第378話 ギルバード・ウェイクリング
「ちっ、邪魔だ! ひよっこのお前をいっぱしの戦士に育ててやった恩を忘れたか、ユーゴー!」
「それは感謝している。だが、戦場で団員同士が戦うことになっても躊躇するなと教えたのもアンタだ」
「それは依頼を受けた場合の話だろうが!」
「同じことだ。私は今アルフレッドの依頼で戦っている」
「くっそ! 融通の利かねえヤツだな!!」
鋼の鎧の団長ジグムントとユーゴーが、拳と大剣をぶつけ合いながら怒鳴りあう。
一見すると、ジグムントの苛烈な攻撃にユーゴーは防戦一方のように見える。だがよく見れば、ユーゴーは大剣を盾代わりにし、余裕を持って捌いていることがわかる。
微妙に芯を外して受け流し、距離を詰めて打点をずらし、時には引いて拳士の間合いから外れる。圧倒的なステータスではなく、繊細な技術でジグムントを翻弄している。
ジグムントをなるべく生かして捕まえて欲しいという俺の頼みに応えようとしてくれているのだろう。ジグムントの表情に、じわじわと焦りが浮かび上がっている。
ユーゴーが後れを取ることなどありえないな。ジグムントの捕縛は任せておこう。
「お前達も傭兵共を捕らえに行け」
「はい」
俺の命令に従い、大剣士とハルバード使いが得物を片手に傭兵共の方へと走っていく。奴らの意思に反した命令だから本来の実力は発揮できないだろうが、鋼の鎧では部隊長を務めていたって話だし多少は役に立つだろう。
「ギルバード、聞きたいことがある」
「……なんだ」
炎を纏った火龍の聖剣をギルバードに向けて尋ねる。ギルバードは先程までと変わらず冷然とした表情を崩さない。
「お前は鋼の鎧にかつがれただけなのか?」
大剣士とハルバード使いの二人が、ギルバードとともにシエラ樹海の深部に潜っていたのは事実だ。『隷属の魔道具』を嵌めて聞いたから間違いない。
奴等は樹海に潜っている時に、火喰い狼の斥候エマに見られていたことにも気づいていたらしい。そのため、鋼の鎧によるオークヴィル襲撃が露見することを危惧し、火喰い狼と商人ギルドの職員達を執拗に追い回したのだそうだ。
実際のところエマは遠目から見ていただけで、ギルバードと共に行動していた鋼の鎧の団員の容貌までは見ていなかった。奴らが深追いしなければ、俺達に事実が露見することは無かったのだから皮肉な話だ。
「それを知ってどうする?」
ギルバードは表情を全く変えずに答える。
「俺が聞いているんだ、ギルバード」
大剣士とハルバード使いの二人は、フィオレンツォとギルバードから依頼を受けてオークヴィルを襲撃したと証言している。だが、団長のジグムントからそう言われただけで、ギルバードからオークヴィルを襲うようにと指示を受けたわけではない。部隊長といえども現場の戦闘員に過ぎないのだから、直接依頼を受ける立場にはなかったのだろう。
「本当にお前がオークヴィル襲撃を指示したのか?」
フィオレンツォがオークヴィル襲撃を依頼した動機は想像がつく。
海底迷宮の攻略で俺達ばかりか第一王女のアナスタージアにまで追い抜かれ、後継者争いで一歩も二歩も後れを取ってしまった。後援者からも見放され、攻略を進める目途も立たない。
そんな状況で鋼の鎧に甘言を囁かれた。鋼の鎧がジブラルタ王国軍のフリをしてオークヴィルを襲えば、ウェイクリング領兵軍は必ず反撃に出る。それを撃退すれば、国難を乗り越えた英雄として後継者争いで一歩抜きんでることが出来る……といったところだろう。
鋼の鎧は追い込まれたフィオレンツォを唆し、オークヴィル襲撃の依頼を受けた。ジブラルタ王国とウェイクリング領を天秤にかけ、有利な方に与しようという意図があったのかもしれない。それとも小金をかすめ取りたかっただけだろうか。
「…………」
「答えるつもりが無いなら、審問官の尋問を受けてもらうだけだ」
チェスターに連行し、闇魔法使いの審問官に取り調べをさせる。【隷属】魔法を使った尋問に抵抗することなどできない。何が真実なのか、すぐにはっきりするだろう。
もし依頼したのが事実なら、ギルバードの目的はいったい何だったのか。
……いや、ギルバードの動機なんて分かりきっているか。
ウェイクリング家の後嗣の座が欲しい。父上と母様の歓心を得たい。クレアを奪い返したい。俺と比べられたくない。ギルバードの悲痛な叫びが、耳の奥底でこだまする。
ああ、そうだ。
俺は認めたくないんだ。目を逸らしたいんだ。
たった一人の同腹の弟が、自身の渇望を満たすためにオークヴィルを生贄にしたなんて……信じたくないんだ。
「大人しく投降しろ」
身内の不始末は、身内が片付けなくてはならない。罪は償われなければならない。
「ふっ……ここまでか」
ギルバードが自嘲気味な笑みを浮かべ、呟いた。
「アルフレッド……。俺はお前が羨ましくて仕方がなかった。父上の、母様の期待を一身に集めるお前が羨ましかった」
「…………」
「日曜学校では皆から羨望の目を向けられ、クレア嬢に慕われるお前が妬ましかった」
「ギルバード……」
「一度は手にした未来を、俺から全てを奪っていくお前が憎らしかった」
静かに、ぽつりぽつりと呟きながら、ギルバードはそっと白銀の剣を抜いた。
「ああ、その通りだ。お前の思っている通りだ、アルフレッド」
白銀の剣が、魔力を帯び光を放つ。
「オークヴィルを襲った者達を退け、ジブラルタの蜥蜴共から奪えば、俺は全てを取り戻せるはずだった!」
「ギルバードッ……!」
「アルフレッドォォッッ!!」
ギルバードが裂帛の気合と共に白銀の剣を横薙ぎに振るう。【魔力撃】を纏った斬撃を、俺もまた【魔力撃】で弾き返す。
「まだまだっ!」
「ぐっ!」
次々と繰り出される斬撃で、次第に押し込まれていく。ギルバードの膂力は明らかに俺を上回っている。
「【盾撃】!」
「ちっ!」
僅かに体勢を崩したところに、白銀の盾が飛び込んでくる。俺は咄嗟に飛び退いて、距離を取る。
「【烈攻】!」
「【不撓】!」
すかさず自己強化するギルバードに合わせ、こちらは護りを固める。ギルバードのスキル発動は驚くほどに早い。
「【剛・魔力撃】!」
「【大鉄壁】!」
白く輝く斬撃と鳶色の魔力盾がぶつかり合う。混沌の円盾が弾かれ、白銀の剣を振り下ろしたギルバードもまた反動で後退る。
「さすがだな、アルフレッド……」
それはこっちのセリフだ。1年前とは比べられない程に、ギルバードは腕を上げている。
【騎士】の攻撃力補正は、防御力補正ほど高くはない。それなのに、全力で守りを固めた俺の【鉄壁】と、ギルバードの【魔力撃】がほぼ拮抗していたのだ。
おそらくギルバードの【騎士】の加護は、修得にまで至っている。同じく【騎士】の加護を修得している俺の防御力とギルバードの攻撃力が伯仲するってことは、ギルバードの身体レベルは俺を遥かに上回っているのだろう。
何の助言も無く、ここまで加護と肉体を強化してくるなんて、とても信じられない。樹海の深部の強力な魔物を相手に鍛えたのであれば、不可能では無いだろうが……。
俺のようにアスカの助言のもと安全を確保しながら身に着けたわけでは無い。少しでも気を抜けば生と死の一線を簡単に飛び越えてしまうような修羅場に身を置かないと、これだけの練度は身に着けられない。
ああ、なるほど。だから、樹海の深部には騎士を連れて行かず、代わりのきく傭兵を連れて行ったのか……。
これは一筋縄ではいかなそうだ。俺は火龍の聖剣の柄を、ぐっと握りしめた。




