第384話 すっきりしない
「なーんか、すっきりしないなー」
アスカが不服そうに呟く。
「そうだなぁ」
「仕方ないわよ。国と国との戦争だもの。私達に出来ることは少ないわ」
この後ことはジブラルタ王国とウェイクリング領が話し合って決めることだ。平和的に交渉が進むなら、俺達は介入するべきじゃない。
「女王は要求を飲むかしら?」
「どうだろうな。でも交渉が決裂して困るのは女王の方だ」
「困るのは女王の方??」
そろって小首をかしげるアスカとアリス。二人ともかわいいな、おい。
「ウェイクリング家がオークヴィル襲撃の実行犯を抑えてるだろ? その実行犯がフィオレンツォの依頼だったことを証言している。大義名分はウェイクリング側にあるんだ。しかもフィオレンツォの愚行の噂はジブラルタ王国中に広まり始めてる。そんな状況で戦争が再開してみろ。軍の士気を保つことも難しいさ」
『鋼の鎧』のジグムントの尋問が済むと、父上はその調書を傭兵ギルドと冒険者ギルドを通してジブラルタ王国中にばら撒いた。パルマノヴァの砦でジブラルタ王国軍を追い払ってからまだ2週間も経っていないのに、その情報が王国中に拡散している。
「戦争が再開したら少なくとも竜頭半島を占領するまでセントルイス王国は止まらない。半島丸ごと奪われるくらいなら、要求を飲んでシエラ山脈一帯の割譲した方がいいって判断するんじゃないか?」
しかも戦争が再開したら『龍の従者』も敵に回してしまうのだ。なおのこと戦争再開には踏み切れないだろう。それでも戦うというのなら王の塔を急襲して女王かアナスタージアを拉致してしまうってのも一つの手かもしれない。
「フィオレンツォ王子はどうなるかしら?」
「どうだろうな。女王が助命を求めたとしても、父上は譲らないだろう。一つの町と三千人の命が失われてるんだ。住民達も報復を望んでる。落とし前は必要だよ」
フィオレンツォも『横殴り』なんかせずに、俺達と友好的に接していたら未来は変わっていただろうにな。もしかしたら共に海底迷宮を攻略して、奴が後継者の立場を確かなものにしていたなんて未来もあったかもしれない。
まあ、自らの行いが招いた状況だ。甘んじて受け入れてほしい。
「フィオ兄様の行いは決して許されない。母様も許すはずが無いわ!」
「女王の判断次第だな。戦争の再開なんて判断にならないといいんだが」
女王は冷静な様子だったし、情に流されて誤った選択をするようなことはないと思うけど。
「それより、女王と話さなくて良かったのか? 希望すれば二人で会うことも出来ただろ?」
「いいの! 龍の従者になると決めた時からジブラルタ王国を離れる覚悟はしてたわ!」
「……そっか」
元々ローズは、自身の王家での立場を守るために俺達とパーティを組んだ。それが王家での立場を守るどころか、出奔することになってしまったのだ。
俺達と出会わなければこんな事にはならなかったのにと、どうしても考えてしまう。とは言っても、俺達と出会わなければ末端の兵士にすら軽視される状況が続いていたわけだろうから、どちらが幸せなのかはわからないけど……。
「それにアル達と一緒にいたからこそ、フィオ兄様を止めることが出来たのよ! 兄様の過ちを、妹のワタシが止めたの! それは海人族にとっても良いことだったと思うわ!」
「そうだな……。ローズは海人族の勇者ガリバルディと同じく、海人族と央人族の戦争を止めたんだ」
「そうよ!」
たぶん、第三王女ロゼリアは海人族を裏切った、なんて言われてしまっているだろう。でも、ローズがフィオレンツォ王子の愚行を止めたのだと、種族間の争いになってしまう前に戦いを収めたのだと、いつかはわかってくれると思う。
「このまま無事に収まるといいわね」
「……きっとそうなるさ」
父上と女王が、うまく収めてくれることを祈るばかりだ。
「ギルバードはさ、どうなったのかな」
アスカが呟く。
一通りの尋問が終わった後、ギルバードは忽然と姿を消した。クレアが最初に気付いてから、チェスター中で大捜索が行われたそうだが、その行方は杳として知れなかった。
置手紙などは残されていなかったが、剣と身の回りの物がいくつか無くなっていたらしいので、攫われた可能性は低いだろう。ギルバードは自らの足でチェスターを出て行ったのだ。
「どこに行っちゃったんだろうね」
「もうウェイクリング領にはいないだろうな」
ギルバードが『鋼の鎧』にオークヴィル襲撃を持ちかけられたこと、そして『鋼の鎧』が実行犯であることを知りながら隠していたことは、公にされていない。それを知っているのは父上と尋問官、そして俺達だけだ。実際にオークヴィル襲撃の依頼をしたのはフィオレンツォだし、実行したのは『鋼の鎧』なのだから、俺達も余計なことを言うつもりは無い。
とは言っても、俺がウェイクリング領兵軍の前で『オークヴィル襲撃を企てた疑いがある』と言ってギルバードを拘束したのだから、何らかの問題を起こしたのだろうとは思われている。『鋼の鎧』をチェスターに呼び込んだのはギルバードだから、オークヴィル襲撃の責任を負わされ家を追放されたと噂されているようだ。
そんな中、顔を知られているギルバードがウェイクリング領に留まっているということは無いだろう。
「どういうつもりなんだかな……」
ギルバードの実力があれば、たとえ利き腕を失ったとしても野垂れ死ぬようなことは無いとは思うが……いったいどこに行ったんだろう。
アイツはウェイクリング家の後継ぎであることに固執していたが、父上も母様も俺が後継ぎになることを望んでいた。でも俺はアスカがこの世界に残ると決心してくれたら、ウェイクリング家に戻るつもりは無かった。
そもそも俺は6年も前にウェイクリング家から追放されたのだ。加護を得たから後継者に戻すと言われても、積極的に戻りたいとも思っていなかった。
俺が家を継ぐつもりは無いと宣言していれば、こんな事態になることは無かったのかな……。少なくともジブラルタ王国領に攻め込む前に『鋼の鎧』を潰すことが出来ただろう。いや、ギルバードが後嗣と決まっていたら『鋼の鎧』が話を持ちかけること自体も無かったのか……。
いや、後継者の選定は貴族の当主が決定することだ。父上が俺に継がせたいと思っている以上は、結局同じことになったのかな。
ああ、ダメだな。俺が継がないと宣言していたら、父上がギルバードを後嗣としていれば。『――たら、――れば』を考え出したらキリがない。
オークヴィルという町が失われ、三千人もの人の命が失われたとはいえ、その後にウェイクリング領兵軍とジブラルタ王国軍が本格的に衝突することは避けられた。両軍ともに死傷者は、ほとんどいない。セントルイス王国とジブラルタ王国が泥沼の戦争状態に陥ることも阻止できた。元凶である『鋼の鎧』も捕らえることが出来た。
与えられた状況下で、最善の結果を導けたと思う。だけど……
「やっぱり……すっきりしないな」
俺はアスカと同じセリフを呟いた。




