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騎士とJK  作者: ヨウ
第十章 永久凍土の名も無き村
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第417話 並列思考

 ガリシアの転移陣からレリダに向かった俺達を出迎えたのは、落下によって砕けた大岩とその破片に埋め尽くされた大地だった。初めてこの地を訪れた者は、そこに都市があったとは思えないだろう。


「うぷっ……」


 アスカとローズが口に手を当てて嘔吐いた。


 辺りにはむせかえるような血と肉の匂いが漂っている。今も数えきれないほどの人々の遺骸が、この岩の下に埋まっているのだ。


 彼らの匂いが、ここはほんの少し前まで数万人が暮らし、活気にあふれていた大都市レリダなのだと執拗に訴えかけていた。


「アルジャイル鉱山も……崩れてしまっているのです」


 白銀や金剛石といった希少鉱石に加え、豊富な鉄鉱石の採掘量を誇るアルジャイル鉱山が、半分ほども消し飛んでしまっている。


 龍王ルクスの放った魔法は、たぶん地属性の極大魔法【星落とし(メテオストライク)】だったのだと思う。世界に並ぶ者などいないほどの大魔法使いであるエルサの魔法ですら、子供騙しと思えるほどに常識はずれな威力だった。


「生き残れた人達もいたんだね」


「たぶん鉱山に潜っていた人達なんだろうな」


 坑道口には数十人ほどの土人の一団が、打ちひしがれた様子で座り込んでいた。皆、目の前の光景が信じられないと言うように茫然としている。


「あ、あんた達! いったい何が起こったんだ? ここは……レリダなんだよな?」


 俺達が崩れかかった坑道口に近づくと、土人の一人がよろよろと立ち上がり問いかけて来た。


「ああ。残念ながら、レリダだ。翼が生えた人が飛んできて、雨のように大岩を降らせたんだ」


「翼が生えた人? 魔物か? 大岩の雨を降らせたって……と、とても信じられんな」


「この目で見た俺達だって信じられないよ。それより、ここにいたらその魔物がまたやって来るかもしれない。早く他の町に避難した方が良い」


「そうか……そうだな」


「出来れば他の町や遊牧民たちにも知らせて『翼の生えた人』に注意するよう呼びかけてくれ」


「あ、ああ、わかった」


 翼の生えた人の正体を伝えたところで、彼らにとって何の救いにもならないだろう。それよりも、近隣の町にこの惨状を伝えてほしい。


 龍王ルクスは大都市を狙っている。勇者の血を引く王家や氏族が治める都市を狙っているのかもしれない。いずれにせよ人が多く住む都市はヤツに狙われやすいだろう。せめて住民達が避難や疎開をしてくれるといいのだが。


「それじゃ、私たちは行くわね。また、3日後に」


 今回、俺達は二手に分かれることにした。


 アリス、エルサ、ユーゴー、ローズの4人には、アルジャイル鉱山の奥深くに隠されている神授鉱(オリハルコン)の回収と希少鉱石の採掘に行ってもらう。今までほとんど出番のなかった『王家の魔法袋』に収納してくる予定だ。この4人なら鉱山に出る魔物ぐらいなら何とでもできるだろうし、万が一の時にも【龍脈の腕輪】を渡してあるから避難も可能だ。


 そして俺、アスカ、ジェシカの3人は海底迷宮に行く。ジェシカから加護の『励起』とやらを教わる予定だ。新たに習得した加護(・・・・・・・・・)の熟練度稼ぎも兼ねている。


「ああ。3日後に、魔人族の村で。気をつけろよ、アリス、エルサ。ユーゴー、頼んだぞ」


「任された」


「行ってくるのです」


 崩落して出入り口が狭くなった坑道口に、アリスを先頭にして入っていく。


「じゃあ、あたし達も行こうか」


「ああ。【転移(ジャンプ)】」


 次の瞬間、俺達は海底迷宮の60階層の転移陣に転移した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「じゃあ、ジェシカ。『励起』ってやつを教えてもらえるか?」


「わかったの。アスカ、テーブルセットをお願いするの」


「りょうかーい」


 アスカが木製テーブルと椅子を3脚、薪ストーブとティーセットをアイテムボックスから取り出す。ジェシカはおもむろに生活魔法で水を創り、お湯を沸かし始めた。


 ジェシカはことのほか紅茶と甘味を楽しむのが大好きだ。魔人族の村で生まれ育った彼女にとって、ティータイムは最高の贅沢なのだそうだ。


 アザゼルにサローナ大陸の外に連れ出してもらうまで、お茶を楽しむ習慣など無かったし、甘味を食べたことすら無かったらしい。あの狭い地下空間では茶葉を育てる余裕などないだろうし、砂糖や蜜などを手に入れる方法などあるはずもないだろうから、香り高い紅茶と甘い菓子を楽しむのに目が無いのも頷ける。


 普通の冒険者は迷宮で紅茶をいれたり甘味を楽しむことなど無いだろうが、アスカのアイテムボックスがある俺達は話が別だ。迷宮の中でもアスカやエルサが焼いたクッキーやスコーンとともにティータイムを楽しんでいる。


 俺以外は全員女性のパーティだから、やる気を維持するのに必要な時間というわけだ。というか、そうでもしないとアスカの強引な迷宮攻略に付き合いきれない。俺も含めて。


 そんなわけで、アスカが『ブレイクタイム!』と言い出すのを、ジェシカはいつも心待ちにしている。俺達とは一線を引いて無表情を貫いている彼女が、うっすらとだが笑みを浮かべる唯一の時間だ。


「基本は『二重詠唱(ダブルキャスト)』と同じなの。スキルを同時に二つ発動する時の訓練方法は覚えている?」


「そりゃね。あれだけ扱かれたらな」


 二重詠唱の訓練は、一度発動すると一定時間効果が持続するスキルと、発動時にのみ効果を発揮するスキルを同時に発動することから始まった。最初に試したのは、俺が最も使い慣れていた剣士系のスキル【鉄壁】(ウォール)【不撓】(ディフェンダー)の同時発動だった。


 【不撓】は体に魔力を巡らせて5割ほど防御力を向上させるスキルだ。発動すると約90秒ほど効果が持続する。


 そして【鉄壁】は魔力盾を展開するお馴染みのスキルだ。盾を中心に円状に展開したり、周囲を包むように球状に展開したりすることも出来る。


 【不撓】は一度発動すれば一定の時間が過ぎるまでは全く意識しなくても効果が持続する。意識して魔力を注ぎ続ければ効果時間を延長することも可能だ。逆に【鉄壁】の方は意識を魔力盾に集中している間だけ展開する。


 訓練では、【不撓】を維持しつつ、【鉄壁】を『常時発動(アクティベート)』し続けることから始めた。【不撓】に意識を割いて持続時間を延長させつつ、【鉄壁】で円盾に魔力盾を纏わせて無意識下で持続させる。


 【不撓】を発動した後に効果時間が切れるまで放置し、【鉄壁】を常時発動したことなら今までも何度もあった。だが、【不撓】に意識を集中して、逆に【鉄壁】の方にはなるべく意識を割かないというのは普段とは真逆だ。


 そもそも『常時発動』は他のスキルを発動することは出来なくなってしまうという思い込みがあった。A級決闘士のルトガーがそう言っていたので、そういうものだと思ってしまっていたのだ。


 そんな経緯もあり、なかなか難易度が高く、慣れるまでかなりてこずった。


 とは言えアスカ式ブートキャンプをしながらの訓練だ。Sランク以上の階層主を相手どりながらだったので、無理やりにでも慣れないと命が危ない。数時間も経ったら【不撓】と【鉄壁】を同時に発動して効果を維持したり、止めたりすることが出来るようになった。


 アスカによるとニホンでは『並列思考』とか『思考分割』と呼ばれているスキルらしく、【シャチク】の加護を持つ者の必須スキルなんだとか。やはりニホンの戦士たちは、凄腕の者が多い。


 話がそれたが、【不撓】と【鉄壁】の二重詠唱に慣れた後は、同時に発動するスキルを総当たりで変えていって、頭と体に叩き込んで慣らしていった。狂獣の王(キングベヒーモス)とか古代竜(エンシェントドラゴン)とかと戦い、死に物狂いでね……。


「二重詠唱は二つのスキルに同時に意識を割いて発動するの。『励起』はその先にある極致なの。根源に刻まれた二つの加護に意識を巡らせ、同時に身体の隅々にまで感覚を研ぎ澄ませるの。一つ目の加護が与えてくれる恩恵と二つ目の加護が与えてくれる恩恵を細部に至るまで意識し、同時に無意識で重ね合わせるの」


 ううむ……。言っていることはなんとなくわかるけど。無意識の意識化と意識の無意識化? いかん、頭がこんがらがってきた……。



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