第393話 冥龍の従者アザゼル
「ぐうっ!!?」
「きゃぁっ!?」
蛇のようにうねる惣闇色の触手が次々と現れ、俺達の身体に絡みつく。
「こっ、この魔法は!?」
間違えようがない。何度もこの身で味わった闇魔法【幻影】。いとも簡単に拘束され、膝をついた俺達の前に現れたのは、灰色のローブを纏った褐色肌の男だった。
「っ!?」
なぜだ。
なぜお前がここにいる!?
「アザゼル……ッ!」
ここは神殿騎士達が守りを固める世界の中心の大聖堂だぞ?
しかも教皇にしか立ち入りを許されない大尖塔の天頂だというのに。
「ご苦労だった、ハドリアーノ」
「……すべては龍の従者様の御心のままに」
聖ルクス教の首長であり、世界各国の王にすら強い影響力を持つハドリアーノ教皇が、アザゼルに首を垂れている。そればかりか、魔人族の王であるアザゼルから、労いの言葉をかけられている。
意味が分からない。なんなんだ、この異常な光景は。いったい何が起こっている? 教皇が、操られているのか?
「教皇猊下っ!! その男は魔人族の王アザゼルです!」
「危険です! そいつから離れてください!!」
俺とエルサが必死で呼びかけると、教皇はこちらに顔を向けた。その表情には先ほどまでの微笑みは無い。盲いていると思っていた目を開き、冷ややかな視線を俺達に向けている。
「異なことを……こちらに御座すは、龍の従者殿ですぞ?」
「りゅ、龍の……従者?」
教皇の言葉に、思うように言葉が出てこない。脳が理解を拒否している。
アザゼルが俺達と同じ……龍の従者だって?
「ジブラルタ以来だな、ダンナ。あらためて名乗っておこうか。冥龍ニグラードの従者、アザゼルだ。以後、よろしくな?」
「冥龍ニグラード……」
神龍ルクスの分霊、六龍の一柱。闇夜と安らぎを司る、魔人族の守護龍ニグラード。
だが、冥龍ニグラードが魔人族の守護龍であったのは、神話の時代の話だった。
魔人族は神人族と央人族の国家への残虐極まる侵略行為を行ったことで神龍ルクスの怒りを買い、その裁きによって国土と龍の守護を失った。
アザゼルが守護龍ニグラードの従者? そんなはず、あるわけがない。
「教皇猊下! 魔人族達が複数の加護を得ているのは龍の従者だからではありません! 魔人族は何らかの方法で守護龍の力を奪うことができるのです!」
「そいつは世界各地に争いと死をもたらした魔人族の王! 倒すべき人族の敵です!」
俺とエルサは闇魔法に抵抗し、震える足で立ち上がりながら訴える。だが、教皇の冷ややかな視線は変わらない。
「ちっ!」
教皇はおそらく何らかの精神操作をされている。この束縛を解き、アザゼルを討たなければならないというのに……肚に魔力を集めて闇魔法に抗うもビクともしない。
以前、エウレカの地下墓所では、この束縛を解くことが出来た。あの時に比べれば俺の魔法抵抗力は3倍ほどにも成長している。それなのに、まともに身体を動かすことが出来ない。
「【水装】!」
魔法抵抗を強化する魔法を発動する。それでもアザゼルの【幻影】を撥ね退けることが出来ない。前に抗うことが出来たのは、アザゼルが手を抜いていたからってことか……!?
「ダンナ。海底迷宮で鍛えたのは知ってるけどよ、たかが数週間の鍛錬でオイラを上回れると思ってたのかい?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるアザゼルが俺達の方へと歩み寄る。
「くっそ……!」
「さあ、ダンナ。これが最後の試練だ。気張れよ?」
そう言ってアザゼルが右腕を掲げる。『龍脈の腕輪』が強い光を放ち、アザゼルと俺達を包み込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はっ!?」
眩い光に思わず目をつむり、再び目を開くと辺りの風景は一変していた。森に囲まれた転移陣だ。
見覚えがある……ここは……
「カーティスの森だよ、ダンナ」
王都クレイトンの転移陣か!
なんでまたこんなところに連れてこられたんだ!? ここに来ているのは俺一人? 他の皆はどこに行ったんだ!? アスカは!? 俺だけが転移し、他の皆は聖都に取り残されているのか!?
「最後の試練、そう言っただろう? ダンナの仲間達はそれぞれに試練を受けてもらっているよ」
「ど、どういうことだ?」
「皆、バラバラの場所に転移してもらった。世界各地の転移陣でオイラの仲間たちが待ち受けてるよ。アリスはグラセールが相手をしてる。エルサはロッシュが、ユーゴーはジェシカだな。んで、ローズはラヴィニア、アスカはフラムだ」
「なん……だと……!」
まずい……それぞれ相性が悪い相手を当てられている……。
エルサは遠距離からの魔法攻撃に特化している。多少は剣も使えるとはいえ、拳闘士のロッシュに近づかれたら一巻の終わりだ。
逆に近接戦闘に特化したユーゴーは、ジェシカに遠距離から風魔法を使われ続けるだけで、手も足も出なくなってしまう。
それでも、エルサとユーゴーは上手く立ち回れば、魔人共を倒すことが出来るかもしれない。だが、他のメンバーは厳しい。
アリスは【錬金術師】の加護持ちで、そもそも戦闘職ではない。【人形召喚】が使えればまだ戦いようもあっただろうが、人形を喚ぶために必要な魔石はアスカのアイテムボックスの中だ。
ローズの相手となるラヴィニアは付与師の加護持ちだが、おそらくは光魔法の加護も持っているだろう。戦闘経験が浅いローズには荷が重い。
アスカに至っては戦う力すら持っていないのだ。どうやったって勝ち目は無い。
「助けに行きたければ、コレをオイラから奪えばいい。この龍脈の腕輪は全ての転移陣を記憶している。これを使えば、仲間のものとに駆けつけることが出来るぞ?」
そう言って、アザゼルはパチンと指を鳴らす。俺の身体を拘束していた惣闇色の触手がフッと消失した。
「束縛を……ずいぶんと余裕だな、アザゼル……」
「試練だからな? 全力で挑んでもらわないと」
「ぬかせっ!!」
俺は即座に【風衝】を放つ。
だが、アザゼルはさすがの反応を見せ、射線から身体を外す。
「ふっ!」
「ははっ、良いぞダンナ!」
即座に距離を詰めて横薙ぎに振るった聖剣が、バックステップで躱され空を切る。続けて放った切り下ろしは、惣闇色の魔力を纏ったアザゼルの剣で受け止められた。【烈攻】を発動して押し込むが、アザゼルは両手持ちした剣で押し返してくる。
「【盾撃】!」
「うおっと」
片手では不利と判断し盾で殴りつけるも、またしてもバックステップで躱される。
「【牙突】!」
飛び退いたその一瞬を狙って、追撃の刺突を放つ。その体勢では、躱せまい!
ガキィンッ!!
だが、聖剣の切っ先は、アザゼルが前にかざした手の平で易々と受け止められた。
「なに……」
正確には手の平で受け止められたわけでは無い。手の前に展開した、魔力の盾で受け止められたのだ。
仕切り直すために、俺は後ろに飛び退いて距離を取る。
「【鉄壁】……剣士だったのか」
「ご名答。正しくは、冥龍ニグラートから【死霊魔術師】を授かった剣士だな」
「授かった? 奪い取ったの間違いだろ?」
なるほどな……。元々は剣士の加護を持ち、他の魔人共と同様に闇魔法の力を身に着けたってわけか。
凶悪な闇魔法を使っていたから、闇魔術師の最高位加護を持っているだろうと予想していたが、近接戦闘の加護を持っていたのか。遠近、そして攻守ともに隙が無い組み合わせだ。
早急にアスカや皆を助けに行かないとならないと言うのに……。これは一筋縄ではいかないな……。
「いや、違うね。奪ったのではなく授かったんだよ。オイラは唯一の『龍の従者』だからな」
アザゼルはそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。




