第377話 鋼の鎧
「繰り返す。武装を解除しろ」
【魔力撃】を常時発動し火龍の聖剣に炎を纏わせる。できれば殺さないようにはしたいが、抵抗するというなら戦闘も辞さない。
「何のつもりだ? 『紅の騎士』、いや『龍の従者』アルフレッド」
『鋼の鎧』の団長、ジグムントが目じりを険しく吊り上げた。
ジグムントは武器の類を身に着けていない。黒鉄製のガントレットとグリーブを着けているところを見るに、拳士の加護持ちなのだろう。
「言っただろう? オークヴィル襲撃を企てた疑いがある。ギルバード並びに鋼の鎧の団員はチェスターに連行する。審問官の調べを受けてもらおう」
「身に覚えがないな」
ギルバードは冷然とした表情を全く変えずに、抑揚の無い声で言う。
「……シエラ樹海でオークヴィルの生存者を襲う傭兵を拘束した。そいつらが証言したよ。フィオレンツォ・ジブラルタの命令でオークヴィルを襲っただけ、とな」
「ふむ……それと私の拘束に何の関係があるんだ」
「証言がそれだけなら、俺は介入するつもりはなかったんだけどな。続きは本人達から聞くといい」
話している間にユーゴー達が到着する。
アリスとローズは海竜に乗ったままウェイクリング領兵達に睨みを利かせ、ユーゴー達は二人の男を連れて俺のそばへとやって来た。
「ユーゴーじゃねえか。マナ・シルヴィアで野垂れ死んだと聞いていたが、生きていたか」
「ああ。久しぶりだな団長」
団長ジグムントがユーゴーに声をかける。ユーゴーは鋼の鎧で元部隊長をやっていた。ジグムントは元上官というわけだが、特に気負いは無さそうだ。
「フードを外せ」
ユーゴーが連れてきた二人の男が、ローブのフードを捲る。一人は獣人族の大剣士。もう一人は海人族のハルバード使い。シエラ樹海で拘束した鋼の鎧の団員だ。
大剣士とハルバード使いの顔を見て、ウェイクリング領兵や傭兵達がざわついた。
「見覚えがあるだろう、ギルバード? 最近はずっと行動を共にしていたそうじゃないか」
1年前に俺とアスカがチェスターを発ってから、ギルバードはシエラ樹海の深部で、騎士団を連れて頻繁に魔物狩りをしていたらしい。
森の魔物の間引きは、騎士団の仕事の一つだ。適度に数を減らさないと魔物が森を出て、近隣の集落や街道を行き来する行商人を襲ったりするからだ。
だが、普通なら森の表層の魔物を減らすだけで、深部にまで立ち入ることなど無い。樹海の深部の強力な魔物を間引けば森の安全性は高まるが、深部の魔物が表層に出てくることは滅多にないので、わざわざ危険を冒してまで深部に潜る必要はあまり無いからだ。
だが、ギルバードは森の深部にまで潜っていた。その目的は、強力な魔物を倒して己の身体レベルを上げるためだろう。
ギルバードは突然チェスターを襲った魔人フラムに良いように痛めつけられ、その後に俺にまで敗北した。一人の騎士として、そんな自分が許せなかったのだろう。
そして、一時期からギルバードが連れて行く仲間が、騎士や兵士から傭兵に変わった。揃いの黒い胸鎧を身に着けた傭兵、『鋼の鎧』の傭兵達だ。同じく加護とスキルを鍛え上げるために樹海の深部に挑んでいた『火喰い狼』の斥候エマが、その姿を何度も目撃している。
補給のために立ち寄ったギルバード達が、樹海深部の魔物素材を売っていたため、熱心に魔物狩りを行っていることはオークヴィルでも知られていたらしい。
「ああ。鋼の鎧の部隊長だな。それがどうした?」
ギルバードは平然とそう言ってのけた。
こいつらの顔を目にしても、白を切るか……。素直に拘束に応じてくれればよかったんだけどな。
「……おい、真実を話してやれ」
「はい。鋼の鎧はフィオレンツォ・ジブラルタだけでなく、ギルバード・ウェイクリングからも依頼を受け、オークヴィルを襲撃。住民達を殺戮し、街を焼き払いました」
大剣士の言葉にウェイクリング領兵達が大きくどよめく。意味不明だよな。こともあろうに領主の息子が領地の町を襲うように依頼していたなんて。
「おいおい。何のつもりだアルフレッド・ウェイクリング。うちの部隊長を買収して、仲間割れでもさせようって魂胆か? ああ、ギルバード様にあらぬ疑いをかけて、ウェイクリング家から排除したいってところか。追放されたお前が領地を引き継ぐには、騎士団長として活躍され領民の信頼も厚いギルバード様は邪魔だもんなぁ?」
ジグムントはまだ余裕の笑みを浮かべている。これぐらいの事態は想定していたのだろう。
『一傭兵の発言など信ずるに足りぬ』
ついさっきフィオレンツォもそう反論していた。
確かに二大傭兵団と称えられる鋼の鎧の部隊長といえど、一傭兵の証言で貴族の立ち場が揺らぐことなど無いだろう。ギルバードが『そいつは嘘を付いている』と言うだけで、大剣士の言うことなど切って捨てられる……普通なら。
「いいや。そいつの発言は真実だ。そいつは今、嘘をつけないからな」
「あーん? 何を言って」
「見せてやれ」
大剣士とハルバード使いが、俺の命令に従ってローブの袖を捲る。袖の下から現れたのは、怪しく黒光りする腕輪を付けた左腕だ。
「っ! それは……」
「『隷属の腕輪』だ。所持、使用ともに禁じられている闇魔法の魔道具だよ。ああ、俺はセントルイス王陛下から許可を頂いている」
俺は胸元から引っ張り出した『王家の紋章』が刻まれた白銀のプレートを見せながら言った。
「『隷属の腕輪』を装着されたものは、主の命令に背くことは出来ない。なんなら今ここで『自殺しろ』と命じてみようか。コイツらは何の躊躇いもなく自殺するぞ」
「て、てめぇ」
ジグムントは射殺さんばかりの形相で俺を睨みつけている。あっという間に余裕の仮面が剥がれたな。
「俺は『真実を話せ』と命令した。つまり、コイツらの発言に嘘は無いということだ」
どんどん領兵達のどよめきが大きくなる。反対に傭兵達の方は静まり返り、固唾を飲んで俺達の動向を窺っている。
この時点で逃げ出すヤツもいるかと思っていたが、さすがは二大傭兵団の一つだけはある。ジグムントの命令を待ち、すぐにでも動き出せるようにしているのだろう。
「目的はセントルイス王国とジブラルタ王国を、泥沼の戦争状態にすることだろう? シルヴィア大森林の小国家群での内戦が終わり、ジブラルタ王国の海底迷宮から追放されたお前達には、稼ぎ場所が必要だろうからな」
「…………」
ジグムントが声を失くす。どうやら予想は当たったようだ。
鋼の鎧は数年前に冒険者のふりをして海底迷宮の低層の資源を取り尽くし、それらをジブラルタ王国には一切売らずに国外へ持ち出した。それがジブラルタ女王の怒りに触れ、海底迷宮を追放された。
その後、聖ルクス教国で大規模な盗賊団討伐の依頼をこなしていたそうだが、その間に俺達がシルヴィア大森林の内戦を収めてしまった。小規模な紛争程度はあるだろうが、鋼の鎧の仕事となるような大規模な戦争は無くなったわけだ。
戦争を生業とする大規模傭兵団の鋼の鎧にとって、それは死活問題だ。だからフィオレンツォとギルバードを唆し、大国同士の戦争の誘発を目論んだのだろう。
「撤退!!」
突然、ジグムントが大声を上げた。傭兵達は即座に、領兵達に襲い掛かる。
「ウェイクリング騎士団よ! オークヴィルの仇を取れ! 鋼の鎧を逃がすな!! 」
未だ動揺していた騎士団に怒号を飛ばす。騎士達はハッとした顔つきで、ようやく傭兵達への反撃と追走を始めた。
「待てっ! 団長!!」
「ちっ、この恩知らずが!」
そして、いち早く逃走を図ったジグムントの前に、ユーゴーが立ちふさがった。




