第382話 真実
それから10日後、俺は父上からの呼び出しを受け、ウェイクリング辺境伯の屋敷に赴いた。執務室へと通された俺を出迎えた父上の顔には、疲労が色濃く浮かび上がっていた。
「まずは、ジブラルタ王国との衝突が本格化する前に、争いを収めてくれたことを改めて礼を言わせてもらおう。アルフレッド、そして龍の従者諸君にも心からの感謝を」
そう言って父上は深々と頭を下げた。
「感謝ということは……停戦が成立したということですね?」
「ああ。昨日、女王からの親書を受け取った。正式な講和条約の交渉はこれからだがな」
そう言って父上は悄然とした表情でため息をついた。
あの日、鋼の鎧の半数はウェイクリング領兵によって捕らえられ、半数は戦死した。傭兵団長のジグムントはユーゴーに完敗し捕縛、幹部数名もエルサの活躍で捕らえられた。
対してウェイクリング領兵側の被害は極めて軽微だった。【聖者】のローズと『黒髪の聖女』アスカが治癒魔法と回復薬を駆使し、ウェイクリング領兵を癒したおかげだ。
争いが終わった後、俺達は捕縛した鋼の鎧の幹部とギルバードをチェスターに連行、父上に引き渡した。父上はすぐさま配下の闇魔術師達に尋問を命じたそうだ。
「傭兵団長のジグムントは、隷属魔法を受け入れ、全てを自白したよ」
『隷属魔法を受け入れる』とは、その言葉通り隷属魔法をかけられることに抵抗しなかったということなのだろう。
『隷属の魔道具』の場合、精神か肉体のどちらか、あるいはその両方を破壊する寸前まで追い込まなければ、その効果が発揮されることはない。闇魔法使いが扱う【隷属】の場合も、おそらく条件は同じなのだと思う。
以前、エースが魔王アザゼルにかけられた【隷属】に抵抗することが出来たのは、おそらく発動の条件を満たしていなかったからだ。あの時点ではCランクの魔物に過ぎなかったエースが、強大な魔力を持つアザゼルの魔法に抵抗できたのだ。それだけ扱いが難しい魔法なのだろう。
ジグムントは父上から何らかの条件を引き出し、隷属魔法を受け入れたのだと思う。たぶん、捕縛された団員の命の保障とかかな。
「ジグムントは、ジブラルタ王国のフィオレンツォ王子とギルバードの双方にオークヴィル襲撃を持ちかけたらしい。アルフレッドの予想通り、王位継承争いの劣勢を挽回するには、我らを撃退したという戦績を得る以外に無いとフィオレンツォ王子を唆したそうだ。あの王子はまんまと担がれたというわけだな」
シエラ樹海で捕らえた大剣士とハルバード使いは『フィオレンツォ王子とギルバードの依頼でオークヴィルを襲うことになった』とジグムントから聞いたと言っていた。父上はその事実確認のためジグムントを尋問していたのだが、少なくとも王子の方は事実だったようだ。
「ジグムントはフィオレンツォ王子の前に、ギルバードに話を持ちかけていたそうだ。オークヴィルを生贄とし、それをジブラルタ王国の仕業と主張して軍事行動を起こせば、戦績次第でウェイクリング領の後嗣に返り咲けるのではないか、とな」
「それで、ギルバードは……」
「素気無く断ったそうだ」
「っ!! ほ、本当ですか!?」
ギルバードはジグムントの甘言を拒否していた? だったらなぜ、ギルバードはそう訴えなかったんだ!?
「ああ、そのようだ。その後、オークヴィルが襲撃され、ギルバードはジグムントを問い詰めたそうだ。鋼の鎧の仕業なのかと……」
オークヴィル襲撃を依頼したことを認めたから、俺はギルバードの右腕を斬り落とし、ギルバードの騎士としての未来を断ったんだ……。
なぜ、ギルバードはしてもいないことを……いや、ちょっと待て。ギルバードは『オークヴィル襲撃を依頼した』と認めたか?
あの時、あいつは俺に対する積年の感情を吐露した。そして……オークヴィルの襲撃者を退け、ジブラルタ王国軍から奪い返すとしか言っていなかったのではないか……?
あいつが俺に剣を向けたのは……個人的な感情だけが理由だった? ただの兄弟喧嘩で、弟の利き腕を斬り落としてしまったというのか……?
「お、俺は、なんということを……」
「ジグムントはギルバードに『フィオレンツォ王子の依頼でオークヴィルを襲撃した』と明かしたそうだ。その上で、もう一度ギルバードに提案したらしい。ジブラルタを侵略し、その実績をもってウェイクリング家の後嗣に返り咲け。鋼の鎧はギルバードにつく、とな。そして、ギルバードはそれに乗った」
「つまり、ギルバードは、領民を傷つけるつもりなど無かったと……」
「そうだな。闇魔法使い達にギルバードを尋問させ、裏付けはとっている。ギルバードは、まさか鋼の鎧が本当にそのような暴挙に出るとは思ってもいなかったそうだ。そして襲撃を知った後に事実を知り、ジブラルタ側に回られないためには鋼の鎧を抱き込むべきだと考えたそうだ。後嗣の座を欲していたことも事実だと、言っていたよ」
なんてことだ……。例え、ギルバードが本気で俺を殺そうと考えていたとしても、俺はギルバードを傷つけることなく倒すことだって出来たんだ。
いくらギルバードが騎士としての高みに至っていたとしても、六つの加護による反則的なスキル運用と高ステータスを持つ俺が負けるはずなど無かった。
あの時だって、魔法を使わずひたすらにスキルで攻撃し続ければ、再び魔力枯渇に追い込めたはずだ。魔力盾を失ったギルバードを無力化することも出来たのだ。
だが俺は、私欲のために領民を殺したギルバードが許せなかった。だからギルバードを、もう騎士として戦えないようにした。そのために腕を斬り落としたんだ。
……失った四肢を回復する方法など存在しない。もうギルバードは騎士として戦えない。もしかしたら方法はあるのかもしれないが……少なくとも俺は知らない。
ア、アスカなら何か知っているかもしれない。ローズのスキルならあるいは……。
「アルフレッド、お前の判断は間違っていない。ウェイクリング領はジブラルタ王国と友好関係を築き財を成して来た。我々は互いに戦争状態に陥ることなど望んでいなかった。勇者ガリバルディによって和平条約が結ばれ、数百年を経てようやく過去の遺恨を互いに忘れることが出来たのだ。その関係を、たかが一傭兵団の企みによって潰されるところだったのだ」
「で、ですが、ギルバードは……」
「利き腕を斬ったことを悔いているというのか?」
「だ、だって、父さん。あいつはウェイクリング領のために……」
「それは傲慢というものだ、アルフレッド」
父上は机の上に両肘をつき、組んだ手で顔の半分を隠して、鋭い眼光で俺を睨んだ。
「ギルバードは判断を誤った。最初にジグムントに話を持ちかけられた時に、鋼の鎧を捕らえておけば良かったのだ。奴らは明らかに領民達に害を及ぼそうとしていたのだぞ」
「それは……」
「ギルバードは鋼の鎧をシエラ樹海で魔物狩りをする際の、荷物持ちと見張り番程度にしか捉えていなかった。そのため、大陸二大傭兵団の名声を持つ鋼の鎧がオークヴィル襲撃を仄めかしたのにもかかわらず、そんな事を仕出かせるわけがないと甘く見たのだ」
「…………」
「そしてフィオレンツォ王子の依頼を受けてオークヴィルを襲撃したと告げられた時もそうだ。その時点で鋼の鎧を潰しておけば、王国同士の泥沼の戦争に繋がりかねない状況に陥ることも無かった。オークヴィルの住民達は浮かばれんが……フィオレンツォ王子の愚行を追求して賠償を求めることも出来ただろう」
「……はい」
「ギルバードは目が曇っていたのだ。アルフレッドから後嗣の座を奪いたいばかりに。クレア嬢を奪いたいばかりに。……私の歓心を得たいばかりに」
父上の言うことも尤もだ。だが、目が曇っていたのは俺も同じだ。
ギルバードがオークヴィルの民を殺したのだと、信じてしまった。そして、たった一人の同腹の弟の未来を永遠に奪ってしまったのだ……。
「利き腕を斬らずとも、収めることも出来たのにとでも……思っているのか?」
「はい……。後遺症を負わせずに済ますことだって……」
「バカ者が!!!」
父上が怒号を上げた。その瞳には、俺の聖剣にも似た炎が宿っているように見える。
「ギルバードの想いが歪んだものであれ、邪なものであれ、ギルバードは全力を以て貴様に挑んだのだ! 鍛え上げた騎士の力の全てを注ぎ、貴様にぶつかったのだ! 違うか!?」
「っ……」
「それを怪我を負わせたくなかっただと!? 全てを賭けて戦った弟に、手加減することが兄の優しさだとでも言うのか!? ギルバードはウェイクリング家の騎士だ! 騎士の誇りを愚弄するつもりか!! 思い上がるな!!」
俺は何も言い返すことが出来なかった。
ギルバードは、赤裸々に想いをぶちまけて俺にぶつかって来たのだ。
『妬みも、憎しみも……憧れも……全部、自分自身の想いじゃないか』
『全部認めて、ぶつければ良かったんだ』
決闘の所作を互いにとった上での戦いだ。例え、きっかけがなんだったとしても、ギルバードの想いを受け止めてやることはできたと言えるかもしれない……。
「大変です!!!」
突然、ノックも無しに、執務室の扉が大きな音を立てて開かれる。
「ギルバード様のお姿が見当たらないのです!!」
何事かと振り向くと、血相を変えたクレアがそう叫んだ。




