第413話 避難
俺達はサローナ大陸の魔人族の村に転移した。
もはや世界に安全な場所なんてない。各国の首都や街に転移するわけにもいかない。龍王ルクスから逃れられる場所は、世界でもここにしか無いのだ。龍王ルクス自身が言った『あの島で、種が絶えるまで生きることを許そう』という言葉を信じるなら……。
ひとまず茫然自失となっていたイレーネ達と気を失っているジオット族長をジェシカの横穴で休ませ、俺達も邪魔にならない場所に馬車を取り出して身体を休めた。
食欲なんて全くわかなかったけど、むりやり口に食事を詰め込む。一休みしたら、今度はレグラムに行かなければならない。
その後、目を覚ましたジオット族長に経緯を説明する。
イレーネと二人の女性従者しか連れ出すことは適わなかったこと、レリダは大岩の雨によって壊滅し生存者はまずいないと思われることを伝え、無理矢理連れ出した非礼を詫びる。
ジオット族長は動揺していたが、イレーネ達のただならない様子を見て、俺達の話を受け止めてくれた。
イレーネ達はまともに話せる状態じゃない。3人とも横穴の隅で身を寄せ合って震えている。目の前で都市が破壊しつくされ、龍王ルクスの強烈な魔力と殺気に晒されたのだ。無理もないことだろう。
「申し訳ありません。あと一日でも早くレリダに行っていれば……」
「いや……姪達を救ってくれて感謝する」
「ですが……」
悔やんでも悔やみきれない。
俺達は判断を誤った。一日早くレリダに行っていれば、数多くの人達を救うことが出来たかもしれないのだ。
すでに滅んだ聖都ルクセリオなんて後回しにしていれば。聖都の近くにいた十数人の被災者など見捨ててレリダに来ていたら。何千、もしかしたら何万人もの人を救えたかもしれない。
……ダミー達を死なせずに済んだかもしれない。
「責めを負うべきは私だ。其方らが気に病む必要は無い」
「…………」
「それに、後悔するよりも先に、其方らにはすべきことがあるのだろう?」
「……はい。申し訳ありませんが、彼女たちをよろしくお願いします」
「クレイトンへ行くのか?」
「いえ、先ずは王都レグラムとマナ・シルヴィアへ向かいます」
まずはレグラム王国に行き、ヴォルフ・レグラム王に迫る危機を伝えなければならない。そしてユーゴーの母、ユールをここに連れて来るのだ。
「マナ・シルヴィアは既に滅んだ」
不意に背後から声が聞こえた。この声は……!
「アザゼル……!」
「数日ぶりだな、アルフレッド」
そこにいたのは聖都ルクセリオの大尖塔で姿を消したアザゼルだった。横穴の入り口の壁に寄りかかり、腕を組んでいる。
「……今、なんて言った?」
「マナ・シルヴィアは既に滅んだと言ったんだ」
「何だとっ!!」
ユーゴーが目を剥いて叫んだ。今にもアザゼルに掴みかからんばかりの殺気を放つ。
「レグラムの方はまだ無事だ、ユーゴー・マナ・シルヴィア」
「……っ」
ユーゴーは振り上げかけた拳を下ろし、戸惑うように眉根を寄せる。レグラムが無事ならユーゴーの母もまだ無事だろう。だが、喜んでいい話でもない。
「表に出ろ。お前達の顔を見せてやれ」
そう言ってアザゼルは横穴から出ていく。
顔を見せる? 誰に?
俺達は戸惑いつつも、アザゼルを追って外に出た。
「ユーゴー!」
「兄貴!」
「えっ!?」
ダミーとメルヒ、クラーラ。そして孤児たちが諸手を挙げて駆け寄ってきた。
「母上!!」
そしてユーゴーの母、ユールの姿もある。
「クラーラッ!? ああっ、クラーラ!!」
アスカが飛び出して、クラーラに抱き着く。
「兄貴!! ここ、なんなんだよ! なんで魔人がいるんだ!?」
「いつから魔人の仲間になったんですか!? どういうことなんです!?」
ダミーとメルヒに掴みかかられる。
いや、どういうことって……俺もわからんけど……。
「ダミー! メルヒ! お前らも!」
ダミーとメルヒ、子供たちもまとめて抱きしめる。確かな体温が感じられる。まちがいなく本物だ。まさか生き延びていたなんて!
「ちょっ、どうしたんだよ兄貴」
「わけが分からないんですけど……」
ダミーとメルヒが困惑しつつも、笑顔を浮かべて抱き返してくれた。
「母上……」
その横では安堵を顔に浮かべて、ユーゴーがユールと抱き合っている。
「落ち着いたら、入って来い」
アザゼルがそう言って、隣の横穴に入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ダミー達は、レリダに何が起こったのか全く知らなかった。それもそのはず。彼らはレリダに災禍が訪れる前に、サローナの転移陣に連れてこられていたのだ。
俺達が出て行ったあと、孤児院の子供達は慌ただしく旅の準備を進めた。大きな木箱に入れておけと言われたが、皆さほど荷物など持っていない。着替えもそれぞれ2着ほどしか持っていないし、個人の所有物など数えるほどしかない。各々の荷物を採集袋に詰めこんだあと、孤児達は家具や道具も木箱に詰めようかと話し合っていた。
そこに微笑を浮かべた細面の男が訪れた。アルフレッドとアスカが呼んでいるからついて来て欲しい。持ち物は手荷物だけでいい。細面の男はそう言った。
普段ならそんな怪しげなヤツの言うことなんて聞かないし、孤児院に入らせることもしない。だが、俺の名を出されたことで警戒感が薄れたのと、話しているうちになぜか信じても良いと思えてきたのだ。
男に言われるがまま庭に集まった孤児達は、それからのことをよく覚えていなかった。厚手の服を被せられ、白銀の雪原を歩いて来たような気がする。気づいたらミレット畑が広がる地下空間にいて、魔人族の大人達に囲まれ、笑顔を向けられていた。
自分達はなぜこんなところにいるのか、なぜ魔人達が自分達に優しい笑みを向けているのか。わけがわからず混乱していたら、俺達が現れた。
ユールの方も似たような話だった。ユーゴーから伝言を預かったという細面の犬人の男が訪ねて来て、気づくとこの村にいたらしい。一昨日にここに連れて来られ、数日中に俺達がここに来ると言われた。魔人と他の人族が衝突することも無く穏やかに暮らしているのを見て、大人しく俺達を待つことにしたのだそうだ。
おそらくダミー達もユールも闇魔法【催眠】でもかけられたんだろうな。
ん? アザゼルはもう闇魔法は使えないはずだが……ああ、付与士のラヴィニアがいるんだから催眠の魔道具があってもおかしくはないか。
「いったいなんのつもりだ?」
アザゼルが指定した横穴で、俺達は向かい合った。アザゼルとジェシカが藁詰めのベッドに腰かけ、その対面に俺達が立っている。
「お前達の家族だけを連れて来た。俺達の計画にお前達を巻き込み、利用したせめてもの詫びだ」
「詫び……ね。ダミー達を救ってくれたことは感謝する。ユールさんを連れて来てくれたことも。だが、そのぐらいのことで自分達の罪が贖われるとでも思っているのか?」
「無論、思ってはいないさ」
アザゼルが目を伏せる。
「アザゼル、お前達はこれから何をするつもりなんだ。世界中を危機に陥れておきながら、自分達だけは安全な場所で浅ましく生き残るつもりか?」
俺は刺々しい言葉を投げかける。
アザゼルはゆっくりと目を開き、俺の目を見据え、ゆっくりと言った。
「ルクスを罠にはめる。お前達も手伝わないか?」
400万PV達成しました!(2021/12/31)




