第391話 ヨルムンガント
アスカが唖然とした表情で、風属性の魔力を帯びた白銀の剣を指さす。
「へ? な、何それ。どういうこと?」
「あ、ちょっと待ってくれ。もう一つ試したい事があるんだ」
そう言って俺は腰のポーチから投げナイフ『千本』を取り出す。
これはアスカの意見を基にアリスが、鉄を細い棒状に整形したものだ。刃は無く、棒の両端を尖らせてある。棒シュリケンとか千本とかいう名の暗器なのだそうだ。
「よし、行けそうだ。【ピアッシングアロー】!」
俺は新たに修得した【狩人】のスキルを発動しつつ十数メートル先の樹に向かって千本を投擲する。魔力を帯びた千本は樹に勢いよく突き刺さり、そのまま貫通した。
「え? 手裏剣で、弓スキルを……? ありえないんですけど……」
「……なかなかの威力だな。どれ、こっちも試してみるか。【ピアッシングアロー】!」
俺はその場で刺突を放つとともにスキルを発動する。予想通り、これも剣で発動できた。たぶん【槍術士】の【牙突】と似たような効果かな?
いや、太い樹をあっさり貫通してたし、竜騎士スキル【貫通】のような敵の防御力を無視する効果もありそうだ。
「【ピアッシングアロー】常時発動!」
白銀の剣が、魔力を纏う。
うん、騎士スキルの【魔力撃】の下位互換って感じだな。スキルの熟練度が低いことを差し引いても、威力はあまり高くなさそうだ。
【エレメントショット】は状況に応じて武器に属性魔法を付与することが出来るから、かなり使い勝手が良い。主に近接戦闘で使うことになるだろう。火龍の聖剣で【フレイムアロー】を使ったら、さらに威力が上がりそうだな。
【ピアッシングアロー】の方は、弓か投擲武器に用いるのが良いかな。Bランク以上の魔物ともなると毛皮や表皮がかなり堅くなるため、この千本や火喰いの投げナイフが通用しなくなっていた。このスキルを使えば、高い防御力を持つ魔物相手にも投擲武器が通用しそうな気がする。
「どうなってんの……。なんで弓スキルが剣で使えるの……?」
どうやらアスカの想像を上回る発想だったらしい。いつも振り回されるばかりだから、これはちょっと気持ちがいいな。
「槍使いのスキルを剣でも発動できてただろ? 【狩人】のスキルも剣で発動できると考えるのは普通じゃないか?」
「む……言われてみればそうかもしれないけど……」
「それを普通と考えるのはアルさんだけなのです」
「普通は複数の加護のスキルを使えないからね?」
「アルは普通じゃないわ!」
「さすがはアルフレッドだ」
しれっと答えてみたら皆から非難された。ユーゴーだけは嬉しそうに頷いてるけど。
「遠距離からの攻撃は魔法の方が手軽だしな。弓は両手が塞がるし。俺は前衛から後衛までこなせて、身軽なのが持ち味だろ? 剣と盾を持ちつつ、さらに弓と矢筒も装備するってのはちょっとな……。大した重さじゃないけど装備が増えると動きが悪くなるから、投擲武器の方がいいじゃないか」
「確かに……壁役から回復役までこなせるのだから、機動力は削がない方が良いわね」
「だろ? まあ、遠距離で魔法を使えない状況ってのもあるかもしれないから、弓も訓練はしておきたいけど……時間は有限だしな」
「んーー。使わない死にスキルなるよりはいいのかなー?」
そうそう。せっかく新しくスキルを身につけたんだから、今の俺の立ち回り方に上手く組み込まないとな。
「じゃあ、そろそろ行こう! 熟練度を稼ぐぞ!」
「はいっ!」
「おう!」
さあ、世界蛇! 今日と明日、たっぷり付き合ってもらうぞ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【フレイムアロー】!」
紅い魔力光を纏った千本が世界蛇の腹に突き刺さり表皮を炙る。巨体を誇る世界蛇は、ほとんど痛痒を感じていないようだが問題ない。熟練度稼ぎが目的だからな。
「おっけー! アル、【エレメントショット】修得したよ!」
「いよっし!」
世界蛇のレベルは45で、俺とのレベル差は2しかなかった。このレベル差では熟練度の効率はさほど高くないため、二日では厳しいかと思っていたが意外にも早く修得できた。下位の加護だけあって求められる熟練度はさほど高くなかったみたいだ。
「シュラララァーーッ!!!」
世界蛇が尻尾をブンッと振り回し、まとわりつくスケルトンを薙ぎ払う。アリスが【人形召喚】したFランクの魔物は、尻尾の一振りでもろくも崩れ去った。
二日通して、俺達に弄ばれている世界蛇だが、さすがはAランクだけあってFランクの魔物など相手にならない。まあ、【人形召喚】の回数稼ぎで使ってるだけなので、役に立たなくても問題ないのだけど。
「そろそろ片付けよう! エルサ、ぶっ放せ!!」
「まかせて! いくわよ! 【槍雨】!!」
「シュルルルラァァッツ!!」
無数の岩槍が降り注ぎ、世界蛇に次々と突き刺さる。巨体だけに範囲攻撃の効果は非常に高い。世界蛇は辺り一面を真っ赤に染めるほどの多量の血液を撒き散らし、断末魔の叫びを上げる。
「これはおまけよ! 【聖焔】!」
エルサは痙攣する世界蛇に、さらに白い炎塊を放つ。少しでも第八位階の火魔法の熟練度稼ぎをしたかったのだろうが、完全に死体蹴りだ。
あー、岩槍で穴だらけな上に高温の炎で焼かれてしまったら、素材はほぼ回収できないなこれは。いくらアスカの解体が優秀でも、ここまで損傷が激しいと修復も不可能だろう。角と牙、魔石ぐらいは回収できるかな……。
「おっつかれー! 【狩人】修得おめでとー!」
「おつかれ。ありがとな。皆の方はどうだ?」
「エルサの第八位階黒魔法は4ずつレベルが上がったよー。ローズの【解呪】は修得、【聖者の祈り】も一気にレベル5! やっぱレベル低いと効率良いね! ユーゴーは【不倶戴天】と【明鏡止水】がレベル1ずつ、アリスも【人形召喚】が1上がったよ」
「やっぱり上位加護のスキルレベルはなかなか上がらないわね」
「丸二日使い続けたのに、1しか上がらなかったのです……」
「アリスはレベルが高いからねー」
ユーゴーは世界蛇とのレベル差が無いため、熟練度が稼ぎにくい。アリスにいたっては20以上もレベルが上なので、ほぼ稼げない。魔法都市エウレカの地下墓所で大量に入手した、スケルトンの魔石を使いつくす勢いで消費したのだが1上がっただけか。こりゃあなかなか厳しいな。
欲を言えばもう一度、ジブラルタ王都マルフィの海底迷宮に潜って九頭竜を繰り返し倒して稼ぎたいところなんだけど……。さすがに講和交渉も終わっていないマルフィに行くのは控えたほうが良いし、いつアザゼルが仕掛けてくるかもわからない聖都ルクセリオからは離れられない。
アザゼル達との決戦を前に出来るだけ鍛えておきたいとは思うが、こればっかりは仕方がない。他にもAランク魔物の討伐依頼が無いか、冒険者ギルドにあたってみよう。
「エース、よろしくねー。帰ったら美味しいフルーツの盛り合わせと角砂糖あげるからね」
「ヒィンッ!」
アスカがアイテムボックスから幌馬車を取り出し、エースにハーネスを取り付ける。この作業も手慣れたものだ。
「それじゃ聖都に帰ろう」
今日は高級宿でゆっくり休む。そして明日は、教皇との謁見だ。




