第412話 消滅
強大な魔力を持つ何かが、凄まじい速さで近づいてくる。これは……あと数十秒もすればレリダまでやって来てしまう!
「くそっ! ルクスが近づいて来てる! アリス、イレーネのところに行くぞ!」
「は、はいっ!」
「ジオット族長! 貴方も来てください!」
「いや、レリダの民を逃がさねば……」
「もう手遅れです! 早く!」
「だが……」
なおもジオット族長が逡巡する。
このっ、一刻を争う事態だと言うのに!
「ユーゴー!」
「了解」
「ぅがっ……」
俺の意図を即座に理解したユーゴーがジオット族長に詰め寄り、首元に打撃を加える。意識を失ったジオット族長が崩れ落ち、ユーゴーがその身体をひょいと抱え上げた。
一国の王に対し手荒すぎる行いだが、問答をしている時間が惜しい。
「アリス! 走れ!」
「はいっ!」
アリスが即座に執務室を飛び出し、俺達はその後を追った。
幸いにもガリシア氏族の館はさほど広くない。すぐにイレーネの居室に辿り着いた。
「イレーネ!」
「お姉ちゃん!? 急に旅の準備ってどういう……」
「急げっ! すぐに転移するぞ!」
「えっ、ちょっ」
「早くするのです!」
「お姉ちゃん、荷物が」
「そんな物、どうでもいいのです!! 貴方達もこっちに来るのです!」
「は、はいっ!」
アリスがイレーネと二人の女性従者を引っ張り、皆が俺のもとに集まる。
「【転移】!」
次の瞬間、俺達はついさっき出たばかりの孤児院リーフ・ハウスの庭先に転移した。
「きゃぁっ!」
「えっ!? な、なに!?」
「ここは……?」
イレーネ達が突然の瞬間移動に動転する。だが、説明している暇はない。
「ダミー! ダミー、どこだ!? メルヒ!!?」
「クラーラ!! どこにいるの!? 出て来て!!」
くそっ、まだ建物の中で準備をしているのか!?
「アルフレッド! まずいの!!」
上空の強烈な魔力がさらに膨れ上がる。咄嗟に空を見上げると、俺達の遥か上空から無数の大岩が落下してきていた。
「あ、あ、あぁ……」
イレーネと従者達がペタリと腰を抜かす。
やばい、この人数で転移するには魔力が足りない!
「ちっ!! 皆、俺の側に!! ローズ、全力で盾を張れ! 合わせるぞ!!」
「うんっ!」
小山ほどの大きさの岩が頭上から降り注ぐ。
「魔力を全部注ぎ込め! 行くぞ!」
「【光の大盾】!!」
「【光の大盾・大鉄壁】!!」
ローズが発動した光の盾に、同じ光魔法と鉄壁の『二重詠唱』を被せる。ローズの魔法と合わせれば『三重詠唱』だ。
これが現状で俺達が出来る最大の防御だ。なんとか耐えきってみせる!!
ゴッシャアァァッッッツ!!!!
展開した半球状の魔力盾に大岩が衝突し、凄まじい衝撃音とともに潰れてしまいそうなほどの荷重が圧し掛かる。
「きゃあぁぁぁっ!!」
「ひぃぃっ!!」
「うくっっ!!!」
「ぐっ、ぐうおぉぉぉぉぉっっ!!!!!」
全力の魔力を注ぎ込んでも殺しきれない衝撃に、脚が砕けそうになる。
「あっ……」
俺に並んで魔力盾を展開していたローズが崩れ落ちる。
この一瞬で、魔力を使い果たした!?
「ぐうぅぅっっ!!」
ローズが倒れたことで、さらに荷重が増す。
ま、ずい……耐えられな……い……。
「【上位魔力回復薬】!」
崩れかけた俺の背中をアスカが支え、魔力が急速に回復していく。
さすが、アスカ! 最高のタイミングだ!!
回復した全ての魔力を盾に注ぎ込み、大岩を押し返す。
いよしっ、衝撃は相殺できたっ!
「はね返すわよ!!」
「おうっ! 【盾撃】!」
最後の魔力を振り絞り、魔力盾を反転させて大岩を弾く。ビシリとひび割れが走り、大岩が砕け散った。
「吹き飛びなさいっ! 【暴風】!!」
エルサが俺の横に並び立ち、風魔法を発動する。頭上に掲げたアストゥリアの短杖から暴風が迸り、砕けた岩を跳ね飛ばした。
同時に視界を遮っていた土埃が、風に散らされて晴れていく。
「う、うそ……」
俺達の周囲は、何もかもが失くなっていた。
俺とローズが展開した魔力盾の範囲だけを残し、周囲の大地が落下し砕けた大岩で埋め尽くされていた。建物などどこにも見えない。それどころか、鉱山すら半分ほどが崩れていた。
誰もが言葉を失い、二の句を継げない。
ほんの数十秒前まで広がっていた賑やかな光景が、どこにもない。全てが大小の岩に覆い尽くされ、嘘のように静まり返っていた。
周囲の土埃が収まっていくにつれて、さらに視界が開けていく。何もない大地がどんどん広がっていく。
あの大岩の雨は、数キロほどにも広がっていたレリダの街並みを埋め尽くしてしまうほどの魔法だった。俺達が全てを出し切って、なんとか耐えきったのは、大地に降り注いだ無数の大岩のうちのたった一つだったのだ。
ばさっ
物音が聞こえ、恐る恐る頭上を見上げる。そこには蝙蝠のような羽を広げた人の姿があった。
修得した【鷹の目】のスキルのせいで、はっきりと見えてしまう。額から角を生やしたギルバードそっくりな男が、口角を吊り上げて俺達を見下ろしていた。
男が、翼をはためかせ、大岩の上へと舞い下りる。
早鐘を打つ鼓動が、やけに大きく聞こえる。背筋が凍り付き、身動き一つとれない。脚がガタガタと震え、立っていられない。
「レオンの子孫か? この男とも、良く似ているな」
十数メートル先に降り立った男が俺の目を見据え、ギルバードにそっくりな声でそう言った。
「アレに耐えられる者がいるとは思わなかったぞ。誉めてやろう」
口の中がカラカラに渇き、言葉出てこない。
「ふん……つまらんな」
男がすーっと腕を上げ、俺達に掌を向けた。魔力が高まり、掌が歪んで見える。
「くっ……」
震える腕を無理やり動かし、円盾を前にかざすも、もう魔力は枯渇寸前だ。【鉄壁】すら発動できそうに無い。仲間たちも皆、目の前の男の圧倒的な存在感に飲まれてしまっている。
ああ、これで終わりか……そう思ったその時だった。
男の掌から、周囲が歪んで見えるほどの濃密な魔力が不意に消失した。
「ぬ……うっ、ぐっ」
男が急に顔を歪め、両手で頭をおさえる。
なんだ……? 苦しんでるのか?
「くっ……貴様っ……まだ、生きて……」
男が髪を搔きむしり、憎々しげな唸り声を上げた。
いったい、何が起こっているんだ……?
「ニ……ゲロ……」
男が絞り出すような声を出す。先ほどよりも若干高い声だ。
「兄……サン……」
ニイ、サン? こ、この声は……!!
「まさか、ギルバードか!?」
身体を乗っ取られただけで、生きていたのか!?
「早クッ……!! 抑エ、ラレ……ナ……」
ギルバードの必死の声で、ハッと我に返る。
「アスカッ!! 魔力を回復してくれ!!」
金縛りのように固まっていた体が、動かせる!
俺はアスカの肩をつかみ、強く揺さぶる。
「はっ、ああ、【上位魔力回復薬】!」
ほぼ空になりかけていた魔力が急速に回復していく。
「早……ク……」
「すまない! 皆、飛ぶぞっ! 【転移】!」
視界が移り変わるその刹那、男の苦し気な顔に、微笑が浮かんだ気がした。




