第416話 励起
「どういうことだ?」
「神授鉱を鍛えられるのは熟練の技を持つ【錬金術師】だけだ。だが今世は、その加護を持つ者が現れなかった」
「……アリスに『反・地龍の紋』を彫ったのと何の関係があるんだ?」
『地龍の紋』には錬金鍛冶の加護を授ける効果があるって話だった。もし彫られたのがスキルを封印する『反・地龍の紋』ではなく『地龍の紋』であれば、アリスは初めから鍛冶師系統の最上位加護である【錬金術師】を授かっていた可能性もあるじゃないか。
「龍の祝福を授かるためには魔晶石の前で渇望を示してもらう必要があったのだ」
「渇望……?」
そう言えばアザゼルは以前、聖武具を授かることを『龍の祝福』と表現していたな。そしてジェシカは、龍王ルクスを大地の封印から解くために守護龍の力を宿した聖武具が必要だったと言っていた。
「加護の技を封じられたアリス・ガリシアは錬金鍛冶への渇望を、龍の魔晶石の前で示した。期待した通り、龍は祝福を授けてくれたよ」
「お前は……っ」
アリスがスキルを扱えるようになりたいと心の底から願うようにと『反・地龍の紋』で封印を施したということか。
「その上で、アリス・ガリシアには【錬金術師】の加護を手に入れてもらう必要があった。【鍛治師】からの昇格には技の熟練が必要だ。妄執と言えるほどに鍛え続けなければ昇格には至れない。そのためにアリスにはもう一つ呪いをかけた」
「もう一つの呪い……なのです?」
アリスの叔母フリーデを操って『反・地龍の紋』を彫らせた以外にも、アザゼルはアリスに呪いをかけていた?
だがアリスは【錬金術師】の加護を既に手に入れている。ということは、その呪いは既に解けている……?
「アリス・ガリシア。貴様の母に、龍からの天啓を装った【幻影】を見せた」
「っ!!」
アリスの母親は『アリスは神授鉱から奇跡の武具を創造することが出来ると天啓を授かった』と何度となく言っていたとのことだった。だが、その天啓はアザゼルに見せられた幻影だったというのか……。
「技の熟練には発動を繰り返す事が何よりも肝要だ。『反・地龍の紋』の封印により技の効果は発揮されないが、発動だけなら可能だ。つまり技の効果を発揮させるための魔力消費を抑え、発動だけを効率的に繰り返すことができる。アリス・ガリシアは母の願いを叶えるため、取り憑かれたように技を使い続け、ついには熟達し昇格にまで至った。よくぞやってくれた」
「…………」
アリスは拳を固く握りしめ、アザゼルを呪い殺さんばかりに睨みつけた。
「この際だ、伝えておこう。エルサ・アストゥリアには、従妹を殺した俺に復讐する力を、天龍の魔晶石の前で渇望するよう仕向けた。ユーゴー・マナ・シルヴィアも同様に、風龍の魔晶石の前で母親を殺し、俺への復讐を望むよう仕向ける予定だった。母親を殺さずともユーゴーはお前とともに在るために力を求めたようだがな」
「……貴様っ!」
従妹のキャロルをエルサの目の前で殺しだけでなく、ユーゴーの前で母ユールをも殺そうとしていたのか。魔人族達が生き残るために俺達を利用したことはわかっていたが……控えめに言って反吐が出る……。
「心底、お前には協力したくなくなったな。だが、なぜ今そんな話をした?」
龍王ルクスを倒すために俺達に協力を求めたいなら、なぜわざわざ自分の悪事を晒すような真似をするんだ。俺達が恨みを募らせ、この場で敵対することになるかもしれないというのに。
「お前達が恨むべき対象は俺だと伝えておきたかっただけだ。願わくば、俺の死後に同胞へ剣を向けないでもらいたいからな」
「はっ?」
予想もしない返答に思わず間抜けな声が出た。
死後? 同胞に剣を向ける? どういう意味だ?
「先ほど見せたとおり、魔法陣の起動には、魔力を注ぎ発動句を詠唱する必要がある」
「……それで?」
「俺は龍の魔晶石の暴発に巻き込まれて死亡する。お前達の復讐は叶わない」
「あ……」
そうだ。さっきのFランク程度の魔石の暴発でさえ、アザゼルは【鉄壁】を発動して身を守っていた。それでも魔法陣に触れた手が焼け焦げるほどのダメージを負っていたのだ。
龍の魔晶石なら、その暴発の威力は相当な規模になるだろう。それを至近距離で起動する必要があるなら……起動者が生き残れるとは思えない。
「魔人族の願いは既に叶った。これから俺がなすべきことは、ルクスに鉄槌を下すことだけだ。それと引き換えに俺は死ぬことになる。俺に手を貸せば、お前達はその手で復讐を遂げることが出来なくなる。ルクスを殺せる可能性はあるがな」
そうか……。
首尾よくルクスを倒せたとして、それでもアザゼルに対する恨みが消えるわけではない。アザゼルに協力すると、従妹キャロルを目の前で殺されたエルサと、母親の尊厳や自らの運命を弄ばれたアリスは復讐を果たす機会を失うのだ。
「選べ。俺に復讐し、この地で生きるか。俺に協力し、一縷の可能性に賭けてルクスに挑むか」
「…………」
俺は皆の顔を見回す。
皆、アザゼルを睨みつけ、葛藤している。
「……叶うなら貴方をこの手で殺したい」
そう言ったエルサだったが、大きな溜息をついて頭を左右に振った。
「でも、神龍ルクスを放置することも出来ない」
「そうか。ではお前達はアルジャイル鉱山に行き神授鉱を手に入れろ」
神授鉱の回収はジオット族長から頼まれていたことでもある。アザゼルに騙されていたとはいえ、アリスが神授鉱から奇跡の武具を創ることを、アリスの母親が願っていたことも事実なのだ。
「そして、もう一つ。アルフレッド、お前は海底迷宮に潜り、加護の『励起』を身に着けろ」
「励起……?」
なんだそれは。アスカもわからないようで首をかしげる。
「お前は幾つもの加護を身に着けた規格外の戦士だ。だが二つしか加護を持たない俺に敵わなかった。なぜだと思う?」
確かに、クレイトンの転移陣でアザゼルと一騎打ちした時、俺は手も足も出なかった。スキルの扱い方や身体レベルの違いによるものだと思っていたが……それ以外の要素があったのか?
「俺は加護の恩恵を重ねていた。その差ゆえだ」
「かさねて?」
ちょっと意味が分からない。加護の恩恵の受け方が違うってことか?
「二つの加護を持つ者は、それぞれの加護からの恩恵を受けることが出来る。俺の場合、【聖騎士】からは力や防御力向上の恩恵を、【死霊魔術師】からは魔力や魔法耐性向上の恩恵を受けていた」
ふむ。それは俺も同じだ。俺の場合はもっと細かく、体力は【拳闘士】、力は【竜騎士】、防御力は【騎士】、魔力は【魔導士】、魔法耐性は【導師】、素早さは【暗殺者】といった具合だ。
というか、やはりアザゼルは【聖騎士】の加護を持っていたのか。
「『励起』は二つの加護の恩恵を分散させず、重複させる技だ」
重複させる……。やはり意味がわからん。
「並列と直列……ってとこかな?」
アスカがぼそっと呟く。
「わかるのか?」
「うん、なんとなく。想像どおりだとしたら、だいぶチートな技だけど……」
「どういう意味なんだ?」
「普通は習得してる加護のうちで、倍率が一番高い加護の補正だけがステータスに反映するでしょ? 重複ってのは反映してない他の加護の補正を、足すことができるってことじゃない?」
アスカがそう言うと、アザゼルは鷹揚に頷いた。
「加護の補正が足される……」
ん?
ってことは膂力なら、竜騎士の補正を受けながら、同時に騎士の補正も受けられるってこと??
それは……まさにチートだな……。




