第394話 ワールド・オブ・テラ
「唯一の……? それはどういう……」
「言葉通りの意味だよ。【魔弾】!」
「くっ!」
気になることを宣っておきながら、アザゼルは唐突に会話を打ち切って攻撃を仕掛けてきた。虚を突かれたものの、俺は飛来する魔弾を躱す。
「次、【魔弾・散】!」
「なぁっ!?」
接近戦に持ち込もうと距離を詰めた俺に、アザゼルが再び魔弾を放つ。
【魔弾】は属性を持たない直径15センチほどの魔力の弾を飛ばす魔法だ。魔力を注ぎ込んでも衝撃の強さが変わるだけで、大きさや形状はさほど変わらない……はずだったのだが。
「ほらほらほら、どうしたダンナ! その真っ赤な剣でオイラを斬りたいんじゃなかったのか!? 近づいて見せろ!! 【魔弾・散】!」
「ぐっ!」
アザゼルが放ったのは、いわば散らばる魔弾だった。直径5センチほどの多数の魔弾が、放射状に発射された。通常の魔弾が点や線の攻撃なら、これは面攻撃だ。
例えば【火球】や【岩弾】は、点や線の攻撃と言える。【火球】は山なり、【岩弾】は真っ直ぐな弾道を描くため、着弾点を予測して回避することは――慣れと相応の敏捷性は求められるが――然程難しくはない。
対して【氷礫】や【風衝】は面攻撃だ。氷礫は直径数センチほどの大きさの氷の塊を数十個打ち出し、風衝は人の胴体ほどの大きさの風の塊を放つ。射程も短く狙撃性能も低いが、動く標的には当てやすい。
では【魔弾】はどうか。通常は【岩弾】と同じく、真っ直ぐな弾道を描く線の攻撃だ。回避するには、射線から身体を外せばいい。
だが、アザゼルがかざした手からは、【氷礫】のように多数の小魔弾が放射状に発射されたのだ。
面で発射された魔弾を接近しつつ躱すことなど不可能だ。俺は可能な限り射線から体を外し、それでも避けきれない魔弾を円盾と革鎧で受け止めた。
「次だ、【魔弾・連】!」
「うぉっ、くっ、はぁっ!」
防御姿勢をとった俺に、アザゼルは続けて通常の【魔弾】を連発する。低位階の魔法と言えども、これほどの速さの連射は見たことがない。
驚くべき速さで連射された魔弾を、躱し、円盾で受け止め、聖剣で斬り飛ばす。その間にアザゼルはさらに距離を取り、嘲るような笑みを浮かべた。
「どうした、ダンナ。また、間合いが広がったぞ? 【魔弾・連】!」
「くっ、舐めるなっ!!」
見たことも無いような魔法の使い方に戸惑ったが、威力自体は大したことも無い。これなら、被弾覚悟で飛び込めば間合いを詰めるなど造作もない。
俺は飛来する魔弾を躱しつつ接近し、【鉄壁】を常時発動させつつ、アザゼルのもとへと突進する。こうすれば、先ほどのような爆ぜる魔弾を放たれても耐えられる。
「ぐがっ!!?」
狙い通りに接近しアザゼルに聖剣の一振りを見舞わせようとしたその刹那、俺は後頭部に強烈な衝撃をうけた。予想もしなかった後方からの攻撃に一瞬意識が飛びかけ、前方に向かって倒れ込み……
「【盾撃】!」
真っ正面からアザゼルの掌底を受け、今度は後方に跳ね飛ばされた。
「うぅ……」
ゆらゆらと揺れる意識を、頭を振って取り戻す。連続して叩きつけられた衝撃のダメージは深い。笑う膝を叱咤して立ち上がり、円盾を前に構えを取ってアザゼルを睨みつける。
「後ろへの警戒が疎かだな、ダンナ。【魔弾・操】」
アザゼルはゆっくりと左手を斜め上に向け、明後日の方向に魔弾を放つ。
「なっ!?」
打ち上がった魔弾が急激に角度を変え、頭上から襲い掛かってきた。
「【散】!」
「なっ、ぐぅっ!!」
飛来する魔弾を受け止めようと円盾を構えたその直後、目前へと迫った魔弾が破裂する。十数個に分かたれた小魔弾をまともに被弾し、全身に衝撃が走る。
「くっ……」
「ネタはわかったかい? ダンナが避けた魔弾を操作して、後ろからぶつけたんだよ」
放った魔法を操作した? そんな魔法の使い方が、あるとは……。
「……やけに親切だな、アザゼル? わざわざ手の内を明かすとは」
「こんなのは知っていて当然な基本技能だからな。『散』、『連』、『操』、『溜』、『整』、『纏』。合わせて、六式ってヤツだ。魔人族以外の人族は忘れちまったようだけどな?」
基本技能ね……。言ってくれる。
溜め、威力調整、常時発動。この3つの技能でさえ、習熟している者はそういない。かくいう俺だって常時発動は闘技場でルトガーを見て盗んだ技能なのだ。
ショットにチェイン……なんて聞いたこともないし、アスカだって知らないだろう。
「それで、そろそろ回復できたか?」
「っ…………」
余裕ぶって講釈を垂れている間に少しでも回復をと、【気合】と【内丹】を発動していたのだが、それすらも見透かされていたようだ……。
「さあ、最後の試練、第二ラウンドだ。今度はコイツで戦ってやる。かかってきな、ダンナ」
アザゼルが惣闇色の魔力を纏った剣をくるくると躍らせ、ニヤリと嗤う。
「調子に……乗るなっ!!」
「ははっ。威勢だけは一人前だな!」
【瞬身】、【風装】、【烈功】、【火装】と続けざまに身体強化を施しつつ聖剣を振るう。
渾身の力を込めて横凪ぎに払った聖剣が、惣闇色の剣で易々と受け止められる。だが、アザゼルが剣士の加護を持っているというなら、それも想定内だ。すぐさま聖剣を返して追撃する。
右から振り下ろし、左から斬り上げ、真正面から刺突、時には盾で殴りつける。途切らせることなく放ち続ける剣撃を、アザゼルはニヤニヤと笑みを浮かべながら受け止め続ける。
「はっ! はぁっ!!」
そして、修得にまで至った身体強化のスキルや魔法は、それぞれ身体機能を5割ほども強化する。しかも重ね掛けが可能だ。重ねればステータスを2倍にも引き上げることが出来る。
それなのに。
【魔力撃】を常時発動し、剣撃にさらなる重さを乗せる。【心眼】と【看破】で僅かな予備動作や魔力の流れを掴み、アザゼルの動きを先読みして剣を振るう。
それなのに。
何十、いや百を超える剣撃を放つも、惣闇色の剣に易々と受け止められる。そして、だんだんと受け止められることすらなくなっていく。弾かれ、受け流され、いとも容易く捌かれる。
アザゼルの動きが鋭さを増して来ているのだ。俺が剣撃を放ってから、余裕をもって迎撃されている。
いくらなんでも、これは無いだろう!? こんなにも実力差があるなんて……
そんな心の迷い、焦りを見抜かれたのだろう。守り一辺倒だったアザゼルが、鋭く惣闇色の剣を振るう。
ギィンッッ!!
強烈な斬り上げを受け止められず、聖剣が弾かれて宙を舞う。
「【神威の剣】」
手首を返し振り下ろされた惣闇色の剣は、双竜の革鎧を容易く切り裂き、肉を抉った。
「がはっ……」
焼けるような痛みと夥しい出血に、立っていられず膝をつく。咽上がって来た血が、口からごぷっと零れ出た。
「……ダンナ、これを見ろ」
アザゼルは俺の血が滴る片手剣を胸の前で水平に掲げていた。その剣からふっと惣闇色の魔力光が消える。
「これは白銀の剣。魔力の通りが良く、魔法が乗り易い剣だ」
「…………」
「ダンナはオイラの動きが速くなったとでも思っていただろう? だけど、それは違うんだな。オイラが早くなったんじゃなくて、ダンナが遅く、弱くなったんだ」
「なんだと……?」
「さっき教えた基本技能の応用さ。白銀の剣に【魔力撃】と闇魔法【弱体】を『纏』わせる。触れた者を弱らせる魔剣の完成ってわけだ」
何を言っている……? 確かにそれなら魔剣を創り出すことも出来るかも知れないが、それは……
「『二重詠唱』。魔法とスキルの同時発動」
「そ、そんなこと……」
「出来るはずがない? 想像力が足りないんだよ、アルフレッド。ここは、『ワールド・オブ・テラ』。想いが力となる世界だぞ?」
アザゼルはそう言って、口角を吊り上げた。




