第419話 守護者
翌朝、60階層の転移陣の聖域を出る前に、アスカがアイテムボックスから惣闇色の宝玉がはめ込まれた指輪を取り出した。アザゼルから譲り受けた『エヴェロンの指輪』だ。
かつての魔人族の王の一族、エヴェロン王家が代々受け継いでいた闇属性の魔力がこめられた指輪。魔法の発動媒体として用い、威力を向上させる効果のある武器を兼ねた装飾品だ。
ガリシアの手甲、アストゥリアの短杖、シルヴィアの大槍、ジブラルタの大杖に続く王家の名を冠する5つ目の武器になる。当然、加護を得ることが出来る『大事な物』ってわけだ。
「さってー、じゃあ使ってみるよ!」
「お、おう」
アスカが、かなり前のめりだ。明らかにわくわくしている様子が見て取れる。なんか、ちょっと怖いんだけど。
「コレは間違いなく『王家の武器シリーズ』だし、闇魔法使い系の中位加護【暗黒魔導士】が使えるようになるんだと思うんだけどね。ちょっと他にも期待していることがあって……」
「へぇ……? 何を期待してるんだ?」
「んふふ、ヒ・ミ・ツ」
アスカはいたずらっぽく笑い、少し先で待っているジェシカに視線を向けた。不意に見つめられたジェシカが、不審げにこちらを見返す。
「では……」
アスカはエヴェロンの指輪を左手の中指に着けると、左手首に右手を添えて仰々しく天に掲げた。同時に、アスカの周囲に半透明の石板がズラッと現れる。
突然いくつも現れた半透明の石板に驚きジェシカが大きく目を見開く。
「玲瓏たる闇の精霊にして、満天の夜空を司る逢魔の御子よ!」
アスカは両手をゆっくりと下ろすと半透明の石板に手を添え、まるで鍵盤楽器を奏でるように叩き始めた。同時に半透明の石板は明滅を繰り返し、白光と惣闇色の魔力光を交互に放ち出す。
「古の盟約に従い我に力を! 惣闇を照らす銀夜の輝きをもって、我らを照らしたまえ!」
アスカは再び天を仰ぐように両手を伸ばした。
「こ、これは……」
ジェシカが畏れを抱いたかのようにわなわなと震え、絞り出すように呟いた。ジェシカがアスカに向ける眼差しには、畏敬の念がこもっているように見える。
ジェシカ……いや、なんか、畏まってるとこ悪いんだけど……
「御子の神力をもって其の根源に新たなる加護を刻まん! 出でよ、ハローワーク!!」
アスカを中心に、より強い惣闇色の輝きが放たれる。
「なんて、神々しいの……」
うーん……実は今のさ、何の意味も無いんだよ……。アリスやローズと一緒に風呂に入りながらやってる、ただの遊びなんだよ。
厳かな儀式みたいな雰囲気を出してたけど、あの舞いみたいな動きも、祝詞っぽい詠唱も何の意味も無いから。半透明の石板もたくさん出てたけど、あれステータスとかアイテムとかが書いてあっただけだから。一つは加護を変えるための『ジョブメニュー』ってやつだったけど、それ以外は飾りみたいなもんだから。
半透明の石板の明滅は、アスカが念じたり、触ったり、何かを使ったりするとそう反応するだけだし。闇魔法っぽい光とか、光魔法っぽい光を放ってたのも、海底迷宮で拾った白光石とか闇霊石の欠片を『アイテムメニュー』で使ってただけだし。
ちなみに『ハローワーク』というのは、ニホンの民に加護を与える神殿のような場所らしい。なんでも好きな加護が選べると言うのだから驚きだ。ニホンに優秀な戦士や生産職が多い理由がわかった気がする。
「こ、これが、神の使いの御業……加護とは異なる唯一無二の力なの……」
ジェシカが何やらぶつぶつと呟いている。
どうやらアスカの芝居は見事に成功したようだ。ジェシカの畏敬の視線に満足そうな笑みを浮かべている。いや、この忙しいときにいったい何をやってんだよほんとに。阿呆か。
「ふふん。成功だよ! 新しいジョブを習得したよ!」
いつもだったら『ジョブメニュー』をつつくだけで、適当に済ませる癖にね。俺やエルサやユーゴーには相手にされないから、初見の人にやって見せたかったんだろう。阿呆か。
「予想通り……二つね!」
あっそう。それで、何の加護が手に入ったって?
一つは【暗黒魔導士】なんだろうけど……って、えぇ?
「二つ!?」
なんで? 実はアザゼルから『大事な物』を二つもらってたとか?
あ、もしかして闇魔法使いの上位加護が手に入った!? ほぼ全ての戦闘職の加護を持っているとはいえ、俺が身につけているのはどれも中位加護だ。
俺もついに上位加護持ちになれるのか!? 闇魔法ってのが引っかかるけど贅沢は言うまい!
「なんか期待させちゃってるみたいだけど……アルの考えてるのとは違うと思うよ」
アスカが苦笑いして半透明の石板……というかウィンドウを指さした。なんだ、違うのかよ。がっかりだよ。
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■ジョブ
転移陣の守護者
騎士★
拳闘士★
竜騎士★
弓術士★
導師★
魔導士★
暗殺者★
暗黒魔導士
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うんうん。【暗黒魔導士】ね。闇魔法使い系の中位加護ね。想定通りだね……って、あれ?
「転移陣の……守護者?」
「うん。やっぱ、これが獲得条件だったんだねー」
「ど、どういうことだ?」
「んーとさ、前に【森番】が【転移陣の守番】に変わったの【闇魔術師】を手に入れた時だったじゃん?」
ああ、そう言えばそうだ。『始まりの指輪』を使って闇魔術師を習得したら、『大事な物』を使ったわけでもないのに昇格してたんだよな。
「たぶん昇格条件は戦闘職の加護を全部習得すること。全部ってのは、獣戦士みたいな種族限定の加護を除いて、剣士・拳士・槍使い・斥候・弓使い・癒者・魔法使い・闇魔法使いの8種ね」
「ああ、なるほど……。闇魔法使いの中位加護を手に入れて、8種全部揃ったから昇格したってことか」
確かに筋は通る。だとすると、この加護ってアスカがいないと手に入らなかったってことか。
「じゃー【暗黒魔導士】になったばかりでアレだけど【転移陣の守護者】になってみよっかー。ぽちっとー」
うおっと、今度はそのやっつけな感じでやるんだ? ジェシカがなんか微妙な顔してるけど大丈夫か?
「ん……なんかスキルが使えるみたいだ。けど、なんかこれ……だいぶ特殊だな。スキルの名前は」
「【接続】かあ。どんなスキルなの?」
俺に言わせろっつーの。
効果はね……。俺は自分の加護に深く問いかけてスキルの効果を探る。
なんか『二重詠唱』と『励起』の修行を始めてから加護への理解とか繋がりとかが、より深くなった気がする。今までよりも加護の恩恵を感じやすくなったし、スキルの理解度も上がった。
ジェシカ達の言う、加護が宿っているという『根源』っていうのもなんとなく感じ取れるようになった。自分の身体の奥底にある生命力の源というか。
ああ、思考が脱線したな。
「【接続】は指定した仲間に接続するスキルだな」
「意味がわからないの」
「うん。説明!」
ふふん。魔人族にはいつも思わせぶりなこと言われてばかりだったからな。たまには意趣返しさせてもらう。
とは言ってもアスカの前のめりっぷりが激しくなってきてるから、引っ張るつもりはないけどね。
「【接続】はだな……」
俺は【転移陣の守護者】から伝わって来るスキルの詳細をアスカ達に話し始めた。
実は『転移陣の守護者』は第4話に出てたりします。
丸二年越しでようやく書けました。




