第392話 ルクセリオ大聖堂
「すっごいね……」
「さすがは世界の中心、ルクセリオ大聖堂ね」
大聖堂の前で、俺達は揃ってぽかんと大口を開いていた。
天を衝くようにそびえ立つ巨大な尖塔を中心に、百を超えるだろう小尖塔が林立する総大理石の巨大建築。クレイトンの王城やエウレカの皇城でさえ上回るほどの大きさと荘厳さは、まさに圧巻だ。
聖都のどこからでも見えていたけど、近くで見るとその迫力に圧倒されてしまう。大聖堂の周りが広場になっているため、さらにその大きさが際立って見える。
「おっきいのです」
「王の塔よりも高いわ!」
「でかい……」
「美しいな」
陳腐な感想を述べる俺たちを見て、クレメンス司教が笑みを浮かべる。たぶん、ここに初めて訪れた誰しもが似たような反応を見せるんだろうな。この荘厳な光景を目にしたら、語彙も失われてしまうというものだ。
今日は教皇との謁見のために大聖堂にやって来た。本来なら礼装が望ましいのだろうが、アリスとユーゴーが礼装を持っていないから、二人に合わせて普段着だ。聖武具を持って来て欲しいという話だったから、普段着の方が馴染むしね。
一応、昨日のうちに洗濯し、全装備を磨き上げ、さらに白銀鍍金までしたんだから大目に見てほしい。そこらの冒険者に比べれば、遥かに小綺麗に見えるはずだ。
ギイィィッ――――
両開きの巨大な青銅扉が耳障りな音を立てて開いていく。
「皆様、どうぞこちらへ」
クレメンス司教に促され、俺達は大聖堂に足を踏み入れた。主祭壇へと至る通路には大理石の巨大な柱が整然と立ち並び、鮮やかなガラス窓が嵌め込まれたアーチ状の天井からは色とりどりの光が燦然と降り注ぐ。
カツーン、カツーン――――
全長およそ2百メートルの通路に人の姿は全く無く、静謐な空気が漂っている。天井の高さが数十メートルはあるためか、足を踏み出すたびに乾いた靴音が通路に鳴り響く。衣擦れや息づかいの音すらも、やけに大きく聞こえた。
「お連れしました」
主祭壇に立つ老人に、クレメンス司教が恭しく身を屈める。俺達はその後ろで片膝をついた。
「よくぞ来られた。守護龍に選ばれし者達よ」
この老人が聖ルクス教国の最高権力者であり聖ルクス教会の首長、ハドリアーノ教皇か……。
教皇は盲いているのか、両目を閉じている。白髪に白髭、皺だらけの顔は高齢であることを窺わせるが、背筋がピンと伸びているためか老い衰えた印象はない。
「楽にせよ。守護龍に選ばれた其方らが、朕に遜る必要はない」
そう言って、教皇は微笑んだ。どうしようかと思案していると、クレメンス司教からも『お立ちなさい』と声がかかったので、遠慮なく立たせてもらう。
「さて、まずは其方らの話を聞こうかの。どういった用向きで聖都に来られたのじゃ?」
「はい。では私からお話させて頂きます。聖都に参りましたのは……」
俺はパーティを代表し、これまでの経緯と聖都に来た理由を話していく。
始まりの森で加護を授かり、チェスターで魔人フラムを倒したこと。
王都クレイトンの闘技場で、魔王アザゼルと交戦したこと。
鉱山都市レリダを解放し、地竜の洞窟で魔人ロッシュを殺したこと。
魔法都市エウレカの地下墓所で、不死者を排除したこと。
シルヴィア大森林で、魔人族が誘導した内戦を終わらせたこと。
海底迷宮を踏破し、ジブラルタ王国とウェイクリング家の戦争を止めたこと。
起こった事実のみを淡々と説明し、魔王アザゼルが今度は聖都を襲うのではないかと予想してここに来たと告げる。
聖都に来たのはアスカからWOTの展開を聞いたからだが、それについては詳しく説明しなかった。
アスカのことは例え教皇であっても話したくはない。とは言え神龍ルクス教の大聖堂で、嘘をつきたくはない。そのため予想とだけ伝えるにとどめた。
俺が話し終えた後、しばらく押し黙っていた教皇が、おもむろに口を開く。
「朕は神龍ルクス様より天啓を授かった。其方らと同じく、言の葉ではなく、荒ぶる神意を賜ったのじゃ……」
荒ぶる神意を賜った……か。おそらく、各地の龍の間で守護龍の想いや何者かの記憶を見せられたアレと同じことを、教皇も体験されたのだろう。
にしても『荒ぶる神意』とは言い得て妙だな。毎回、ぶっ倒れるほどの魔力の波動を浴びせられているからな……。
「いずれ聖都に至る龍の従者を神座へと導け……とな」
神座。アスカの話にも出てきた言葉だ。アザゼルが破壊しようとしているという『神龍ルクスの神座へと至る転移陣』と同一のものか?
「神座とは、なにを指しているのでしょうか?」
エルサがそしらぬ顔で教皇に尋ねると、教皇はクレメンス司教の方に顔を向けた。司教は深く頷くと、踵を返して離れて行く。
聖都の教区を預かる司教であっても知ることが許されない秘密ということか……?
「世界の中心たる聖都ルクセリオ。その中心に坐すルクセリオ大聖堂の大鐘楼。無論、目にしておろうの?」
「はい」
「その頂にある大鐘の下に、転移陣があるのじゃ。其は神龍ルクス様の元へと至る唯一の転移陣と言われておる」
なるほど……。あの巨大な尖塔の天辺にあるのか。ってことは、俺達はアザゼルがその転移陣を破壊するのを阻止すればいいってことだな。あ、大尖塔ごと壊されないように地上で撃退すべきか?
「朕の務めは龍の従者を、其の転移陣へと誘うことじゃ。ついて参られよ」
そう言って教皇は主祭壇を降りて、その裏側へと歩き出した。両眼を閉じているにもかかわらず危なげない足取りで歩く教皇に驚きつつも、俺達はその後ろに続く。
教皇が主祭壇の裏側にある青銅扉を開くと、緩く曲線を描く螺旋階段が続いていた。教皇は逡巡することなく階段に踏み出し、登っていく。
「え……?」
この大尖塔、仰ぎ見るほどの高さがあったよな? たぶん200メートルぐらいの高さがあったと思う。ハドリアーノ教皇、かなりご高齢に見えるけど……上れるのか?
俺達の心配をよそに、教皇は一段ずつ螺旋階段を上っていく。さすがに足取りは重く、ゆっくりだけど……すごいな。ずいぶんと健脚だ。
「この大鐘楼は教皇以外には立ち入りを許されておらぬ。よって、この六百六十六段の螺旋階段を登れなくなった時、教皇の椅子を次代に譲るのじゃよ」
「そうでしたか……。そのような場所に我々が立ち入ってもよろしいのでしょうか」
「神龍ルクス様の思し召しじゃ。朕はそれに従うのみじゃの」
そう言って教皇は階段を上っていく。
それから15分ほど休みなく上り続け、俺達はようやく塔の天頂へと辿り着く。そこには聖都を見下ろす大展望があった。
大尖塔の頂きは円形の舞台になっていて、その床面には各地の転移陣と同様の魔法陣が描かれている。舞台の六方向にある柱が緩やかな曲線を描いてアーチ状の天井を成しており、その天井から巨大な鐘が吊るされていた。
「お連れしました。龍の従者殿」
「え……?」
不意に、教皇が恭しく身を屈める。
唐突な行動に皆が目を丸くした、その直後……
「【束縛】」
聞き覚えのある声が柱の陰から聞こえた。




