第411話 迫りくる厄災
「……俄かには信じられんな」
「聖都ルクセリオと王都マルフィが落ちた……?」
ジオット族長と参謀ロレンツが唸るようにそう言った。
俺達の話が受け止められないのだろう。半信半疑の表情を浮かべている。
「ですが、事実です。ルクセリオもマルフィも壊滅した。『落ちた』のではなく壊滅したんです。生き残れたのは数えられるほどの人だけでした」
ルクセリオの方は農村まで送り届けた十数人だけ。マルフィの方も同じく偶然にも高台にいた数少ない人達だけが生き残った。海辺にいた人達は残らず海に飲まれ帰らぬ人となっている。
洋上にいて生き残ったのもアナスタージアだけだ。彼女のクラン『セイブ・ザ・クイーン』も守るべき女王も、海の藻屑に消えた。水上での生存に長けた海人族で、海底迷宮40層に到達した熟練の魔法使いでもあるアナスタージアが、自身に渾身の防御魔法をかけたからこそ、奇跡的に生き延びることが出来たのだ。
「いや、疑っているわけではないのだ」
「ああ。アリス様と君達に加えて、レグラム王女殿下にアストゥリア選帝侯家のご令嬢、ジブラルタ王女殿下までいらっしゃるのだ。それに、その魔人の少女もな。君達でなければ妄言と一笑に付すところだが……」
仲間たちは身分を明かし、ジェシカは『幻影の腕輪』を解除して褐色の肌を族長たちに晒した。魔人が俺達に同行していることに驚嘆し、同時に殺気立たせてしまったが、おかげで俺達の話の信ぴょう性は増したようだ。
それでも、事実として受け止めることが出来ない……と表情から読み取れる。
それも当然のことだろう。今の今まで信仰を捧げていた『神龍ルクス様』が人族を滅ぼそうとしているなんて直ぐに受け入れられるはずがない。
「聖都ルクセリオを一瞬で炎に包み、王都マルフィを飲み込むほどの津波を呼んだか……。そんな厄災級の大魔法から、どうやってレリダを守ればいいというのだ」
「……私は神龍ルクスが聖都を焼き尽くすのをこの目で見ました。屋敷ほどもある炎の塊を雨のように降らせる魔法から、都市を守るすべなどありません。直ちにレリダの住民達を避難させるべきです」
「だが、どう説明すればいいというのだ。ようやく落ち着きを取り戻した住民達に、再び鉱山都市から出て避難生活を送れと言うのか?」
参謀ロレンツが頭を抱える。
「それをどうにかするのが貴方の役目だろう? 俺達には警告することは出来ても、住民達を避難させることも、保護することも出来ない。貴方にしか出来ないことだ」
「……そうだな。族長、急ぎ対応を検討しましょう。ルクセリオの翌日にマルフィが滅ぼされたというなら、もはや一刻の猶予もありません」
「しかし、どうしたものか……」
「ここで聞いたことをそのまま伝えても余計な混乱を呼んでしまうでしょう。集団暴走の兆候が発見されたとでも言って避難させるしかないですね。それに……神龍ルクス様の目的が都市を破壊することだけではなく人族を滅ぼすことにあるなら、先のように住民を一所に避難させるべきではありません。各族長に保護を依頼し分散避難させた方がよろしいかと」
さすがは参謀だけはあるな……。こんな荒唐無稽な話からも必要な情報を聞き出して対応策を即座に検討している。
「……長老達に召集をかけろ。各族長へも急ぎ伝令を出す。書状を用意してくれ」
「承知しました」
敬礼をして参謀ロレンツが執務室から出ていく。
ジオット族長が深いため息をついて、俺達に向き直った。
「そなた達はどうするのだ?」
「奪還作戦の折に共に戦った仲間とその家族をサローナに避難させます。その後は、レグラムに避難を呼び掛けに参ります」
ジオット族長と参謀ロレンツには全てを明かした。
魔王アザゼルに聖武具を奪われたこと、封印されていた神龍ルクスが解き放たれたこと、聖都が壊滅したこと、そして俺達が魔人ジェシカに助けられ魔人族が隠れ棲んでいたサローナ大陸に逃げ延びたことも。
「その地へレリダの民を避難させることは出来るか?」
「……ガリシアの転移陣が生きていれば、それも出来たでしょうが……難しいですね。私のスキルで転移することも出来ますが、魔力には限りもありますし、一度に多くは運べません。それにサローナに連れて行けたとしても、魔人族の村ではそれほど多くの人を受け入れることが出来ないのです」
「そうか……」
「レグラムやクレイトンにも急がなければならないため時間の余裕もありません。申し訳ありませんが私は仲間とその家族だけを連れていきます」
転移陣であれば魔法陣の上にのっている人や物を一気に転移させることも出来た。だが、ガリシアの転移陣は既に使えなくなっていたし、たとえ使えたとしても多くの人を転移させるほどの転移石は無いだろう。俺達も持っていない。
それに、サローナに避難したところで、あの名も無き村では多くの人を受け入れられない。洞窟には多くても千人ほどしか入れないだろう。洞窟に入れない人は外で野営をせざるを得なくなるが、あの極寒の大地は人が凍えずに生きられるほど優しくはない。
だから、俺達の家族や仲間を優先してサローナの村に避難させると、事前に皆で話し合って決めていた。
俺の魔力にも、時間にも、受け入れの許容量にも限りがある。自分達と関係者だけ特別扱いするのは非常に心苦しいが、どこかで線引きはしなくてはならない。
「頼みがある」
「はい。イレーネは連れていきます」
「……感謝する」
従妹のイレーネだけは連れて行きたいとアリスが希望していた。
他に兄弟もいるそうだが、彼らはガリシア氏族の一員としてレリダの住民達を避難させる使命があるため連れてはいけない。イレーネと数人の女性従者達だけは連れ出したいとのことだ。
「もう一つ、頼みがある」
「はい。あと数人であれば連れて行くことも可能です」
他に連れ出してほしい人がいるのかと思ったのだが、ジオット族長はゆっくりと首を振った。
「急ぐことではない。もし、レリダが聖都ルクセリオや王都マルフィと同様に破壊され、ガリシア一族が四散するようなこととなったら……アルジャイル鉱山からある物を持ち出してほしいのだ」
アルジャイル鉱山。鉄や銅、金、白銀などを産出し続けるレリダ隣接の鉱山だ。
そして、ジェシカ曰く、勇者エドワウ・エヴェロンが勇者たちの血族と共に創り出した、地龍ラピスの魔晶石の恩恵が宿る『枯れることのない鉱山』なのだそうだが……。
「ある物……ですか?」
「ああ。奇跡の鉱物『神授鉱』を持ち出し、後世に受け継いで欲しいのだ」
「それは……!」
アリスから以前に聞いたことがあった。神授鉱を用いて奇跡の武具を創造することがガリシア一族の悲願であり、若くして夭折したアリスの母ルイーズが最期に願ったことでもあると。
「鍛え上げることが叶ったなら、何物をも断つ武具を創ることが出来るという、我がガリシア一族に連綿と受け継がれた鉱石だ。アルジャイル鉱山の奥深くにあるガリシア一族の血を引く者だけが踏み入ることが出来る隠し部屋に安置してある。これが、その隠し部屋までの地図だ」
ジオット族長がアリスに古びた皮紙の巻物を手渡した。
「父様……」
「ルイーズは、アリスが一族の大願を叶えると天啓を授かったと、いつも言っていたな」
「アリスが、アリスが叶えてみせるのです! アリスはスキルが使えるようになったのです!」
「なんだと!?」
ジオット族長がガタンッと椅子を倒して立ち上がる。
「加護も【鍛冶師】から【錬金術師】に昇格したのです! 母様の願いはアリスが叶えるのです!」
「なんと……封印を解くことが出来たのか……。ああ……なんということだ……」
ジオット族長がアリスをひしと抱きしめ、滂沱の涙を流した。
そう言えば叔母のフリーデがかけた呪いが解けたことをまだ伝えていなかったな。もともとは、封印を解くためにアリスはガリシアを出奔したのだ。喜びもひとしおだろう。
しかし……天啓か。その天啓は地龍ラピスから授かったものなのだろうか。アリスは本当に天啓を授かったのか、御伽噺だったのかわからないと言っていたが……。
「アルフレッド!!!」
突然、ジェシカが切羽詰まった叫び声をあげた。
「強大な魔力が近づいているの!!」
即座に最大魔力で【警戒】を発動し、ゾクリと背筋が凍る。
間違いない。もう数キロ先まで、龍王ルクスが近づいていた。




