第390話 司教
コンッ、コンコンッ――
翌朝、朝食を済ませて出発の準備を整えていたら、宿の客室係が部屋にやって来た。
「アルフレッド様、お客様がいらしています」
「俺にですか?」
「はい。東街区を監督されているクレメンス司教です。差し出がましいことと存じますが、急がれた方がよろしいかと」
「……わかりました」
司教がわざわざ俺に会いに来ただって? なんでまた……。
どうにかして聖ルクス教のお偉いさんに近づきたいとは思っていたが、まさか向こうからやって来るとは思わなかった。物語だと教国から出されている盗賊や魔獣討伐依頼をこなして関係を築くということだったから、そうするつもりでいたのだが……。
いや、せっかくの機会だ。何の用で来たのかは知らないが、繋がりを作っておいて損をすることは無い。俺は急いで客人が通されているという個室に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
個室の前には全身鎧を身に着けた二人の神殿騎士が直立していた。俺に気付くと二人とも同時に胸に手を当てて敬礼してくれた。
神殿騎士が開けてくれた扉から部屋に入ると、見るからに高級そうな僧服に身を包んだ中年の男が俺を見るなり跪いた。
「守護龍イグニスの従者、アルフレッド・ウェイクリング様。お目にかかれて光栄です」
「お、お待たせいたしました。ど、どうぞそちらへ」
突然の拝跪に戸惑い、どもりながらも司教に座ってもらう。まさか跪いて出迎えられるとは思わなかった。
「あらためまして、アルフレッドと申します」
「東教区を担当しておりますクレメンスです。どうぞお見知りおきください」
「クレメンス司教、初めてお目にかかります。どうぞアルフレッドとお呼びください」
「アルフレッド様、聖都にお越しになるのを今か今かとお待ちしておりました」
そう言ってクレメンス司教が穏やかな表情で微笑む。
「私が『龍の従者』であることをご存知なのですね」
「もちろんでございます。アリス・ガリシア様、エルサ・アストゥリア様、ユーゴー・レグラム・マナ・シルヴィア様、そしてロゼリア・ジブラルタ様のことも存じ上げております」
どうやら司教は俺達のことを良く知っているようだ。俺達が『龍の従者』であることを、どう証明しようかと悩んでいたから助かったな。
守護龍から聖武具を授かってはいるが、聖武具は各地にそれなりの数が現存しているため、『龍の従者』であることの証明にはならない。聖堂に赴き聖剣を見せて『龍の従者です』なんて言っても、白い目で見られるか下手したら不信心者と言われてしまうんじゃないかと思っていたのだ。
「各地の教会の司祭たちから、皆様のことは伝え聞いておりました。それと……皆様が近いうちに聖都にいらっしゃると天啓を授かっていたのです。昨日、冒険者ギルドから皆様の聖都到着の報告を受け、急ぎご挨拶に伺いました」
「天啓を?」
「ええ、教皇猊下が天啓を授かったのです。龍の従者が神龍ルクス様を救うと……」
「そ、そうでしたか」
また物語とは違った展開だ。だが、この違いは有難い。聖ルクス教会の幹部との繋がりが出来れば、いろいろと話が早くなる。
アスカから聞いたのではなく天啓を授かったと言えば、アザゼルの聖都襲撃への準備を整えることも出来るだろう。神殿騎士による聖都防衛、魔人族や魔物の撃退も可能かもしれない。
「つきましては、龍の従者の皆様に教皇猊下とお会い頂きたく。3日後の正午にルクセリオ大聖堂にお越し頂けますでしょうか」
「承知しました。必ず伺います」
クレメンス司教は3日後の午前に迎えの馬車を寄越すと言って、教区の聖堂へと帰って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「へぇー。そんなに歓迎モードなんだ?」
「ああ。クレメンス司教はバカ丁寧だったし、神殿騎士も敬意をもって接してくれたよ」
幌馬車で魔物が目撃された地点へと向かいながら、皆に今朝の報告をする。3日後の教皇拝謁までやることも無いので、俺達は討伐依頼を受けることにしたのだ。
「教会にとって『龍の従者』は守護龍の代行者とも言えるのでしょうね」
「東街区の聖堂でもてなしたいって言われたけど、窮屈そうだから断ったよ。もし皆が聖堂の方に行きたいなら、お願いするけど?」
「あたしはパス! 見学に行くのはいいけど、寝泊まりするのは嫌だなー。めんどくさそう」
「アリスも宿の方がいいのです。教会のご飯は質素で少ないのです」
「二人とも……。でも、宿の方が寛げるのは確かね」
アスカとアリスの歯に衣着せぬ発言に、エルサが苦笑する。俺は二人に同意するけどね。せっかくなら好きな物を食べたいし、聖堂じゃ夜のお楽しみも出来ないし……。
「そろそろ着くぞ」
「ありがとう、ユーゴー。えっと、世界蛇だったか?」
「うん。めっちゃデカい毒蛇だよ。巻き付きと噛みつき攻撃がメインで、噛みつきは毒の追加効果もあるから注意して。あとは、毒液吐いてきたり、毒霧出したりするから、遠距離でも油断しちゃダメだよ」
受けた依頼は聖都から半日ほど離れた場所にある湿原に棲みついた巨大な毒蛇の討伐だ。ずいぶん前から棲みついていたらしいが湿原から出てくることも無いため放置されていたらしい。教国から冒険者ギルドに出された依頼のようなので、討伐すれば心証も良くなるだろう。
そして、嬉しいことにギルドにある唯一のAランク魔物の討伐依頼でもあった。普通なら一個大隊をもって討伐に向かうような天災級の賞金首ではあるが、今の俺達からしてみればAランクの魔物など恐れるに足りない。それどころか平均身体レベルが40を超えてしまった俺達にとって、スキルの熟練度を稼ぐにはちょうどいい相手とも言える。
俺は【狩人】と【弓術士】をさっさと修得したいし、他のメンバーも上位加護の修得には至っていない。世界蛇とかいう大層な二つ名をつけられたヘビには、熟練度稼ぎに付き合ってもらうつもりだ。
「アイツだな」
「大きいわね!」
うず高くとぐろを巻いているのではっきりとは分からないが、全長は数十メートルはありそうだ。まるでフードを被っているかのように頭部が膨らんでいて、二本の角が生えている。
「さて、じゃあ予定通りに」
道中に練っていた作戦は、湿原を逃げ回りながらひたすら遠距離から攻撃して、それぞれのスキルを連発することだ。
俺は【魔物寄せ】を使いながら、【ピアッシングアロー】と【エレメントショット】を使い続ける。【魔物寄せ】で周囲の魔物が寄ってきてしまうので、同時に【エース】が威圧で追い払う。
アリスは離れたところで、ひたすら【神具解放】と【人形召喚】を繰り返す。【神具解放】は武具の性能を一時的に強化するスキルだから自分の聖槌に発動し続ける。そして、Fランクの廉価な魔石で【人形召喚】を使い、世界蛇にけしかける予定だ。Fランクの魔物などあっさりやられてしまうだろうが、発動回数を稼ぐのが目的だから必要な投資だ。たいした金額でも無いしね。
エルサは第八位階黒魔法の発動を繰り返す。風属性以外は圧倒的な威力を持つ魔法だから、世界蛇を殺してしまわないように注意しなければならない。威力を抑えれば数発は耐えてくれるだろう。たぶん。
ユーゴーは壁役に徹してもらう。【明鏡止水】は状態異常攻撃を無効化することが出来るので、発動し続ければ世界蛇の毒攻撃も効かない。受けたダメージの分だけ魔力を回復することが出来る【不倶戴天】で、魔力切れも心配いらない。
今回、一番しんどいのはローズだろう。世界蛇とユーゴーを回復しつつ【解呪】の修得を目指す。【解呪】は全ての状態異常やステータス低下の解除が出来る光魔法なのだが、なんらかの異常を『解除』しなければ熟練度を稼げない。そのためアスカがアイテムメニューで『毒茸』を使ってローズを毒状態にし、それを【解呪】し続けるという苦行をしなければならないのだ。闘技場で毒薬を飲みながら【解毒】の熟練度稼ぎをしたのが懐かしいね。
「行こう」
「あ、ちょっと待ってくれ」
「え? どしたのアル」
「試したいことがあるんだ。アスカ、『白銀の剣』を出してくれ」
「いいけど……何するの? 今日は弓しか使わないでしょ?」
そう言いつつアスカが『白銀の剣』を取り出す。
白銀は魔力や魔法との親和性が高く、武器として使えばスキルの効果を高め、魔力消費を軽減してくれる。そして防具として使えば、魔法抵抗を高めてくれる非常に優秀な素材だ。
ちなみにコレ、ギルバードと戦った後に、アスカがこっそり回収したものだ。相変わらずの手癖の悪さに閉口したが、今から試したいことにはちょうどいい武器なので、結果としては良かったかもしれない。
「ちょっとね。見ててくれ……【ウィンドアロー】常時発動!」
「へっ?」
風属性の【エレメントショット】を発動すると、白銀の剣が緑色の魔力光を帯びた。
やっぱり思った通りだ。弓スキルは、剣でも発動できるみたいだ。




