第388話 ルクセリオの転移陣
「ここが……ルクセリオの転移陣か」
「始まりの森に似てるわね」
転移陣を包むように茂る森。魔物を寄せ付けない聖域。真っ白な石材で作られた舞台。
始まりの森やカーティスの森の転移陣とそっくりだ。植生も似通っている。違うのは転移陣から聖都へと向かう道が、真っ直ぐ南西に伸びていること。森を一直線に切り割き、道は地平線まで続いている。
普通、森の中を通る道は、岩や大木などの障害物や高低差などにより多少は蛇行する。だがこの道はひたすらに真っ直ぐ平坦な道が続いていて、石畳が敷設されているのだ。聖ルクス教の聖地へと続く巡礼路だから、その威光を示すために多大な労力と費用をかけて整備されたのだろう。
「この道の先に、『世界の中心』聖都ルクセリオがあるのね」
エルサが感無量といった表情で、囁いた。
俺とアスカ以外のメンバーは、わりと信心深い。守護龍の祝福で加護が昇格し、聖武具も与えられたわけだから、信仰心が篤くもなるだろう。
俺の場合、戦闘の加護をくれたのはアスカだから、信仰心はさほど刺激されなかった。聖武具の方も『鋼のショートソード』から『火喰いの剣』、その後に『紅の騎士剣』を経て最終的に『火龍の聖剣』に昇格したから、授かったというより育てたという感覚を持っている。
「ねえねえ、ルクセリオはなんで『世界の中心』って呼ばれてるの? ルクス教信者が、ここが中心だ―って言ってるとか?」
アスカの方は異世界からやってきたのだから、信仰心などあるはずも無い。そのため、ともすれば不信心だと非難されそうなことも平気で言ってしまう。ルクセリオの中では、控えるように注意しておかないとな。俺だって人前では敬虔な信者のふりをしてるんだから。
「……言われてみれば、なんでなのです? 聖ルクス教の聖地だからなのです?」
「いえ、聖都ルクセリオが正しく『世界の中心』だからよ」
アスカの問いにアリスが首を傾げると、エルサが口をはさんだ。
「正しく……って?」
「魔法都市エウレカ、王都クレイトン、鉱山都市レリダ、マナ・シルヴィア。それぞれの都市と聖都ルクセリオの距離は、ほとんど同じらしいの。聖都の北西にエウレカ、真北にマナ・シルヴィア、北東にレリダ、南東にクレイトンが位置しているのだけれど、それぞれの都市と聖都がほぼ等距離にあるから『世界の中心』なのよ」
へぇ。そうなのか。それぞれの国のちょうど真ん中に位置しているから『世界の中心』か。一つ勉強になったな。
「マルフィは!?」
「王都マルフィは……他の都市よりは近かったはずよ」
エルサの返答に、残念そうな顔をするローズ。海人族だけ仲間外れみたいに感じたのかもしれない。
「んー、でもさ、なんでそんなことがわかったの?」
「なんでって?」
「だってさ、この世界には正確な世界地図なんて無いでしょ? 近くの町とか、隣の領地までぐらいの地図ならそこそこ正確だったけどさ、世界地図なんてすっごい適当だったじゃん。ほとんど空想レベルっていうか」
「ああ。そう言われてみれば……」
先日、ウェイクリング家の屋敷で旅の報告をした時に父上が世界地図を広げたのだが、アスカの知っているマップとはずいぶん違っていたらしい。
領主が持つ領地の地図はある程度は正確だと思う。だが隣の領地になると、とたんに不正確になり、さらにその隣りの領地ともなるとかなり曖昧になってしまう。
正確な地図や気象情報なんかは通常軍事機密として取り扱われるため、領主によほど近しい者でないと領地の地図を目にすることも出来ない。自領であれば徴税のために測量を行っているので正確な地図を作れる。だが、他領の地形は間者や隊商からの聞き取りを基に製図されるため、どうしても不正確になってしまうのだ。
「王家ぐらいになると国中の正確な地図を持ってたりするのだろうけど……。ガリシアではどうだった?」
「ガリシア高地全体の地図は見たことあるのです。でも、セントルイス王国やシルヴィア大森林の地図は見たことがないのです」
ふむ。ガリシア氏族でも、他国の正確な地図は無いか。
「私は選帝侯家の分家の出だから、エウレカ近隣の地図は見たことがあっても、アストゥリア帝国全体の地図も、ましてや他国の地図も見たことなかったわ」
「『鋼の鎧』には地図があった。だが、そう正確な物ではなかったな」
やはり皆、世界の地図なんて見たことがないようだ。まあ、そりゃそうか。
「でしょ? あたしはWOTのマップ機能で見たことがあるから、確かに同じぐらいの距離だったかもーってなるけど、この世界の人達はなんでわかったのかなって。素朴なギモン」
「そうね。今まで疑問に思わなかったけど……」
「聖ルクス教の教えだから、そういうものだと思ってたってとこか?」
「……そうかもしれないわね」
「別にどこが世界の中心でもいいんだけどねー」
「それは、まあ、そうだな」
俺だって1年前まで、王都クレイトンですら遥か遠い地という認識でしか無かった。他国なんて想像の埒外だったのだから、世界の中心が何処であろうと大した問題じゃない。
「そんじゃ、【ギミック】起動、【ルクセリオの神殿】!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「キャッ!!?」
「ちょっと、なに!?」
「おまっ! やるなら先に言えよ!」
アスカが前振り無しで転移陣の下に眠る神殿を呼び出した。四角錘状の神殿が、轟音を立ててせりあがる。
「アースーカーッ!」
「あはははは」
激しく揺れる地面に足を取られて尻もちをついたローズが、ぽかぽかとアスカを叩く。アスカの方はしてやったりとニヤニヤ笑っている。
「じゃあ、お宝回収に行くよー」
「転移陣に隠された神殿の遺物だというのに……薬草を採りに行くような気軽さで言わないで欲しいわ」
溜息をつくエルサを、ニヤリと笑って黙殺しアスカは神殿の中に入っていく。
ここの神殿も白い石材で作られていて、入り口も狭ければ通路も狭い。他の転移陣の神殿と造りは全く同じみたいだ。
「アスカ、この神殿を呼び出す条件って何だったんだ?」
ガリシアの神殿は土人族、エウレカの神殿は神人族……というように転移陣の神殿は、その土地に住む種族の人を連れて来れないと呼び出せないと聞いていた。だとするとこのルクセリオの神殿は?
「ああ、ここは種族縛りは無いの。もしかしたら、さっき言ってた『中心』だからかもねー」
「ふぅん……。それでさ、ここにも大事な物はあるのか?」
俺は期待を込めてアスカに問いかける。
俺は今までに入手した大事なものを用いて、剣士・拳士・槍使い・回復術師・魔法使い・斥候の6系統の中位加護を修得している。だが上位の加護を習得するには『勇者シリーズ』とかいう大事な物が必要ということだった。
エルサは【大魔道士】に、ローズも【聖者】へと昇格を果たした。アリスもユーゴーもそれぞれ種族限定の上位加護を習得している。そんな中、俺だけが中位の加護に留まっているのはモヤモヤとするものがあるのだ。
6つもの加護を得ているのだから、贅沢を言うなとも思う。平均的にステータスが高くなり、様々なスキルを使えるため、どんな状況でも対応できる力を手に入れているのだ。その上、さらに上位の加護を望むなんて強欲もいいところだ。
でも、【聖騎士】の加護を得たいという想いはどうしたって燻り続ける。上位加護を授かることは、この世界の少年少女誰しもが憧れる夢だからなぁ。
「あるよー」
「あ、あるのか!? それは何の……」
「残念ながらアルが期待してる物じゃないかなー」
「…………そうか。じゃあ何があるんだ?」
「まーそれは開けてのお楽しみってことで」
「んだよ。もったいぶるなよ」
狭い通路をスタスタと進むアスカ・アリス・ローズの後を、天井が低いため中腰になった俺・ユーゴー・エルサが追う。通路の先はやはり長方形の白い部屋で、中央に棺のような匣が据えられ、奥には祈る女性の像があった。
「じゃあ、開けるねー。【ギミック】起動、【ルクセリオの匣】」
アスカの詠唱と共に、棺の蓋がガタガタっと揺れ、フッと消失する。そして匣の中から朧気な光を放つ物体が浮かび上がった。これは……
「3回目のアップデートで実装されたユニークアイテム、『始まりの弓』だよ!」
アスカは浮かび上がった白い石弓に手を伸ばして、そう言った。




