第399話 クリスタル・クラスター
何から聞くべきだろうか。
まずは大尖塔でアザゼル達が行った儀式のこと?
それともギルバードの身体を乗っ取った男のことか?
あの男は……本当に神龍ルクスだったのだろうか。
あれが神龍ルクスなら、なぜ聖都ルクセリオを滅ぼしたんだ?
「この村はいったい何なの!? なぜ神人や央人が魔人と一緒に暮らしているの!? なんで裏切りの人族なんかと一緒にいるのよ!」
何を問うべきか考えていたら、エルサが金切声で叫んだ。この村に来てから目にした光景がよほど受け入れ難かったのだろう。
魔人族は遥か昔から世界中の都市の襲撃を繰り返してきた。俺達も旅を続ける中で何度も何度も魔人達に煮え湯を飲まされ続けてきた。
クレイトンでは魔物使い達の魔物を奪われ闘技場を襲撃された。
レリダでは地竜を操りレリダを落とし、アリスの加護に呪いをかけた。
エウレカでは不死者の氾濫を起こし、聖女キャロルを殺害した。
シルヴィア大森林では風竜を引き連れてマナ・シルヴィアを襲った。
マルフィでは暗躍していたというわけではなかったが……魔人族は世界中に死と動乱をまき散らしてきた、全ての人族にとっての仇敵なのだ。
その魔人族が、他の種族の者たちと和やかな生活を送っていた。他の人族と信頼関係を築き、笑いあっていたのだ。にわかに信じ難い光景だった。
「彼らの半分は漂流者。龍脈の裂け目に落ちて『サローナの転移陣』にやって来たの」
「龍脈の裂け目?」
聞き覚えの無い言葉だ。『龍脈』ってのは、グラセールから受け取った転移の魔道具と同じ言葉だが……。
「大地を巡る星の命の通り道、龍脈。その穴に落ちて運良く転移陣から出てこれた人達なの。ほっといたら凍え死ぬだけだから、見つけたらこの村に連れて来てあげているの」
「漂流者……もしかして『流れ人』のことか?」
ジェシカがこくんと頷く。
流れ人。急に人が失踪し、遠く離れた転移陣に現れることが、稀にある。俺が森番をやっていた時に現れたことは無かったけど、チェスターにも遠く離れた地で暮らしていたのに気が付いたら始まりの森の転移陣にいたって人がいたな。
「貴方達が攫って来たのでは?」
エルサが疑わし気な目をジェシカに向ける。
「そんなことするわけがないの。この村は食料がいつも足りないの。人を連れてくる余裕なんてないの」
確かに……この極寒の地で十分な食料を得ることは難しいだろう。たぶん、火晶石と白光石の鉱脈があるこの地でしか農耕なんて出来ない。
魔物も全く見当たらなかったし、捕れるとしたら魚ぐらいだろうか。いや、氷点下の海の下に魚なんていないかもしれない。
ともかく、この村にいた人達は粗末な衣服を着ていたし、この穴倉住まいだ。人を攫って来ても、養う余裕があるようには見えない。
「あと半分はジェシカ達の祖先といっしょに、この地に逃れてきた人達の末裔なの」
「魔人族の祖先と他の人族が一緒に?」
「そう。神人族に滅ぼされた魔人族の国家、エヴェロン王国の生き残りが、この地に逃れてきたの」
「……は?」
神人族に滅ぼされた? 魔人族の国エヴェロン? なんだそれ。
「何を言ってるの? 侵略戦争を仕掛けて、神人族や央人族の国家を壊滅の危機に追いやったのは魔人族でしょう!? その愚かな行為が神龍ルクス様の逆鱗に触れ、魔人族は国を失ったのよ! 子供でも知っているわ!」
「それは貴方達が信じている歴史なの。ジェシカ達が知っている歴史とは違うの」
「ふざけないで! 世界中に災いをバラまいた魔人族の妄言なんて、だれが信じるというの!!?」
エルサが目尻を険しく吊り上げて怒鳴る。
半日前の俺ならエルサに完全に同意し、ジェシカを糾弾していただろう。だが今は……
「いや、魔人達の知る歴史を……妄言とは言えないかもしれない」
「アル……?」
エルサが目を丸くして俺を見る。
「俺は……超常の存在が聖都ルクセリオを焼き尽くすのを、この目で見たんだ。あの存在を、アザゼルはルクスと呼んだ……」
事も無げに一つの都市を焼き尽くし、数万人はいただろう住民たちをまるで虫けらのように踏みつぶした。あのような行いができる者が、あれほどの尋常ではない魔力を有する者が、他にいるだろうか。
「あれは……本当に、神龍ルクスだったのか?」
俺は震え出す膝を必死に抑えて、ジェシカに問いかける。
違うと言ってほしい。世界中の人が父と仰ぎ、日々祈りを捧げる神龍が、聖都を蹂躙したなんて……信じたくない。アレは俺の知らない、何者かであって欲しい。
だが、ジェシカはゆっくりと頷いた。
「アレは神龍ルクス。人族の守護、六龍が身を挺して封じた、龍の王ルクス」
「龍の……王……。なあ、ジェシカ、教えてくれ。お前たちの知っている歴史を。お前たちが、あの塔で何をしたのかを」
「アル……?」
怪訝な面持ちで皆が俺を見る。俺がジェシカに操られているようにでも見えるのだろうか。あの光景を見ていない皆からしたら、そう思うのも無理はないけれど。
「そのために、ここに連れて来たの」
そして、ジェシカは淡々と語りだした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
遥か昔、全ての人族は世界の各地で守護龍と共に国家を築いていた。
火龍イグニスと央人族。
地龍ラピスと土人族。
風龍ヴェントスと獣人族。
水龍インベルと海人族。
天龍サンクタスと神人族。
そして、冥龍ニグラードと魔人族。
守護龍がもたらす恵みによって各種族は栄え、それぞれの国家は龍脈が繋げる転移網で交流し、概ね友好的な関係を構築した。時に相争うことはあれど、人族は太平の世を謳歌していた。
だが、そんな平和な世界は、唐突に終わりを告げる。龍の王であるルクスが唐突に、全ての人族に対し牙を剝いたのだ。
守護龍と人族の抵抗むなしく、全ての国家は壊滅した。
だが、人の世の終わりに六人の勇者が守護龍達の加護を受け、立ち上がる。
火龍の加護を授かった央人 レオン・セントルイス
地龍の加護を授かった土人 ヴァルター・ガリシア
風龍の加護を授かった獣人 ジークフリート・マナ・シルヴィア
水龍の加護を授かった海人 ガリヴァルディ・ジブラルタ
天龍の加護を授かった神人 ヴァレンティナ・アストゥリア
冥龍の加護を授かった魔人 エドワウ・エヴェロン
六人は世界の中心で龍の王ルクスに戦いを挑む。
勝敗は呆気なく決した。魔人エドワウを残し、全ての勇者はその身を散らしたのだ。守護龍の加護を授かったとはいえ、人の身で龍の王に敵うべくも無かった。
だが、六人の勇者の狙いは龍の王ルクスを倒すことではなく、世界の中心に誘き出すことにあった。
龍脈にそって描かれた世界規模の六芒星。龍達がその命を賭して起動した巨大な魔法陣。その中心に誘い込まれた龍の王ルクスは大地に封印された。
命が燃え尽きるその前に、守護龍達は人族に告げる。我らの力を用いて、再び栄えよ、地に満ちよと。
守護龍の亡骸の跡には、巨大な六角水晶の塊が残されていた。




