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騎士とJK  作者: ヨウ
第十章 永久凍土の名も無き村
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第400話 魔人族の歴史

 たった一人だけ生き残った勇者エドワウ・エヴェロンは、死んでいった勇者達の血族と共に世界を巡り、守護龍の魔晶石を利用して人々の生活の礎を築き上げた。


 火龍の魔晶石で、都市の守護を。

 地龍の魔晶石で、枯れることのない鉱山を。

 風龍の魔晶石で、魔物を寄せ付けない安住の地を。

 水龍の魔晶石で、尽きることのない魔石の宝庫を。

 天龍の魔晶石で、豊かな生活を。

 冥龍の魔晶石で、とある大陸に幻影を。


 ぞれぞれの種族は勇者達の血族を中心に、礎の上に国家を築く。


 ゼンドリック大陸には央人族のセントルイス王国、土人族のガリシア自治区、獣人族のマナ・シルヴィア王国、海人族のジブラルタ王国。そして、コーヴェア大陸には神人族のアストゥリア王国(・・)と魔人族のエヴェロン王国。人族は次第にかつての繁栄を取り戻し、再び太平の世が訪れる。


 そして、平和を謳歌した人族は、次第に過去の大戦の記録と記憶を失くしていった。長い長い時の流れの中で、いつの間にか書物が書き換えられ、碑文が破壊されていったのだ。


 人族に牙を向けた龍の王はいつしか守護龍達の父と呼ばれるようになり、龍の王に立ち向かった勇者達は人族同士の争いにおける英雄と謳われるようになった。蝕むようにゆっくりと、しかし確実に歴史が歪んでいく。


 神龍ルクスが封じられてから千年の時が経ったころ、とある都市で新興宗教が立ち上がり、急速に信者を獲得していった。その宗教の名は、全ての人族を平等に愛す神龍ルクスに信仰を捧げる『聖ルクス教』。


 それと時を同じくして、アストゥリア王国とエヴェロン王国の間に戦争が勃発した。守護龍の魔晶石の恩恵で繁栄していた神人族に敵うべくもなく魔人族は国を失う。流浪の旅の末に辿り着いたのが、幻影に包まれた極寒の大陸サローナだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「魔物を寄せ付けない安住の地……瘴霧の森に包まれた土地のことか」

「枯れることの無い鉱山って、レリダのアルジャイル鉱山のことなのです?」

「なら、尽きることない魔石の宝庫ってのは、海底迷宮のことね!」


 ジェシカが語った『魔人族が知る歴史』を聞いて、口々に呟いた。


 都市の守護っていうのはよくわからないけど、王都クレイトンのことを指しているのだろうか。


 天龍の『豊かな生活』ってのは、エウレカのことだろうな。魔晶石の魔力だけでは足りなくなって都市周辺の魔素すら吸い尽くしてしまったようだけど。


「妄言もいいところね。貴方の祖先達が自らの愚行を正当化するために改ざんした、欺瞞だらけの歴史としか思えないわ」


「別に信じなくてもいいの。エルサ達が受け入れられないのはよくわかるの」


 冷ややかな目で睨むエルサにジェシカは淡々と答え、話を続ける。


「いつの間にか貴方達が信じる歴史では、魔人の王国エヴェロンは神龍ルクスに滅ぼされたことになっていた。エヴェロンという国の名前すら忘れられていたの」


「そんなこと出来るはずがないでしょう! いったい誰が、何の目的で、どうやって歴史を変えたって言うのよ!」


 全く意に介さないジェシカに腹立たしそうにエルサが叫ぶ。


 普通に考えれば、そんな大掛かりな歴史の改ざんなど出来るはずが無い。だが、それが千年二千年の時の流れの中で行われていたことだとしたらどうだろう。


 『勝者の歴史』という言葉がある。戦争や政争において相手を負かした立場の主観や主張のみが歴史となるという意味だ。勝者は自己を正当化し、敗者は歴史を編纂する権利を得られない。


 数百年という時が経てば大抵の人は死ぬ。長命の神人族であってもそれは同様だ。ならば書物が焚かれ、碑文が失われれば、時の権力者によって歴史が良いように書き換えられることは、ままあることだろう。


「神龍ルクスが、枷を解くため、闇魔法を用いて、なの」


 ジェシカがやはり淡々と答える。


「……神龍ルクスは大地に封印されたんじゃなかったのか」


「封印は年を経るとともに少しずつ緩んでいったの。龍脈の枷から逃れることはできなくても魔法を使うことぐらいは出来るようになったのだと思うの。【死霊魔術師(ネクロマンサー)】の魔法、【強制(ギアス)】や【催眠(ヒュプノ)】を使えば……人を操って書物を燃やしたり、碑文を壊すぐらいのことは簡単にできるの」


「操った人に命令し、何百年もかけて少しずつ歴史を改ざんしていった……か。筋は通ってるな」


「アル!? 魔人の言う事を信じるって言うの!?」


「……そういうことも有り得るってことだ」


 俺達が知っているのは歴史というより神話だ。聖ルクス教の経典に書かれていることを、ただ受け入れていたに過ぎない。神龍ルクスを絶対視する聖ルクス教の信者であれば、経典とは異なる歴史など信じるわけもないだろう。


 だが、俺は神龍ルクスが絶対ではないことを1年も前から知っている。一人に一つしか与えられないはずの加護を、俺に授けた少女が身近にいたのだ。


 俺を絶望と諦観から解き放ってくれたのは神龍ルクスではなく、一人の少女だった。聖ルクス教の経典が真実なのだと言われても、ジェシカの語った歴史と同様に『そんな歴史も有り得る』としか思えない。


「ここ百年の間でも、魔人が人族の町や村を襲う事件が何度も起こっている。それも神龍ルクスに操られてやったのか?」


「ルクスは龍脈を通じて世界中の人族や魔物を操ることができるの。操った人族を【幻影】(ファンタズマ)で魔人に見せかけることができれば、世界中の人に魔人への憎しみを植え付けることなんてわけないの」


「……なるほど。もしかして、お前達も操られていたってことか?」


 操られているようには見えなかったが……。


 俺達が関わった魔人達はどう見ても、何らかの意図をもって行動しているように見えた。


「違う。ジェシカ達はルクスに操られてなんかいないの」


 ジェシカはゆっくりと左右に首を振る。


「……お前達は、何がしたかったんだ? いや、何をしたんだ?」


 魔人達が知る歴史が真実だとしたら、魔人は神龍ルクスによって作り上げられた偽りの『神敵』だ。神龍ルクスとは敵対的な関係と言えるだろう。


 それなのに、あの男を……いや、神龍ルクスを主と仰いでいた。操られてもいないのに敵を主と仰いだのか?


「ジェシカ達は進んでルクスの命令に従ったの。目的は神龍ルクスを大地(テラ)の封印から解き放つこと。引き換えに魔人族だけ(・・)は生き残る権利を得るの」


「っ!!」


『盟約は果たした。我らだけは解放してもらおう』

『良いだろう。あの島で、種が絶えるまで生きることを許そう』


 アザゼルと神龍ルクスとの会話が思い起こされる。


 魔人族だけが生き残る権利を得る盟約……つまり……


「お前達は俺達を利用して、神龍ルクスの封印を解いた。それと引き換えに、魔人族だけが神龍ルクスの牙から逃れることができる……そういうことか!?」


 背筋が粟立ち、身体が勝手に震え出す。


 聖都で何万もの人をまるで虫けらのように踏みつぶした超常の存在が、今度は魔人族を除く人族に襲い掛かるというのか? チェスターが、クレイトンが、聖都と同じように業火に巻かれるというのか……?


 否定して欲しい。そんな思いはジェシカの肯定の頷きをもって返された。


「ふざけるな……。ふざけるな! お前達が生き残るためだけに、あの悪夢のような男を解き放ったというのか! この百人にも満たない集落の命を守るために、全ての人族を生贄にしたというのか!?」


 あの男を止めることなんて不可能だ。ジェシカの語った歴史が真実だとしたら、六人の龍の従者と六柱の守護龍で挑んでも封印することしかできなかった龍なのだ。そんな存在を野に放ったなんて……。


「全ての人族に裏切られ、魔人族はこの凍てつく大地で、千年も生きてきたの。この土地に流れ着いた時には、まだ数万人の魔人族がいたの。でも、もう魔人族は百人もいないの」


 ジェシカが肩を震わせる。


「貴方達が暖かいベッドで寝ている時、ジェシカ達は身を切る寒さに凍えていたの。貴方達が美しい衣服の並んだ店で買い物を楽しんでいる時、私達は死んだ仲間の衣服を剝ぎ取っていたの。貴方達が明日の心配をせずにお腹いっぱい食事をとっている時、ジェシカ達は飢えて死んでいく子供の手を握っていたの」


 だんだんと声が大きくなり、声はやがて悲痛な叫びとなる。


「ジェシカより幼い子供は一人もいないの! なぜ魔人族だけが、こんな目に合わなくてはならないの!? ただ生きたい……生きていたいだけなの!」


 ジェシカの嗚咽交じりの震える声が、穴倉の中にこだました。




おかげさまで400話到達!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 400話更新おめでとうございます! (*^ー^)/□☆□\(^ー^*) かんぱーい! [一言] おもーい話ですねえ でもここで知ったことかとか ゲームの設定なんて知らんと言えないのが主人…
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