第402話 スキルの使い方
「すげぇっ! 外の大陸にはこんなでかい生き物がいるのか!」
「アザゼル様が仕留めて下さったクラーケンよりでかいんじゃないか!?」
「これだけの量の肉があれば、当分はもつぞ!」
「ありがとうな、姉ちゃんたち!」
穴倉の前の広場に集まった魔人族達が満面の笑顔を浮かべて、俺達を囲み口々に礼を述べた。
「どいたまー! 竜肉食べたらヤる気スイッチ入っちゃうから気をつけてねー」
アスカが風竜を3体ほど食料として提供したからだ。マナ・シルヴィアでエルサと二人で狩った風竜が十数体ほどアイテムボックスに放り込んだままになっていたから、昨晩の寝床のお礼にと進呈したのだ。
風竜は地竜に比べるとやや小さいものの、それでもそこらにいる兎や猪に比べれば遥かに大きい。たぶん食用にできる肉は3トンぐらいある。百人ちょっとしかいないこの村でなら、数十日分の食糧になるだろう。
大量の肉を一度に渡しても腐らせてしまうのではないかと心配したけど、よく考えたらこの洞窟の外は氷点下の大地なのだ。洞窟の外は天然の冷凍庫なのだから保存も問題ないだろう。
「感謝するの。これだけのお肉があれば、不漁でもしばらくは食べるのに困らないの」
「寝床を貸してもらった礼だ。火晶石のおかげで温かく眠れたしな」
「……アスカのスキルは本当に驚きなの。翡翠竜を大量の岩で押しつぶしたのは見ていたけれど、新鮮なお肉まで保存できるとは思わなかったの」
ジェシカが嬉しそうに笑みを浮かべる。洞窟の村の住民達に囲まれているせいか、ジェシカの表情が柔らかい。たぶん、こっちの表情が本来のジェシカなんだろうな。
「それで、貴方達はこれからどうするの?」
ジェシカが俺達の方に向き直る。微笑みがストン消え、無表情に変わった。
「……まずは聖都に行く」
「…………」
結局、俺達はこれからのことを決められなかった。
ジェシカが語った魔人族が知る歴史と、俺達の信じている歴史のどちらが正しいのか。アレは本当に神龍ルクスだったのか。アレが神龍ルクスだったとしたら、なぜ人族に牙を向けるのか。
アレがこれから世界中の人族を襲うとして、俺達に止めることなど出来るのか。アザゼル達はアレに挑むつもりのようだが、奴らにだって何が出来るというのか。
アザゼル達も今や守護龍達の加護を失っている。ジェシカが風龍ヴェントスの加護を失ったのと同様に、アザゼルはただの剣士に、ラヴィニアはただの付与師になっているはずだ。抗うにしても、今のままでは何も出来ないまま蹴散らされて終わりだろう。
そもそも俺以外の皆は聖都ルクセリオが炎に包まれたあの惨劇を見ていない。ジェシカや俺の話を聞いても、現実のこととして捉えられないのだ。世界中の人族が信仰を捧げている神龍ルクスが人族を滅ぼそうとしているなんて、そう簡単に信じられるわけがない。
あの光景を見た俺だって、いまだに受け止めることが出来ていないのだ。アレが放った火魔法は、【大魔導士】であるエルサが本気で放った【火焔旋風】の何百倍、いや何千倍もの非現実的な規模だった。あれは夢か何かだったのではないかと、どうしても考えてしまう。
あの惨劇は現実に起きたことで、アレは神龍ルクスなのだと頭では理解している。でも、心が追い付かない。
あの光景をこの目で見た俺でさえこんなありさまだ。皆が、戸惑い、受け止められないのも当然のことだろう。
「聖都を見て、その後に考える。仲間も置いて来てしまっているしな」
「…………そう」
まずは聖都に行ってエースを探す。聖都をこの目で見て、現実を受け止める。全てはそれからだ。
「なら、ジェシカもついて行くの」
「…………今、何て言った?」
ジェシカが何を言ってるのかわからなかったので、思わず聞き返す。聞き間違い……だよな?
「貴方達について行く」
「冗談じゃないわよ! なんで貴方を連れて行かなきゃならないのよ!」
エルサが眉を吊り上げて怒声を上げた。
どうやら聞き間違いじゃなかったみたいだ。ジェシカが俺達についてくる? 一緒に旅をする?
そんなことエルサが受け入れられるわけがない。目の前で最愛の従妹を殺した男の仲間と一緒に行動するなんて考えられないだろう。
「貴方達は全員、スキルの使い方をわかってないの。ジェシカが教えてあげるの」
「誰が、貴方になんかっ」
「貴方達はジェシカ達にまるで歯が立たなかったの。ユーゴー、貴方はジェシカに何もできずに完敗したの。違う?」
「……違わない」
ユーゴーがギリッと歯噛みして答える。
「ユーゴーと戦った時は風龍ヴェントスの加護があったから風魔法を駆使して戦ったの。でもジェシカの【忍者】の加護だけでも、ユーゴーには負けないの。エルサにも、アリスにも、ローズにも……アルフレッドにも負ける気はしないの」
ジェシカはまるで自明の真理を述べるかのように淡々言い放った。
「【忍者】には負けない戦い方ができるの。でも、それだけじゃないの」
そう言われ、アザゼルにまるで子供のようにあしらわれ、滔々と語られた言葉を思い出した。
「『六式』、『二重詠唱』……」
「そう。スキルの使い方を学べば、こんなことも出来るの」
ジェシカがちらりとユーゴーの方に目線を動かす。つられて俺もユーゴーの方へと目線が動く。
次の瞬間、視界の隅からジェシカの姿が霞のように消え失せた。
「えっ……なっ!?」
ビキリと身体がこわばる。身体を動かせない!?
「チェック・メイトなの」
いつの間にか接近したジェシカが俺の首元に短剣を突き付けていた。
「アルッ!?」
「殺気をおさめてほしいの。貴方達を攻撃するつもりは無いの。これは模範演技なの」
ジェシカがゆっくりと短剣を俺の首元から外し、黒いスカートの中にしまう。
「な、何をやった……?」
「【忍者】のスキル【隠遁】と【影縫】の『二重詠唱』なの」
何をやられたのか全く分からなかった。背筋を冷汗が伝う。ジェシカがその気だったら、この一瞬で俺を殺すことだって出来たのだ。
「手札がバレたから、もうアルフレッドには通用しないと思うの。でも油断している時なら勝てるし、負けないように逃げることなら簡単なの」
戦闘中で集中している時なら防げたかもしれない。それに【水装】で魔法抵抗を高めておけば、【影縫】が効かないようにすることもできただろう。だが、不意を突かれたら、ジェシカの刃を避けるのは至難の業だ。
ジェシカの素早さ、身のこなしは俺以上のように思える。逃げの一手をとられれば、ジェシカを追い詰めることは出来ないだろう。
「アザゼルの最後のお願いは、アルフレッド達にスキルの使い方を教えることなの。もし、神龍ルクスと戦うつもりになったら、貴方達を鍛えてあげるの。そのために貴方達について行くの」
「アザゼルの……」
思えばあの時、アザゼルは様々な魔法やスキルの使い方を見せ、戦いの最中にそれを解説までしていた。ああ、そういえば『最後の試練』って言ってたな。
戦いじゃなく『手ほどき』だったってのかよ……。
「アルフレッドにはスキルの使い方だけじゃなくて、加護の扱い方を教えてあげるの」
ジェシカは言葉を区切り、俺の目をまっすぐに見据える。
「『守護龍』ではなく『神』からいくつもの加護を授かっているアルフレッドだけが世界の希望に成り得るの」




