第39話 会食
武器屋を出た俺たちは、その足でジェイニーさんの仕立屋に向かう。明日にはこの町を出て旅に出るから、譲ってくれたローブのお礼を言っておかないとな。
「こんにちはー」
「あら、アスカさん。戻っていらしたんですね」
「ローブ、かわいいですね。とってもお似合いですよ」
店に赴くと仕立屋の店主と店員のお姉さん――タバサさんだったか――が出迎えてくれた。
「ヘルマンさんに、このローブを譲ってくれたと聞いたのでお礼に伺いました。ありがとうございます」
ちなみにヘルマンというのは武具屋の店主の名前だ。最後まで名前を聞くことは無かったが、盾の裏側に制作者として名前が刻印されたいたし、店名もヘルマン武具店なので、ヘルマンさんで合っているだろ。たぶん。
「どういたしまして。町を救ってくれた英雄への、せめてものお礼ですよ。お気になさらないでください」
「おかげで羊毛がちゃんと入ってくるようになったから、私たちも助かりました」
話を聞くと、火喰い狼の影響は町全体に及んでいたらしい。直接的な被害としては、火喰い狼に追い出されたレッドウルフが頻繁に牧草地に出没するようになり、放牧されていたホーンシープに少なくない犠牲が出てしまっていたことだ。当然、牧畜の取引量が減り、食肉類だけでなく交易品の穀物類も同時に価格が高騰してしまう。
そして、護衛やレッドウルフ討伐、薬草採集などの依頼を受けていた冒険者に怪我人が続出し、傷薬や回復薬が品薄になってしまった。結果、怪我を治せずに休業を余儀なくされる者が多くなってしまい、さらに牧草地に出没するレッドウルフの被害が増えてしまうという負の循環に陥ってしまっていたらしい。
主産業である牧畜と製薬が危機を迎えていたオークヴィルに、突如現れたのが俺とアスカだったそうだ。レッドウルフの討伐をすることは無かったものの大量の回復薬を納入し、滞っていた需要と供給の不均衡を解消。そのうえ元凶の火喰い狼を倒してみせた。
俺たちが供給した回復薬で怪我を治した冒険者たちは、放牧地に残っていたレッドウルフの討伐に勤しむようになり、火喰い狼がいなくなったこともあってレッドウルフ達はシエラ樹海に戻っていった。
俺たちが町を離れていた少しの間に、町は徐々に元の姿を取り戻し始めたらしい。食糧価格については未だ割高ではあるそうだが、早晩解消される見込みだそうだ。
「商人ギルドでは、ここのところアルフレッドさんとアスカさんのウワサで持ちきりですよ。この町の癒療と危機をいっぺんに解消した英雄だってね」
俺が火喰い狼の討伐を嫌がっていたなんて、とても言えないな。回復薬を多量に納入したのも旅費を稼ぐためだし、火喰い狼を討伐したのも特殊魔物素材の入手と報酬の獲得が目的だったわけだし……。
「大変だったんだね。元通りになりそうなら良かった。ところで、服を買いたいんだけど古着でもいいからすぐに買えるものってある?」
「ええ、こちらに吊るしてあるものはすぐにお譲りできますよ。アスカさんのサイズに合う物を集めますね」
えっ? ローブもらったのに買うの?
「あれはアウターでしょ? トップスがダメになっちゃったんだから買わないと」
むう。確かに。あのローブは大きいから、上着の上に羽織る感じになるのか。
その後、アスカの試着会が始まる。タバサさんときゃいきゃい言いながら服を選ぶアスカは実に楽しそうだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、商人ギルドに顔を出して回復薬を売り込む。需要が落ち着いたからか引き取り価格は少し下がったが、約100本を大銀貨5枚で買い上げてくれた。薬草や魔茸などの素材はまだまだアスカのアイテムボックスに入っているので、回復薬の在庫も十分だ。
服も武具も揃い、回復薬の在庫も十分。路銀も金貨2枚以上用意できたし、旅の準備はばっちりだ。あとはチェスターに着いてから、野宿する時に使うテントや毛布などを購入して王都へ出発だ。
「アスカさん、アルフレッドさん、今夜はこれから何かご予定はありますか?」
「いえ、特に予定はないですが……」
「でしたら商人ギルドからの火喰い狼討伐のお礼を兼ねて、送別会を催させていただけませんか?」
「送別会……ですか? なんだか良くしてもらいすぎて、なんだか恐縮しちゃいますね」
魔獣使いギルドの面々には火喰い狼戦の祝勝会費用をもってもらい、ヘルマンさんにはどう考えても赤字であろう優秀な武具を用意してもらい、ジェイニーさん達にはローブを譲ってもらった。火喰い狼の討伐報酬は冒険者ギルドからきっちりもらっているのだから、そこまで良くしてもらうと申し訳なくなってしまうな。
「アスカさん達のおかげで、オークヴィルの流通が元通りになったんです。これから長い旅に出られるんでしたら、その前に商人ギルドとしてお礼をさせてもらいたいんです」
「いいじゃない。遠慮なくゴチになっちゃおうよ! なかなか会えなくなっちゃうんだからセシリーともご飯を食べたかったし!」
「それは、そうだな。では、お願いしていいですか?」
「ええ! 実はアスカさん達が戻っていらしたと聞いて、山鳥亭の席をもう抑えてあるんです。もちろんデールさん達もお呼びしていますよ」
「ほんと!? 嬉しい!!」
「はい。では、日が暮れた頃に山鳥亭にいらしてください」
デール達にもお別れを言いに、冒険者ギルドに行くつもりだったからちょうどいい。セシリーさんの心遣いに感謝だな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕暮れ、宿屋で部屋を取ってから俺たちは山鳥亭に向かう。店に入ると店員の女の子が、ロフト席に案内してくれた。
今日は、店主のニコラスさんと女将のキンバリーさんの姿が見えない。あいさつをしたかったのに残念だな……と思っていたら、当の二人はロフト席に座っていた。
「こんにちは、ニコラスさん、キンバリーさん。今日はお世話になります。お二人にもご一緒していただけるんですか?」
「よお。商人ギルドの嬢ちゃんに呼ばれてな。お前らの送別会らしいからな。参加させてもらうよ」
「ありがとうございます! なんだか今日は二人とも、きちっとしてるね!」
アスカの言う通りニコラスさんも、キンバリーさんもシックな装いをしている。ニコラスさんは白いシャツに濃紺のジャケットを羽織り、羊をかたどったループタイをつけている。キンバリーさんは紺色のワンピースとジャケットに、白いコサージュを胸元にあしらっている。
「ああ、俺たちは魔獣使いギルドの代表として来てるからな。お前らは平服だな……って言っても旅先で礼装なんて用意してるわけもねえしな。冒険者なら問題ないだろ」
「礼装?」
そんなにかしこまった席だったのか? 旅に出る前にセシリーさんやデール達と楽しく食事会ってつもりで来たんだけど……もしかして商人ギルドのお偉いさんでも来る予定なのか?
「あっダーシャ! エマ! デールも!」
「おお、デール達も来てくれたのか。ありがとう」
デール達が階段を上りロフト席にやって来た。3人とも武装は常宿に置いてきたようで、平服姿だ。風呂にでも入って来たのだろうか、こざっぱりとした格好で髪もきちんと整えている。ダーシャは化粧までしているな。
「おう、アル、アスカ」
「いよいよ王都に向かうんだって?」
「せっかく仲良くなれたのに残念ニャ」
「ああ。明日の朝に発つつもりだ」
「みんな、今日はありがとねー! 行く前に会えてよかったー!」
デール達とわいわいと話していると、セシリーさんが中年の男性と一緒にやって来た。あ、あのちょび髭は回復薬の鑑定をやっていた人だな。
「アスカさん、アルフレッドさん、お待たせしました」
「こんばんは、セシリーさん。それと、鑑定をしてくださった方ですよね?」
「ああ、そう言えばちゃんと挨拶をしていなかったね。オークヴィル商人ギルド長のエドモンドだ。鑑定士も兼ねているがね」
え? この人、商人ギルドのギルドマスターだったの?
「これは失礼しました。薬師アスカの護衛をしておりますアルフレッドです」
「アスカです。薬師です?」
「ご丁寧にどうも。そんなにかしこまらないでくれよ。ギルド長と言っても数人で運営している小さな組織の責任者ってだけだからね。それに、アスカ君にアルフレッド君とは、町に来た時から知っている仲じゃないか」
「ははっ、そうでしたね。エドモンドさん、今日は私たちのために、このような席を用意してくださり、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
なんだ。魔獣使いギルドと商人ギルドの責任者が来るから、少しかしこまったってところか。ニコラスさんが礼装とか言い出すから、何事かと思ったよ。
「ゲストはもう一人来る予定だけど、先に始めておいてくれという事だったから、乾杯しようじゃないか。皆、席についてくれ」
そう言ってエドモンドさんは、俺とアスカを上座の方に座らせた。一番奥の席を開けているのが気になるな。もう一人のゲストって人が座るのか?
「皆に飲み物はいきわたったかな? では、火喰い狼の討伐を成し遂げた冒険者たちに感謝を。そしてアスカ君とアルフレッド君の旅の安全を願って、乾杯!」
「乾杯!!」
エドモンドさんの挨拶で送別会が始まった。綺麗にテーブルセットがされているので、同じ場所なのに祝杯を上げた時と違って会食って感じだな。デール達がなんだか緊張気味なのが面白い。しょうがない、話題を振って緊張をほぐしてあげるか。
「デール。そう言えば、あの無精ヒゲ達はどうなったんだ? そろそろ沙汰は下りたんだろ?」
「ああ。期限付きの犯罪奴隷になったみたいだな。7年ほど炭鉱に送られるって聞いたぜ」
「大怪我はさせられたけど、殺人未遂のわりには重い刑になったわね」
「報酬は金貨1枚半ぐらいになるみたいニャ。分け前はこれで十分なのニャ」
「火喰い狼は間接的にだが町全体に被害をもたらしていたからね。その討伐を妨害した上に、ダーシャ君に瀕死の大けがを負わせたそうじゃないか。妥当な量刑と言えるだろうね」
なるほどね。殺人を犯したとなると死刑か終身奴隷になることが多いが、今回は殺人未遂だからな。殺人未遂なら5,6年の犯罪奴隷落ちになる事が多いらしいが、今回は町民の生活に影響が大きかったから重めの量刑になったそうだ。相手が貴族だったのなら問答無用で死刑だろうが、今回は冒険者相手だしな。
「そう言ってもらえると助かるよ。終身奴隷刑にしろという声も多くてね」
突然、ロフト席の入り口の方から声が聞こえた。目を向けると、見るからに高級そうな衣服に身を包んだ白髪の男性が佇んでいた。
「レスリー代官殿!」
まず反応したのはエドモンドさん。続いて俺とアスカ以外の皆んなが、席から立ち上がる。俺たちも慌てて続いた。
どうやら最後のゲストはこの人のようだ。あれ? もしかしてこの人……




