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騎士とJK  作者: ヨウ
第十章 永久凍土の名も無き村
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第410話 レリダへ

「ありがとう、本当に助かったよ。魔物を追い払うのにも苦労していたんだ」


「いえ。これぐらいしか出来ず、申し訳ない」


「そんなことないさ。おかげで皆を連れて避難することが出来た。これからどうなるかは、わからないけどな……」


 そう言って獣人族の男性が力なく微笑む。その表情には色濃い疲労が、落とし辛い錆やシミのように深くこびりついていた。


 彼は聖都が炎に包まれて壊滅したあの日、狩りに出かけていたおかげで幸運にも難を逃れた冒険者だ。彼とその仲間達は、近隣の集落に買い出しに行っていた行商人や、大聖堂へと赴こうとしていた巡礼者などの、運良く生き延びることが出来た人達を魔物から守っていた。


 避難しようにも人手と物資が足りずに身動きが取れなくなっていた彼らを見つけた俺達は、放置するわけにもいかず最寄りの農村にまで送り届けたのだ。


「あんた、ずいぶん腕がいい鍛冶師だな。前に使っていたのより、はるかに切れ味が良かったよ」


「どういたしましてなのです。弓と矢も作っておいたので、これもさしあげるのです」


「何から何まですまないな」


「元は聖都で拾った廃材なのです。気にしなくていいのです」


 冒険者達は替えの武具も入手できず、ろくな整備も出来なかったため、解体用のナイフと魔法だけで街道に現れた魔物と戦うことを余儀なくされていた。矢が無くなり、槍は折れ、剣は刃こぼれし、解体用ナイフが折れたらもう戦えない……というところまで追いつめられていた。


 見かねたアリスが武具を手渡すと、彼らは涙を流して喜んだ。渡したのはアスカが聖都でかき集めた廃材を、アリスが【錬金(アルケミー)】で素材に戻し、【鍛造(フォージ)】で整えただけの簡素な武具だ。それでも、修得まであと一歩に迫った優秀な【錬金術師】のアリスが作ったのだから、名器と言っても差し支えない性能を持っている。


「それで、君達はこれからどうするんだ?」


「レリダに向かうつもりだ」


「そうか……出来れば彼らを隣町まで送るのを手伝ってほしかったのだが」


「すまない。だが、ここだけでなく、マルフィも海に沈んで壊滅してしまったんだ。レリダやレグラムのような大都市に注意を呼びかけないとならないから……」


「そうだよな……。俺達のために残ってもらうわけにはいかないよな」


 俺達が送り届けた聖都の生き残りは十数人ほどしかいない。数万人の人達が暮らしていた大都市の生き残りが、たったこれだけしかいないのかと愕然とする思いだ。


 だが、たった十数人であっても小規模な農村では養い続けることなど出来ない。冒険者達もさすがにここで見捨てるわけにもいかないと、隣町まで連れて行くのだそうだ。


 護衛のために俺達にもついて来て欲しいようだが、残念ながらそんな余裕はない。この農村への避難に付き合い、既に丸一日が経過してしまっているのだ。


 龍王ルクスは聖都を滅ぼしたその翌日に、マルフィを海に沈めている。いつレリダやレグラムに現れるかわからない。もしかしたら既に姿を現して、滅びをもたらしているかもしれない。


 アザゼル達が世界中の転移陣を使えなくしているから、龍王ルクスが大都市を襲うにしても相応の時間がかかるはずだ……とジェシカは見立ているけど、そうのんびりしているわけにもいかない。


「なぜなのです……なぜ聖都がこんなことに……。神龍ルクス様は、私達を見捨てられたというのですか……」


 巡礼服に身を包んだ女性が、膝をつき頭を抱えている。


 その神龍ルクスが聖都を壊滅させたんだよ……。


 心のうちで、そうつぶやく。聖ルクス教の敬虔な信者が多いこの国で真実を述べたとしても、受け入れられることはない。俺達が不信人者と非難されるのがせいぜいだろう。


 彼等には角と翼を生やした人型の魔物がマルフィを海に沈めた。おそらく聖都を焼き尽くしたのも同じ魔物だろう……とだけ伝えるにとどめている。


「じゃあ、旅の安全を祈ってるよ」


「ありがとう。君達の旅路にも神龍ルクス様の加護と祝福がありますように」


「…………ありがとう」


 気遣いの言葉になんとも言えない思いを抱きながら、俺達は農村をあとにした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 俺達は孤児院リーフ・ハウスの庭先に転移した。


 本当はガリシア氏族の館に直接転移したかったのだが出来なかった。数回しか訪れていなかったから明確なイメージがわかなかったからだ。逆に、レリダに滞在した短い期間のうち多くの時間を過ごした孤児院はイメージがしやすかったので、こちらに転移することにしたのだ。


「良かった……レリダはまだ無事だったか」


「うわぁっ!!」

「な、なに!?」


 不意に現れた俺達に、孤児達が目を丸くして腰を抜かす。


「へ? 兄貴?」

「アスカお姉さま!!?」

「アリス様!?」


 その中にはダミー達の姿もあった。彼らが無事でいてくれたことに、ほっと胸をなでおろす。


「クラーラァ! 良かった、無事だったんだね! 良かった!!」


 アスカがクラーラに駆け寄ってひしと抱きしめる。クラーラは突然のことに動転し、目を白黒させている。


「あ、アスカお姉さま!? なんで? なんでここに? アストゥリア帝国に行くって……」

「アルフレッドさん! い、いま、どうやってここに!? 今まで誰もいなかったのに!?」

「兄貴! ひでえよ、兄貴!! 黙っていなくなるんて!!」

「アリスお姉ちゃんだ!」

「お兄ちゃん……、アスカお姉ちゃんだよ。アル兄ちゃんもいるよ!」

「うん……うん……良かったなっ、良かったなっ……」


「あー待て待て。落ち着け。いっぺんに喋るな」


 俺とアスカ、アリスは、あっという間に孤児たちに囲まれてもみくちゃにされる。


「すまないが悠長に話している余裕が無いんだ」


「クラーラ! 旅に出る準備をして! 今すぐ!」


「え、え?」


「これに荷物を全部つっこんで! 持っていきたいもの全部! 家具とか食料備蓄とかも全部!」


 アスカが巨大な木箱をアイテムボックスから取り出す。難民キャンプに食料を運んだ時に使ったヤツだ。


「ちょっ、アスカ、なんなんだよいったい」

「アスカさん、旅に出るってどういう……」


「うるさいっ!」


 ゴンッ!


 アスカがダミーとメルヒの二人に拳骨を落とす。うん、なんか懐かしいなこの光景。


「いいから動く! レリダにいると危険なの! あたし達が戻ってくるまでに準備を済ませること! いいね!?」


「ハイッ!」


 ダミーとメルヒが背筋をピンと伸ばして返事をし、クラーラが潤んだ瞳でアスカを見つめる。


 半年ぶりだが……コイツら完全に条件反射になってるな。いまだにアスカには頭が上がらないようだ。


「行こう、アリス」


「はいなのです!」


 わけがわからないながらもダミー達はアスカの命令に従い、あわただしく動き出した。俺達はそれを横目に孤児院を出て、レリダの中央通りに向かってを全速で走り出す。


 レリダの街並みは活気にあふれていた。仲睦まじく手を繋ぐ老夫婦、母親に買い物をねだる子供、見つめ合う若い男女。客集めをする威勢の良い声や吟遊詩人の伸びやかな歌声が聞こえてくる。レリダの民は、やっと日々の生活を取り戻したのだ。

 

 こんな平和な街に、再び危機が迫っている。守ることは出来ずとも、せめて出来るだけ多くの人を避難させなければならない。


「父様のところに通してほしいのです! 今すぐなのです!」


「ア、アリス様!? 戻られたのですか! よくぞご無事で」


「爺や! 早く父様に会わせて欲しいのです! 急いでお伝えしたいことがあるのです!」


「は、はい! どうぞ、こちらへ」


 アリスの切羽詰まった表情に、余程の事情があるのだと察したのだろう。爺や――確かバルドさん――が俺達を先導して歩き出す。


「父様! 失礼するのです!」


「アリス!?」


「アリス様!?」


 ノックもせずに扉を開けてアリスが族長の執務室に駆け込み、俺達もそれに続く。部屋の中ではジオット族長と参謀のロレンツが執務机に向かっていた。


「父様! 急ぎお伝えしたいことがあるのです! まずはアリスの話を聞いて欲しいのです!」


 そう言うと、口を挟もうとしたロレンツを一睨みして黙らせ、アリスはここに来た理由を捲し立てるように話し始めた。




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