第414話 憎悪
「罠?」
「ああ。龍の魔晶石を使う」
アザゼルが鷹揚に頷く。
「龍の魔晶石……六角水晶塊を?」
「そうだ。3つの魔晶石が持つ膨大な魔力をルクスにぶつける」
守護龍の魔晶石を武器に利用するということか?
武器として使える魔道具は、湯水のように魔石を消費するため一般的には使われない。高い耐久性も求められることから製作難易度が高く、あまり出回らないということもある。鍛冶師だけでなく付与師の加護を持つ者がいないと作れないことから希少性も高い。
だが、そうか。
付与師の上位加護である【神子】の加護を持つラヴィニアがいれば、守護龍の魔晶石を利用した常識外れな魔道具だって作ることが出来るのかもしれない。
「ルクスを倒せる……というのか?」
「さぁな。やってみなければわからん。だが、あのルクスを龍脈に縛り付けた龍達の魔晶石だ。死してなお膨大な魔力を生み続けている。その魔力を暴走させて一気に解き放てばルクスとてタダでは済まん。ヤツを殺せるとすれば、この方法しかない」
龍王ルクスを倒せる可能性がある……か。
あの強烈な魔力と殺気に晒された身としては、とてもそんなことが可能とは思えない。だが、座して滅びを待つよりは……
って、待て。アザゼルは今、なんて言った?
「3つ、だと?」
「地龍ラピスの魔晶石、風龍ヴェントスの魔晶石。そして、天龍サンクタスの魔晶石だ」
「天龍サンクタス……ま、まさか」
「魔法都市エウレカも既に滅んだ」
「な、なんてことだ……」
「そんな……」
エルサがこぶしを握り締め、ぶるぶると震わせる。
聖都ルクセリオ、王都マルフィ、鉱山都市レリダ、マナ・シルヴィアに続いて、魔法都市エウレカまでも既にルクスに滅ぼされたというのか。
だとしたら……
「次は……クレイトン……」
もはや一刻の猶予も無い。
冒険者ギルドマスターのヘンリーさんと、商人ギルドマスターのシンシアさんだけでも連れ出したい。出来ればスタントン商会のボビーや、魔道具店を開いているだろうマイヤさん、冒険者のアルセニーさんにも避難を呼びかけたい。
もちろん、カーティス陛下にも世界の状況を伝え、クレイトンの住民を避難させてもらいたいが、それだけの時間の余裕はあるだろうか。陛下との謁見許可を取るだけでも無駄に時間がかかってしまいそうだ。
まずはアスカの大事な友人であるセシリーの両親、王都滞在中になにかと世話になったヘンリーさんとシンシアさんだけでも連れ出して、あとは時間が許せば……
「だろうな。だが、あの都市だけは、しばらく持つだろう」
「……どういうことだ?」
王国の騎士団が龍王ルクスに抵抗できるとでも?
ルクスはそんな次元の存在じゃない。ひとたびアレがクレイトンの空に現れたら、どんな精強な騎士団だって地を這う虫けらと同じだ。滅びは免れない。
「火龍イグニスの死後、魔晶石を都市の守護に利用した。『火龍の間』に刻まれた魔法陣は、イグニスの魔力を蓄え続けている。あの都市に『龍の間』を築いてから二千年以上が経った今、それは膨大な量になっているだろう。たとえルクスであっても、そう簡単には破れない」
「都市の守護……?」
そう言えばジェシカがそんなことを言っていた。風龍ヴェントスの魔晶石は魔物を寄せ付けない安住の地をつくることに利用され、火龍イグニスの魔晶石は都市の守護に利用されたと。
確かに風龍ヴェントスの魔晶石は瘴霧を産み出し、魔物が蔓延るシルヴィア大森林に獣人族が住める場所を作った。だが王都クレイトン近辺には都市を守るような霧など出ていない。さほど多くは無いが普通に魔物は出没していた。
都市の守護ってどういうことだ? クレイトンを守っていたのは、守護龍イグニスの恩恵ではなく、あの高い城壁と騎士や兵士だろう?
「『火龍の間』の魔法陣に刻まれた効果はただ一つ。龍からの守護だ」
「龍からの守護……?」
「『火龍の間』は最初に作られた『龍の間』だ。ルクスへの恐怖が拭いきれない中、勇者レオン・セントルイスの血族が求めたのは、龍からの守護だったのさ」
「龍王ルクスから守ること……ということか?」
「その通りだ。万が一、ルクスの封印が解かれた際に、都市をルクスの牙から守護する。龍の力だけを拒否する都市」
「……ルクスに襲われても大丈夫ってことか!?」
淡い期待を胸に膨らませるも、アザゼルは首をゆっくりと左右に振った。
「ジェシカから聞かなかったのか? 六龍そろってもルクスに敵わなかったんだ。火龍イグニスの力だけで、ルクスから都市を守り続けることなど出来はしない。蓄積された魔力が尽きるまでの間、ルクスの牙から逃れられるだけだ」
「……結局、ルクスから逃れられるのは、この穴倉の中だけってことか」
「そういうことだ」
「なんてものを、解き放ったのよ、貴方達は!」
もう我慢できないと言わんばかりに、エルサが叫ぶ。
多くても数十人しか連れて来れないなら、皆の家族や大事な人を優先して欲しい。エウレカから私が連れて来たい人はもういないから……エルサはそう言っていた。
「貴方の言ったことが事実なら、たった数日間で龍王ルクスは世界中の都市を滅ぼしたのよ!? もう十数万人もの人族が死んでいる! たった百人の貴方達の仲間が生き残るためだけに!」
もちろん、エルサにも親族や友人はいただろう。それでも皆の家族や大事な人を優先してくれと言っていた。エルサがここに連れて来たかった大事な人はもういないから。
その大事な人に手をかけたのは、今目の前にいるアザゼルなのだ。怒りを抑えられるわけがない。
「貴方は私を利用するためだけに、私の従妹を殺した。貴方だけは生かしておけない!」
エルサが白銀の剣を抜き放つ。
そして、その横にガリシアの手甲を拳にはめたアリスが並んだ。
アリスもまた、大事な人を失った。ここに連れて来れたのは、ジオットとイレーネ、その従者の二人だけ。本当は、アリスが爺やと呼んで慕っていたバルドも連れてきたがっていた。
父親の腹心であるロレンツやアリスの兄達も、バルドも、あの一瞬で命を落としただろう。アザゼルを許すことなどできるわけもない。
「……俺を殺したければ、殺すがいい。それでお前達の気が済むなら、この紛い物の命などくれてやろう」
アザゼルはベッドから立ち上がり、好きにしろと言わんばかりに両腕を広げる。ジェシカはアザゼルにちらりと顔を向け、諦めたように目を伏せた。
アザゼルを殺したところで何の意味も無い。むしろ、龍王ルクスや守護龍について精通しているアザゼルは生かしておいた方が良い。成功するかどうか確証はないようだが龍王ルクスを倒す秘策があるようなことも言っていた。
それでも、俺はエルサやアリスを止める気にはなれない。
エルサやアリスがルクスを憎む気持ちも痛いほどにわかる。俺だって父上や母様、クレアが殺されてしまったら、クレイトンに住む友人達が殺されてしまったら、自分を抑えられる自信が無い。
二人から放たれる殺気が、穴倉の中に充満していく。エルサは白銀の剣を振り絞り、真っ直ぐに突き出した。




