第415話 深謀遠慮
「エルサ…………」
エルサは刺突の残身を保ったまま、アザゼルを睨みつけている。アザゼルを貫くと思われた白銀の剣は、首の薄皮を抉っただけだった。
「神龍ルクスを止める手立てがある。そう言っていたわね?」
「万に一つほどの、わずかな可能性だがな」
アザゼルが微動だにせず返答する。
「その可能性に貴方の命を賭けなさい。もし無様に生にしがみつくようなことがあれば、その時は私が息の根を止めてあげるわ」
エルサは白銀の剣を引いて鞘に納める。アリスもまた、アザゼルに向けていた拳を下ろした。
二人のアザゼルに向ける殺気は全く変わってはいない。だが、それよりも今は龍王ルクスを優先すべき……というところか。
「それで……手伝えと言っていたわね。私達に何をさせたいの?」
「龍の魔晶石の魔力を暴走させルクスにぶつける。問題はどうやって、それに巻き込むかだ」
「魔晶石を暴走させる……」
「その目で見た方が早いだろう。ついて来い」
そう言うとアザゼルは立ち上がって穴倉を出て行った。俺達は無言でアザゼルの後を追う。
アザゼルは地下空洞を出ると、魔法陣が描かれた革製の巻物を地面に広げ、その中央に魔石を置いた。魔石は直径2センチにも満たない小さなものだ。
「離れろ」
アザゼルは俺達に下がるように言うと、魔法陣に片手を置き、這いつくばるように身を伏せた。
「【鉄壁】」
魔力光がアザゼルの上半身を覆う。魔力盾を半身に纏ったようだ。流れるようなスキル発動と魔力盾を身に纏うという独特な使用方法、そして一目見るだけでわかる頑強さに思わず目を見張る。
しかし同時に、そこまで備える必要があるのかとも疑問に思う。
魔石の魔力暴走の実演をしようとしているのだろうが、置いた魔石はFかGランク程度の小さなものだ。ゴブリンの魔石を暴走させたところで、そこまで破壊力が出るものだろうか。
「【魔素崩壊】」
アザゼルがそう唱えたその直後、ズンッという地鳴りのような音を立てて魔石が弾け、真っ白な魔力光が迸った。
「ひっ!」
「うおっ!?」
「きゃぁっ!」
爆発の衝撃波に足を取られそうになる。アスカは堪えられず後ろに倒れこんだ。
「うそ、だろ」
魔石が置いてあった場所を中心に、アザゼルがいる場所を除いて放射状に地面が抉れている。俺の全力の【爆炎】でようやく同じ規模の爆発を起こせるかどうかという驚くべき威力だ。
立ち上がり振り返ったアザゼルの片手が焼け焦げて黒ずみ、ぶすぶすと煙を上げていた。
「魔石は魔物の命そのもの。矮小な魔物の魔石でさえ、これ程の威力を発揮する。龍の魔晶石を用いれば、龍王を屠るに足るだろう」
「確かにな……だが」
「ああ。だから『罠にはめる』と言っただろう?」
「え、どういうこと? 守護龍の魔晶石を3つも使い捨てにするんでしょ? すっごい爆発になりそうじゃない? いくらルクスだってひとたまりもないんじゃない?」
アスカが尻をぱんぱんと叩き、ローブについた雪を払いながら言った。
「まともに当てられたらな。守護龍の魔晶石を3つも扱うほどの魔法陣となると、それだけ巨大なものになるだろう。それと『巻き込む』って表現からすると、魔法のように放ってぶつけることが出来るわけじゃない。設置した場所にルクスを追い込むか、誘き寄せるかして暴発に巻き込まなきゃならない」
「そうね。少なくとも『天龍の間』、いえ『地下墓所』と同程度の大きさにはなるでしょうね」
積層型広域魔法陣エウレカ、とか言ったかな? 白天皇城を中心に、都市そのものが巨大な魔法陣になっているって話だった。
あれは、天龍の魔晶石が安置されていた地下墓所だけではなく、魔法都市エウレカとその周辺地域から魔素を吸い集め、都市で利用される全ての水を創り出すという複雑なものだった。魔石を暴発させるだけなら都市一つほどの大きさにはならないだろうが、それでも巻物程度の大きさに収まることはないだろう。
「そうだ。魔法陣は一つの村ほどの大きさになる。その中心にルクスを誘き寄せられなければ、ヤツを倒すことは叶わない」
「ということは……私達にさせたいことはルクスを魔法陣の中心まで連れてくることというわけね」
「ルクスに【挑発】でも使って誘き寄せろと?」
都市を一瞬で破壊するほどの強大な魔法をぽんぽん放てるようなヤツを誘き寄せる? 一瞬で消し炭にされそうだな……。
「いや、ヤツとは因縁があるからな。俺が呼びかければ誘き寄せられる」
「因縁ね……。だが村一つほどの大きさの魔法陣の中心に、のこのことやって来るか?」
「それは問題ない。魔法陣は入念に隠蔽を施したうえで、既に設置してある。ヤツに気づかれることはないだろう」
「へぇ……いったいどこに?」
「エルゼム闘技場だ」
「はぁ!?」
エルゼム闘技場? 決闘士武闘会を開催していたあの闘技場に?
「闘技場の地下に魔法陣を設置した。あとは龍の魔晶石を回収して配置すればいい」
決闘士武闘会の予選なんかをやった闘技場の地下に? いったい、いつの間にそんなものを……って、そう言えば!
「そのために魔物使いのフリをしていたのか……」
「魔物を引き渡しに行けば、何度でも怪しまれずに潜り込めたからな」
闘技場の地下には魔物専用の牢屋のような設備があり、魔物使いであれば魔物決闘用の魔物を引き渡すために簡単に入り込めた。俺も魔物使いのリンジーに付き添って、魔物決闘用の魔物を売りに行ったことがある。
魔物使いのふりをして闘技場の地下に潜り込み、魔法陣を設置していたのか……。
決闘士武闘会の表彰式に魔物を乱入させるために、魔物使いのふりをしていたのだと思っていたが、言われてみればそんなことのために手間をかけて王都に潜り込む必要なんてない。アザゼルなら力業で魔物を乱入させるなんて容易いことだっただろう。
「なるほどな……裏でこそこそで動き回っていると思っていたが、全てこの下準備だったってわけか」
今さらだがマフィアの魔物使いとして出会った時や、世界中の都市で相対していた時と今とでは口調も雰囲気も全く違う。まったく、なんて役者だよ。
どれだけ深謀遠慮って話だ。本当に良いように踊らされてしまってたってことか……。
「……話を戻すぞ。ルクスを闘技場に誘き寄せるまでは問題ない。どうやってヤツを罠にはめるかだ」
「誘き寄せられるのなら、魔晶石の暴発に巻き込むのも簡単じゃないのか?」
「いや、先ほども見ていただろう。魔法陣を発動するのには、魔力を注ぎ発動句を詠唱する必要がある。発動している間に、逃げられるか、防御されてしまうだろう。ヤツを倒すには完全に不意をつく必要がある」
そうか……。たった数日の間に世界の中心都市を飛び回るほどの能力を持っているヤツだ。その数秒の間に、はるか遠くまで逃げられてしまいそうだ。
「つまり俺達にルクスの気をそらし、足止めしろと?」
たった数秒であっても、あんな化け物を足止め出来る気がしないが……。
「そうだ。俺はこれから龍の魔晶石を回収してくる。その間に、お前達にやっておいて欲しい事がいくつかある」
俺は軽くうなずいて、目で続きを促す。
「まず一つ目は、神授鉱で武器を創ること」
俺の隣でアリスが息をのむ。
「ヴァルター・ガリシアの末裔、アリス・ガリシア。お前が神授鉱で『龍殺しの剣』を創れ」
ガリシア一族に伝わる奇跡の鉱物、神授鉱。その神授鉱を用いて武具を創造することがガリシア一族の悲願であり、アリスとアリスの母であるルイーズの夢だと聞いていたが……まさかここでその言葉が出てくるとはな。
「お前に『反・地龍の紋』を刻んだのは、全てこの時のためだ」
アザゼルはアリスを見下ろし、そう言った。




