第403話 森番
「あったかーい」
魔人族に風竜肉の礼にと譲ってもらった火晶石を、アリスが【鍛造】で極薄の板状に加工して服の裏地に張り付けてくれた。おかげでこの極寒の地でも、体の芯から暖かい。
重いし嵩張るしで動きづらいが、暖かさには代えられない。魔物が現れる様子はないから、多少動き難くてもさほど問題ないしね。
「鉱石を譲ってもらえてよかったのです」
「貴重な物だろうにな。とはいえアリスが加工してくれたおかげだ。ありがとな」
「お安い御用なのです!」
加工した火晶石は簡単に取り外せるし、再利用も可能なんだとか。さすがは生産職最上位の加護持ちだ。
「皆、だらしないわね!」
「……その格好で、よく平気でいられるわね」
意外にもローズは寒さに強いらしく、火晶石の裏地をつけず普段通りのローブ姿だ。海人族は暑さにも寒さにも耐性が高いんだとか。トカゲは寒さに弱いものだと思っていたがそうでもないらしい。
「着いたの」
一方、ジェシカはレースやフリルをふんだんにあしらった黒いドレスと編み上げのブーツという格好だ。短めのスカートの裾の下から白い地肌が見え隠れしている。見てるこっちまで凍えそうな装いだが、全く寒くないらしい。たぶんドレスとブーツに属性魔法でも付与されているんだろう。
「あそこが冥龍ニグラートの神殿なの」
雪のように真っ白な肌のジェシカが振り返る。
【神子】ラヴィニアが作った【幻影の腕輪】の効果で、肌の色を白に変えているのだ。神人族と魔人族は肌の色以外の身体的特徴はほとんど一致しているから、今のジェシカは神人族にしか見えない。
そう言えばアザゼルも最初に会った時は央人に化けて王都クレイトンに潜り込んでいた。こうやって世界各地に入り込んでいたのだろう。アイツの場合は自前の魔法だったのかもしれないが。
「ああ。行こう」
冥龍ニグラードの神殿は、人口の建造物ではなく洞窟だった。ジェシカの後を追って入っていくと、洞窟の奥に地下へと降りていく階段があった。
雰囲気はマナ・シルヴィアの風龍の間に似ている。地下にはもはやお馴染みの長方形の空間が広がっていて、奥には祈る女性の像、地面には真っ白な石材が敷き詰められている。そして石材に刻まれた複雑精緻な魔法陣の中央に、漆黒の六角水晶の塊が据えられていた。
「『冥龍の魔晶石で、とある大陸に幻影を』って言ってたよね?」
アスカがこてんと首を倒してジェシカに尋ねる。
「魔晶石の力で、このサローナ大陸全体に幻をかけているの。外から見たらこの大陸は誰の目にも映らないの」
「へぇ。シルヴィア大森林の瘴霧のようなものか」
「あの霧は人族以外の生物を惑わせて魔物を追い払うの。でもこの大陸を覆う幻は、その逆なの。人族だけを近づけないの」
「……なぜ、そんなことを?」
ジェシカの話では、勇者エドワウ・エヴェロンが魔晶石を利用して人族の生活の礎を築いたということだった。なぜ冥龍の魔晶石だけ、そんな使い方をしたんだ?
「万が一にも神龍ルクスの封印が解けないようにするためなの。神龍ルクスは六龍の力で封印されたの。逆に、六龍の加護と祝福の力が揃ったら、封印を解くこともできてしまうの。だから、冥龍の加護と祝福だけは決して手に入らないように、大陸ごと隠したの」
「……なるほど」
そして、冥龍ニグラードの恩恵を受けられなくなった魔人族は、天龍サンクタスの恩恵を受ける神人族との争いに敗れ、大陸から追放される歴史をたどる……というわけか。ジェシカの話を信じるのなら、だけど。
「もしかしたら冥龍ニグラード様の祝福を受けられるかもしれないと思って来てみたけど……無駄足だったみたいね」
エルサが残念そうに呟く。
「反応無し……だね」
そう言ってアスカが唇を尖らせる。
せっかくジェシカに龍の間に案内してもらったというのに、冥龍ニグラードの魔晶石はうんともすんとも言わない。いつものような魔力の奔流やら激しい頭痛に身構えていたのだけど、心の準備も無駄になった。
「冥龍ニグラードの加護と祝福はアザゼルに与えられ、今はルクスに宿っているの」
「守護龍は一人にしか加護を与えないのか?」
「わからないの。でもアザゼル以外に冥龍ニグラードの加護と祝福を与えられた人はいないの。だからそうなのだと思うの」
「そうか……」
俺達の聖武具とアザゼル以外の魔人達の加護も、大尖塔の魔法陣に吸収された。他の守護龍の加護と祝福も神龍ルクスに宿っていると考えられる。
つまり、俺達が世界各地の龍の間を再訪したとしても、再び加護や聖武具を与えられることは無いということだ。神龍ルクスに抗うのが、より困難になったな……。
「ここにいても意味がないわね。サローナの転移陣に向かいましょう。そっちはまだアテがあるのでしょう?」
「ああ。行こうか」
エルサに促され、俺達は何の成果も得られいまま、冥龍の間を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【ギミック】起動! 【サローナの転移陣の神殿】!」
アスカの声が雪原に響き、次いで轟音を立てて転移陣が迫り上がる。
「こ、これが、転移陣の神殿なの……!? アザゼルが言っていた通りなの……」
ジェシカが珍しく狼狽え、隆起した巨石建造物を唖然とした目で見上げている。
「やっぱり起動条件はパーティに魔人がいることだったね」
アスカがにやりと笑う。
ガリシアの転移陣は土人のアリス、エウレカの転移陣は神人のアリス、マナ・シルヴィアの転移陣は獣人のユーゴー、マルフィの転移陣では海人のローズ。その土地を治める人族の仲間を連れて行くことが、転移陣でアスカのスキル【ギミック】を起動する条件なのだ。
それなら魔人族のジェシカと一緒に行けば『サローナの転移陣の神殿』も出現するんじゃないかと思って来てみたのだが、予想は的中した。
「そうみたいだな。さて、目当ての物はあるかな?」
目を丸くするジェシカを放置して俺達は神殿の狭い通路を進む。いつもの通り、通路の先には長方形の玄室があった。玄室の中央には、これまたいつも通りの祈る女性像と棺のような大きな箱がある。
「ワクワクするね! WOTじゃ敵キャラ専用のジョブだったからねー」
「目当てのモノがあるといいな」
「んふふ、開けるねー。【ギミック】起動。【サローナの匣】!」
白い石の棺が震え、棺の蓋が煙のように消失する。蓋がなくなった棺から、ぼんやりとした光を放つ白い指輪が浮かび上がった。
アスカがそっと手を伸ばして指輪に触れると、パキッと音を立てて砕け散る。
「ちょっと待ってね」
アスカの目の前に半透明の石板が浮かび上がる。アスカは真剣な目つきで石板をちょんちょんと指先でつつくと、目を輝かせて喜色溢れる声を上げた。
「やったぁ! 大事な物、【始まりの指輪】だよ!」
「おおっ!」
大事な物! ってことは、あの加護を身につけることが出来るってことだよな!?
「【ユニークアイテム】オープン! 【始まりの指輪】!」
アスカの声とともにウィンドウが明滅する。
「【闇魔術師】だよ! やったね!! 状態異常魔法と魔力強化魔法がついに…………ってあれ?」
不意にアスカが黙り込む。ポカンと口を開けてウィンドウを凝視したまま固まるアスカ。
「ど、どうした?」
もしかして【闇魔術師】になれない、とか?
修練を積めば、アザゼルのように状態異常魔法を纏わせた剣を振るうことも出来るようになると思っていたのだけど……。
「ち、違うの、これ、見て」
アスカが口をパクパクさせて、ウィンドウを指す。
促されるままウィンドウを覗き込んだ俺は、アスカに続いて大口を開いた。
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■ジョブ
転移陣の守番
騎士★
拳闘士★
竜騎士★
弓術士
導師★
魔導士★
暗殺者★
闇魔術師
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転移陣の……守番?
森番は……どこ行った?




