第381話 決闘
魔法を吸収した……だと?
そんなスキル、見たことも聞いたことも無い。
いや、【聖騎士】のスキルでさえウェイクリング家の先祖から伝え聞く程度にしか知らないのだ。御伽噺でしか聞くことの無い【暗黒騎士】のスキルなど、知らなくて当然なのだが……。
「はあっ!」
ギルバードが力強い踏み込みで一気に間合いを詰め、惣闇色の魔力光を放つ剣で斬り上げる。
「くそっ!」
俺は斬撃が飛んでくることも想定し、斜め後ろに飛び退いた。
「【火球】!」
「無駄だっ!【漆黒の盾】!」
咄嗟に放ってしまった【火球】がまたしても惣闇色の魔力盾に吸い込まれる。
「ちっ……」
単発の魔法で牽制しつつ、間合いを詰めて剣を振るう。身体に馴染んだ戦い方が咄嗟に出てしまった。
受け止めた魔法を、自身の魔力に換えて吸収する……か。
ギルバードの言う通り、逃げ回ってばかりというわけにもいかない。まずは、あの盾スキルの性能を確かめるか。
「【岩弾】!」
「【漆黒の盾】!」
【岩弾】を放つも【火球】と同様に魔力盾に遮られて消失する。
なるほど、地属性魔法も同じか。さっき放った【氷礫】も吸収されていたようだし、これは魔法攻撃全般が効かないと考えた方が良さそうだ。
これは厄介だな。中長距離での立ち回りを封じられたに等しい。魔法使いの定石はもう通用しない。
周囲の地形や環境にまで影響するようなエルサの大魔法でも使えれば違ったかもしれないが、俺の遠距離攻撃の引き出しには第六位階までの魔法しか入ってない。
まあ、出来ないものは仕様が無い。試しに第七位階火属性魔法【炎嵐】
と同じ魔法を放てる聖剣でも使ってみるか?
いや、たぶん無駄だな。【鉄壁】の上位互換のスキルだと考えると、あの魔力盾を自分の身を包むように展開することも可能だろう。
弓術士系統の加護とスキルがあれば……また違ったかな。
いや、同じか。そんなの、あの盾スキルじゃなくても、盾で弾かれて終わりだ。投げナイフを使っても意味は無いだろう。
「どうした! 逃げ回ってばかりでは俺を拘束することなど出来んぞ!」
ギルバードが【挑発】を発動する。魔法抵抗が高い俺に効きはしないが……ギルバードがスキルを見事に習熟しているのがわかる。
先ほどの【魔力撃】の常時発動から、盾スキル――漆黒の盾と言っていたか――の切り替えも見事だった。【騎士】のスキルを丹念に磨き上げてきたことがよくわかる。
「そうだな……」
【漆黒の盾】のスキルを得たことで魔法抵抗が低いという剣士系の加護の弱点は無くなったと言ってもいいだろう。さらに、魔力を吸収できるのなら、少ない魔力を補うことも出来る。
ギルバードは独力で騎士の完成形に近づいたのだ。嫉妬だ憎しみだと言ってはいたが、元々の素質と積み重ねた努力が無ければ、加護が昇格することなどあり得ない。
「俺達の決着は……剣でつけるしかないか」
「ああ」
ギルバードが白銀の剣を真っ直ぐに立て、胸の前に掲げる。俺もそれに倣い、火龍の聖剣を掲げた。
セントルイス王国の騎士の決闘の所作。ひとたび掲げた剣を動かせば、どちらかが死ぬまで戦いは終わらない。
「ギルバード、これだけは言っておきたい」
「なんだ」
「俺は六つの加護を与えられた。努力していないとは言わないが、それでも与えられた力には違いない。俺の力は、いわば反則なんだよ」
「守護龍の加護か……」
「神龍ルクス様から与えられた、ただ一つの加護をこれほどまでに鍛え上げたお前を、騎士を志した者として尊敬するよ」
「…………」
「…………」
ギルバードが白銀の剣を頭上へと動かし、盾を押し出すように前に構えた。俺は同様に盾を前に、聖剣を脇に構えて対峙する。
決闘は、もう止められない。
「【瞬身】!」
「【不撓】!」
右側に回り込むように飛び出し、斬り上げる。ギルバードは俺の速さに焦りを見せたが、盾を滑り込ませて聖剣を受け止めた。
「【風装】!」
「くっ、はっ!」
さらに速度を底上げし、一気呵成に攻め立てる。近接戦闘においてギルバードより優れているのは速さのみだろう。
ならば手数で圧倒する!
ギルバードは俺の速さについて行くのが精一杯のようだ。白銀の盾と剣で受け止めることしかできていない。
「くっ、だが軽い! 軽いぞ、アルフレッド!」
速度で圧倒され、体勢を崩されながら受け止めているにもかかわらず、ギルバードの身体は押されることも無ければ、後退ることもない。
俺よりも遥かに高いだろう防御力のなせる業だろう。ならばこちらも攻撃力を強化する。
「【烈攻】!【火装】!」
「ぐっ、まだまだっ!」
攻撃力強化魔法とスキルで、攻撃力を倍化させる。だが、それでもギルバードの守りを突破できない。
ならばと聖剣に【魔力撃】を纏わせる。ギルバードも即座に魔力盾を常時発動した。
惣闇色の魔力光を発しているところを見るに、発動しているのは【鉄壁】ではなく【漆黒の盾】だ。至近距離から魔法を発動されるのを警戒しているのだろう。
ここまでは最初の戦闘と同じ展開だ。さっきはここから魔法を放つことで追い込んだが、吸収されてしまうため使えない。
瞬身・風装・火装と、剣士系以外のスキルと魔法を乱発しているのに押し切れない。そのため俺は次のカードを切る。
「【心眼】」
【拳闘士】のスキル【心眼】。アスカによると、WOTでは必殺率という数値を上げるスキルだったそうだ。
現実の世界では、ギルバードの心の動き、つまり殺気や闘気といった細かな感情の動きが読み取れるようになるスキルだ。
「【看破】」
続けて【竜騎士】のスキル【看破】を発動する。WOTでは【心眼】と全く同じ効果のスキルで、重ねがけも可能だったらしい。
これもやはり現実世界での効果は違う。こちらはギルバードの身体の動き、筋肉の力みや体重の移動などの僅かな挙動が掴めるようになる。
「そこだっ!」
俺はギルバードが聖剣を受け止めようと盾をかざす動作の『起こり』を潰す。
「なっ……!」
剣を受け止めようとする心の起こり、そして盾を構えようとする動作の起こりを読み、針の穴のような刹那の一点に、聖剣を置いてくる。
白銀の盾は弾かれ、ギルバードは大きく仰け反った。
「【貫通】!」
紅い炎を纏った聖剣で刺突を放つ。
【槍術士】のスキル【牙突】の上位互換、相手の防御力を無視した刺突を放つスキルだ。如何にギルバードの防御力が高く、白銀の鎧が堅くともこの刺突を防ぐことは出来ない。
「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっっ!」
聖剣がギルバードの右の二の腕に深々と突き刺さり、内側から炎が噴き出す。炎は肉を焼き、鎧を焦がす。一気に炭化した右腕が、白銀の剣を掴んだまま地に堕ちた。
「終わりだ、ギルバード」
腕を抑え蹲るギルバードに、俺は静かに声をかけた。




