすがにアザゼルに対しては複雑な思いがあるけど……。
「それで、目的の物は手に入ったのか?」
「はい! ちゃんと持ってきたのです!」
そう言うとアリスは魔法袋から、碧い金属の塊を両手で抱えて取り出した。
あれ? これって、女性の胸像か?
どこかで見覚えのある造形だな……。




