第385話 オークヴィルの焼け跡で
オークヴィルの草原に立てられた石碑の前で、レスリー先生が胸に手を当てて首を垂れる。俺達もそれに倣い、黙祷を捧げた。
「皆さん、ありがとうございました。詰所で軽食を用意しておりますので、どうぞお立ち寄り下さい」
俺達は王都マルフィからチェスターに戻った後、セシリーさんやデール達と共にオークヴィルに向かい、死者の埋葬や瓦礫の撤去を手伝った。
本来なら一人一人を棺に収めて荼毘に付し、聖ルクス教会の共同墓地に納めたかったのだが、残念ながら教会は焼け落ちて跡形も無くなっていた。チェスターの教会で埋葬することも考えたが、きっとオークヴィルの住人たちはこの地に骨を埋めたいだろうと思い直し、草原に石碑を立て埋葬することにした。
石碑は俺が渾身の魔力で発動した【岩槌】の石柱をアリスが整形したものだ。死者達への鎮魂の想いを込めて発動したためか、白く高硬度な石柱になった。アリスの整形もあって、それなりに立派な墓石が出来たと思う。
「アル、行こうぜ! レスリーさんが良いワインを取り寄せてくれたらしいぜ」
「ああ。皆、行こうか」
デールに促され、俺達は詰所の方へと足を向ける。
町の片付けはアスカの『アイテムボックス』がいつも通り大活躍した。焼け残った柱や壁を前衛組が壊し、アスカが片っ端から瓦礫を収納。当分は放置するしかないと思われていた大量の残骸はきれいさっぱり片付いた。
アスカの『解体』も大いに役立った。多量の瓦礫は灰、木片、鉄インゴット、銅インゴット……と様々な素材に解体され、換金できそうなものは行商人に売り払って被害者の支援費用に充てるそうだ。
海底迷宮で手に入れた鉱物から精製した各種金属のインゴットもこっそり混ぜ込んでおいた。白銀人形が落とした白銀鉱石からアリスが精製した白銀インゴットなんかもこっそり。
なお、アスカの能力が広まってしまうことは、あまり気にしないことにした。セントルイス王家の後ろ盾もあるし、今なら厄介事が舞い込んでも実力で排除できるだろう。今のオークヴィルには俺達の知り合いとウェイクリング家の関係者しかいないから、一応は口止めしてるけどね。
「アル! こっちだ、こっち!」
詰所に着くと領兵達が既に酒を酌み交わしていた。焼け落ちた家屋の残骸が片付いたことで、ようやく区切りがつけられたのだろう。
「オークヴィルに」
エドガーがなみなみとワインが注がれた木製のジョッキを頭上に掲げる。
「オークヴィルに」
エドガーの隣に腰を下ろし、ジョッキを掲げて応じる。
すぐ近くに豊かな森があり容易に木材が手に入るオークヴィルでは、ほぼ全ての建物が木造建築だった。そのため『鋼の鎧』の襲撃の際に、ほとんどの家屋は全焼か半壊した。焼け残ったのは領兵の詰所と元冒険者ギルド、そしてセシリーさんの自宅のたった3軒だ。
詰所とギルドは総石造りだったため、略奪は免れなかったものの建物自体はほぼ無事。セシリーさんの家は石積みの1階だけは無事で、木造の2,3階は焼失していた。アスカが瓦礫を取り除き、アリスが木材を整形して屋根をかけたので、1階だけのこじんまりとした住居にはなってしまったが、修繕は済んでいる。
瓦礫の撤去作業も済み、今のオークヴィルには草原の中に石造りの家屋が3軒だけ立っているという物寂しい風景が広がっている。
「アスカちゃんのおかげで予定よりかなり早く片付いたな。ありがとう」
「どういたしまして。あたしもあのままにはしたくなかったから気にしないでー」
エドガーの感謝の言葉に、アスカが答える。
今回の死者の埋葬や瓦礫の撤去は自発的に参加した無償労働だ。仲間達も快く手伝ってくれた。
「前線では、すごい活躍だったらしいな。竜とゴーレムを引きつれてジブラルタの連中を追い払ったんだって?」
「んー、ジブラルタ軍に関しては俺は何もやってないけどな。従魔を呼んだのはあそこにいるアリスだし」
「ふーん、優秀な魔物使いなんだな。さすが『龍の従者』だ」
正確には魔物使いじゃないし従魔でもないけど。【錬金術師】はかなり珍しい加護だし、人の加護やスキルのことはあまりペラペラしゃべることでも無いから、訂正はしなくていいか。いちおうエースだけは俺の従魔だし。
「あの『鋼の鎧』の団長も、簡単に捕縛したらしいじゃないか」
「それも俺の仲間のユーゴーだ。ユーゴー、友人のエドガーだ」
「エドガーだ。よろしく……って、あれ? アンタ、クレアちゃんの護衛をやってなかったか?」
「ああ。前に会ったか?」
「クレアちゃんが王都から帰って来た時にな。今はアルと一緒にいるんだな」
俺はギルバードとの戦いに集中していたから見ていなかったが、ユーゴーは鋼の鎧の団長ジグムントをあっさりと倒したらしい。『鋼の鎧』にいた頃は歯が立たなかったらしいが、【獣騎士】の加護を修得しているうえに【獣王】に昇格まで果たしている今となっては相手にならなかったようだ。
「アルもすごかったぜー。鋼の鎧の部隊長クラス2人を一瞬でのしてたからな」
デキャンタワインを両手に持ってデールがやって来る。
「へえ、そりゃすげえ」
「俺達が『鋼の鎧』の連中に追い詰められて、もう終わりだって思ったところに駆けつけてくれてよ。俺達もそこそこ鍛え上げたつもりだったんだけどなぁ。まるで敵わねえや」
「まあ、あれは不意打ちだったし、俺の加護は反則みたいなもんだからな……」
実際のところデール達はかなり腕を上げていた。ステータスを覗き見たアスカによると、3人とも加護の修得を果たしていて、王都の闘技場で戦ったルトガーや拳聖ヘンリーさん並みの実力を身に着けているそうだ。普段からBランクの魔物を討伐していたらしいし、海底迷宮で言えば単独パーティで30階層の海竜を倒せるかも……といったところらしい。
「守護龍の祝福を受けて、複数の加護を持ってるってのは反則って感じもするけどよー。でも、加護は授かっただけじゃ、そこまで強くなんてなれねえじゃんか。スキルを磨いて、戦闘経験を重ねてようやく強くなれる。この1年でどれだけの経験を積んできたんだって話だ。ほんとすげぇよ」
うーん、それもなぁ。アスカの教えで楽して熟練度と経験を稼いでるからな……。まあ、努力して強くなったのは事実だし、否定するのもおかしいか。実際、海底迷宮で加護を鍛えた結果、俺達は圧倒的な力を手に入れたわけだし。
マナ・シルヴィアで黒狼族と獅子人族の戦争に参戦した時も、俺達がいるかいないかで大勢に影響が出るくらいの実力はあった。だが今では、軍をあしらえるほどの力を身に着けている。
エルサの【大魔道士】の広範囲魔法やアリスの【人形召喚】は、単独で軍隊だって相手どれる破格なスキルだ。俺とユーゴーは、Aランクの魔物だって単独で討伐できるぐらいの力がある。ローズだって王都闘技場のA級決闘士ぐらいなら、余裕をもって戦えるだろう。
最近は、チェスターの領兵達から恐れられてる感じがするもんな。ジブラルタ王国では自分からそう仕向けたわけだし、戦場では守護龍の名を出して傍若無人に振る舞ったのだからしょうがないことなのだけど……。
今回の動乱を通して、自分達が如何に危険な存在になってしまったかよくわかった気がする。




