第397話 堕ちた太陽
目を閉じても視界は紅蓮に染まったまま。灼熱の炎塊が放つ熱波が皮膚を焦がす。真っ赤に焼けた剣で身体中を刺されているような激痛に思考が寸断され、まともに呼吸も出来ない。
ふと、全身から痛みが消失し意識が冷たい泥濘へと沈んでいく。もう痛みも感じない。死ぬってこんな感覚なんだな……。
ごめん、アリス。
せっかく錬金術師になれたのに。
ごめん、エルサ。
妹の仇を取らせてあげられなかった。
ごめん、ユーゴー。
一緒に生きようって誓ったのに。
ごめん、ローズ。
俺がマルフィから連れ出したばっかりに。
ごめん、アスカ。
君を……守ってあげられなかった……。
俺は、騎士、失格だな……。
「とっとと起きるの、アルフレッド」
「ぐう゛ぉっ!!」
腹に走る衝撃に思わず目を開ける。レースやフリルで飾られた真っ黒なドレスに身を包んだ少女が、俺の腹を踏みつけていた。
「お、お前は……ぐふぉっ!」
魔人族の少女ジェシカが黒い編み上げブーツを足を上げ、再び俺の腹を踏みつける。
「早くするの」
「い、生き……てる?」
俺はいつの間にか見知らぬ場所にいた。
どこまでも続く雪原。ところどころに見える地表と黒っぽい岩肌。足元には見慣れた転移陣があった。
「転移……したのか?」
「寝ぼけてる暇は無いの。このままだと貴方の仲間が死ぬの。早く回復させるの」
「え? あ、アスカ!!」
俺の周りにアスカ達が横たわっていた。元から満身創痍だったのに、ところどころに火傷を負い、呼吸も荒くなっている。
「手枷を外したから少しは魔力も回復しているはずなの。まずアスカを起こして、仲間を回復させるの。早く!」
「え、お、ああ! アスカッ、起きろ! 起きてくれ! 【治癒】! 【解毒】!」
俺はアスカを揺さぶりつつ回復魔法を唱える。火傷が癒えて、肌の赤みが引いていく。アスカは、うぅーんと唸りながらゆっくりと目を開いた。
「あ、アル……はっ、なに!? ここ、どこ!?」
「アスカ、それどころじゃない! みんなの回復を!」
「へ? うわっ、みんな! やばっ、天龍薬! 天龍薬!!」
アスカを中心に眩い青緑色の光が広がり、皆の傷を癒していく。エルサの脚が真っ直ぐになり、ユーゴーの裂傷が癒え、アリスとローズの手足に穿たれた孔が塞がっていく。俺も暖かな光に包まれ、切り裂かれた胸と両脚の刺し傷が消えていった。
「ふう、良かった。みんな、無事だね……って、魔人!!?」
「う、ううん……あ、あれ……? ここは、どこなのです……?」
「ん……はっ!?」
「……むっ!!?」
アスカの叫び声で皆が続々と目を覚ます。
エルサとユーゴーの反応は早かった。猫のように飛び起きて、エルサは細剣を抜き放ち、ユーゴーは拳を構える。
「ま、待てっ!! ちょっと待ってくれ!」
俺はジェシカを背中に庇い、今にも飛びかかりそうな二人を制止する。
「アルッ、どきなさい!」
「…………」
「いや、だから待ってくれ! コイツは俺達を救ってくれたんだ!」
「何を言ってるの!? そいつは魔人! 私達の敵よ!!」
「だから、ちょっと待てって!! まず俺の話を聞いてくれ!」
状況から察するに、ジェシカが龍脈の腕輪で俺達をここに連れて来てくれたのだろう。どういうつもりなのかはわからないが、あの場にいたら俺達が全滅していたことは間違いない。気に食わないが、俺達は魔人族であるジェシカに救われたのだ。
エルサにとってジェシカは妹の仇の仲間だし、アザゼルの話の通りならユーゴーに瀕死の傷を負わせたのはジェシカなのだ。彼女達が殺気立つのも無理はない。
だが、皆は気を失っていたから、大尖塔で起こった出来事を知らないのだ。ジェシカと戦うことになるとしても、まずはそれを説明してからだ。
俺は必死でエルサとユーゴーを押しとどめた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なんとか皆を落ち着かせ、俺は大尖塔で起こった出来事を見たままに説明した。
アザゼルに敗北し、大尖塔に連れ戻されたこと。
皆が満身創痍の状態で倒れ伏していたこと。
勢ぞろいした魔人達に聖武具を奪われたこと。
隷属されたギルバードが現れたこと。
儀式とやらが行われ、聖武具が失われたこと。
ギルバードが変貌し角の生えた男になったこと。
その男は神龍ルクスと呼ばれたこと。
その男が一瞬で聖都を焼き尽くしたこと。
そして死の間際に、ここに転移してきたこと。
俺の話を聞き、皆一様に押し黙った。あまりにも荒唐無稽で、とても信じられる話では無かったのだろう。
それでも、俺がそんな作り話をするわけがないということはわかってくれているのだろう。皆、戸惑いを隠せず、眉を顰めている。
「一度、聖都に戻ってみよう。俺だって、この目で見た光景が現実のものとは思えないんだ。それに、エースが聖都にいる。助けに行かないと……」
神龍ルクスと呼ばれた男が、巨大な炎塊を落とし火柱で焼き尽くしたのは聖都の西側だった。火柱は火焔旋風と化して聖都の東側をも襲ったが、それは西側が焦土と化してからのことだ。
僅かな時間だったが、エースならその時間差で聖都から逃げ出すことも出来たかもしれない。いや、脱出できたに違いない。エースが、俺達の仲間が、そう簡単に命を落とすわけがない。
「それは無理なの。ルクセリオの転移陣はもう使えない」
俺達の話を離れて聞いていたジェシカが口をはさんだ。
「転移陣が……使えない?」
「転移は出来ないの。疑うなら試してみるといいの」
俺はちらりとアスカを見る。アスカはこくりと頷き、アイテムボックスから龍脈の腕輪を取り出した。
「行くよ」
龍脈の腕輪が強い光を放つ。いつもならその光が俺達を包み、一瞬にして遠くの転移陣へと転移するのだが……今回はそうならず、光は段々とその輝きを減らしていき、ついには消失した。
「えっ……」
「たぶん転移陣も破壊されたの」
「……アレは、本当にあの神龍ルクスなのか? お前達はいったい何をしたんだ?」
「長い話になるの。教えてほしければついてくるの」
そう言ってジェシカは転移陣からふわりと飛び降りてスタスタと歩きだした。
「待ちなさいっ!」
エルサが岩槍を宙に浮かべて叫ぶ。
「貴方についていくわけないでしょう? 今、ここで話しなさい」
ジェシカがくるりと振り返る。ふんだんにフリルがあしらわれた黒いスカートがふわりと舞う。
「打ちたければ打てばいいの、エルサ」
ジェシカが、わずかに口角を上げる。相変わらず無表情で感情表現が希薄だが、その微笑みは自嘲しているように見えた。
「ジェシカは風龍ヴェントスの加護を失ったの。貴方達と戦っても勝ち目は無いの。無駄な抵抗はしないの」
「加護を失った……?」
ふと大尖塔で見た光景を思い出す。
あの時ジェシカは『風龍ヴェントスの力を返す』と言っていた。魔人達から離れていった光の塊、あれが守護龍の加護だったのか?
各地の龍の間で守護龍の魔晶石から放たれた光の塊を受け取り、武器が聖武具に変化し、加護が昇格した。あの儀式は受け取った加護と聖武具を返した、ということだったのか?
「話を聞きたければついてくるの。国を奪われ、大陸から排斥された魔人族が、他人種を恐れて隠れ住んだ名前も無い村……ジェシカの故郷に案内するの」
ジェシカは再び俺達に背を向けて、スタスタと歩き出した。
仕事が忙しくなりすぎて更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。落ち着くまでは、更新ペースが乱れてしまうかと思います。懲りずにお付き合いいただけますと幸いです。




