第371話 大剣士とハルバード使い
デール達と海人族達は洞穴の前の水源で相対していた。全力で発動した索敵スキルと【暗殺者】の加護で強化された視力が捉えたのは、満身創痍になりながらもダーシャとエマを庇うデールの姿だった。
俺は全力疾走の足音と荒い呼吸を【隠密】で隠しつつ、今まさに攻撃魔法を放とうとする海人族の前に飛び込み右腕を切り飛ばす。
「ぐあぁぁっ!!?」
「なっ!?」
続けて弓使いの男の元へと肉薄する。突然宙を待った仲間の右腕と悲鳴に動揺したのか、弓使いは全く反応出来ていなかった。俺はそのまま漆黒の短刀を腹部に深く突き刺す。
「うぐっ!?」
短刀を刺したまま弓使いを突き飛ばし、火喰いの投げナイフをもう一人の魔法使いに向かって投擲する。投げナイフは魔法使いの肩と大腿に突き刺さって発火し、肌を覆う鱗を焼き焦がした。
「うがぁぁぁっ!?」
「【氷礫】!」
「うぉっ!?」
即発動可能な第一位階氷魔法で広範囲に氷礫を飛ばし、デール達を遠巻きに取り囲む男達を牽制する。敵が怯んだその隙に、全力で魔力を込めた【威圧】を発動した。
「動くな!!」
「ひぃっ!」
十数人の男達のうち大半がビクリと身体を震わせて硬直する。二名ほど【威圧】に耐えている者もいるが、あっという間に部隊を半壊に追い込まれたためか、大剣とハルバードを構えて俺を警戒している。
「え、あ、アル!?」
俺は獣人族の大剣士と海人族のハルバード使いを無視してデールの元へと向かう。まずは治療だ。
「……間に合って良かった。これを飲め、デール」
立て膝をついたデールに回復薬を手渡し、まずはダーシャを抱きかかえて【治癒】を発動する。肩に矢が深々と突き刺さり、身体の至る所に斬り傷や火傷があるものの、なんとか癒すことは出来そうだ。
「ダーシャ、矢を抜くぞ。歯を食いしばれ」
「ア、アル……? んっ、いぃぃっ!」
「よし、矢じりは抜けた。すぐに傷を塞ぐからじっとしてろ」
「え、あ、ありがとう……って、これ回復、魔法?」
「デール、これでエマの手当てを。アスカお手製の中級回復薬だ」
「あ、ああ、すまない、助かった。もうだめかと思った」
「はは……助かったニャ」
デールが受け取った回復薬を、さっそくエマの斬り傷に振りかける。エマとダーシャは失血が多く、すぐには動けそうも無いが、命に別状はなさそうだ。まさに間一髪。ギリギリ間に合った。
「おいっ! てめえ何もんだ!?」
「黙れ」
「っ……!」
俺は再び【威圧】を発動する。拳士の加護持ちには到底成しえないほどの魔力が込められた【威圧】に晒され、大剣士とハルバード使いが息を飲む。
おそらくこの二人は俺よりもレベルが高い。自身より低レベルの者にのみ効果がある【威圧】スキルは、本来なら効かないはずだ。
だが【魔道士】の加護を修得し、高い魔力を持つ俺が発動した【威圧】の場合は話が別だ。ヤツらは今、必死で『恐怖』『硬直』の状態異常に抵抗しているのだろう。
「治療が終わったら存分に相手してやる。大人しく待っていろ」
気を取り直して【治癒】を再開すると、紫色だったダーシャの唇がほんのりと赤みを取り戻していく。エマの方も回復薬を飲み、傷は癒えてきたようだ。
「くっ……くそっ」
「おい、アイツ、黒魔法と回復魔法を使ってなかったか」
「はっ……まさか……」
取り敢ずの応急処置が終わったので再度【威圧】で殺気を飛ばしながら、獣人の大剣士と海人のハルバード使いの前に立つ。
「武器を捨てて降伏しろ。命までは取らない」
オークヴィルを襲った輩は姿を消し、ジブラルタ王国は侵略行為自体を否定している。こいつらはオークヴィル襲撃の実行犯だろうから、生きた証拠として捕虜にした方がいいだろう。
だがオークヴィルの無辜の民を殺戮し、数少ない俺とアスカの友人を害したヤツらなのだ。抵抗するなら容赦はしない。
「ちっ、調子にのるんじゃねぇっ!」
「【牙突】!」
大剣士が下段から大剣を振るい、それに僅かに遅れてハルバード使いが刺突を放つ。大振りの剣で体勢を崩したところに、槍の穂先を突き入れるという連携のようだが……遅い。
俺は大剣の斬り上げを円盾で叩き落し、続けて繰り出された刺突を【爪撃】で跳ね上げる。
「なっ、うぶぁっ!」
「ごぶっ!!」
剣を弾かれて体勢を崩している大剣士に【風衝】をぶちかまし、ハルバード使いの鳩尾に【剛脚】を打ちこむ。鋼の胸甲を着けているためさほど効いていないだろうが、前蹴りの衝撃でハルバード使いが弾け飛んだ。
「【紫電】!」
「ぐぴゃっ!!」
倒れたところに追撃の雷魔法を放つと、ハルバード使いが蛙のような鳴き声を上げる。追加効果の麻痺か気絶が入ったようだ。ビクンッと身体を震わせた後に動きを止める。
「くっ、くそっ!」
同じく【風衝】で吹き飛んでいた大剣使いが立ち上がるやいなや背を向けて逃げ出した。いやいや、逃がすわけないだろ。
「【岩弾】」
「がふんっ!!」
後頭部に岩の塊を撃ち込まれた大剣使いは、もんどり打って前のめりに倒れ込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、【威圧】しながら残った海人族部隊の兵士達に一人ずつ当身を食らわせ昏倒させた。ついでに大腿にナイフを一刺しして武装も取り上げておいたから、もう逃げ出すことは出来ないだろう。雑兵のうち何人かは大剣士達と戦っている間に逃げられてしまったが、こればっかりは仕方がない。
「ったく、冗談みたいな強さだな。護衛しながらだったとはいえ、俺達がやり込められた相手をあっという間に……」
「いやいや。不意打ちで魔法使いを始末できてなかったら、こう上手くは行かなかったよ」
実際、魔法抵抗が高い魔法職に【威圧】は効きづらいので、初手で始末できていなかったらもっと苦戦しただろう。遠近両方から攻め立てられたら捌くのも大変だ。【水装】なんかで仲間の魔法抵抗を強化されたら、雑兵にも【威圧】が効かなくなってたかもしれない。
デール達が引き付けてくれてたおかげで、魔法使いと弓使いを先んじて潰すことが出来た。だからこその余裕の勝利ってわけだ。
「それよりも【盗賊】のアルフレッドがなんで【威圧】出来るのよ。黒魔法と回復魔法も使ってたし……」
「あ、ああ、それよりも商人ギルドの連中と一緒にオークヴィルを抜けたんだろ? セシリーさん達は無事か?」
「ああ、おかげでなんとか護り抜けたよ。エドモンドさん、セシリーさん! もう大丈夫だ! 追手は片付いた!」
デールが洞窟の方に向かって大声を上げると、奥の方から猫耳の美少女とちょび髭を生やした中年の男、それと見覚えのある二人の女性がおそるおそる顔を出した。
良かった……間に合って、本当に良かった。あやうくセシリーさんもギルド長のエドモンドさんも、デール達も死なせてしまうところだった……。
俺が片手を上げて微笑むと、セシリーさんが洞窟から飛び出して、そのまま俺に飛びつくように抱き付いた。
「うおっ」
「ああっ、アルフレッドさん! アルフレッドさん!! うっ、ううっ……」
俺にしがみついて泣きじゃくるセシリーさんに戸惑いつつも、栗色の髪をゆっくりと撫でる。
「もう大丈夫ですよ、セシリーさん。じきに俺の仲間達もやって来ます。安心してください。必ず、無事にチェスターまで送り届けますから」
「うぅ……アルフレッドさん……私、もう、ダメかと……もう、お会いできないかと……ううぅ」
「大丈夫。また会えましたし、これからも会えますから……」
背中をぽんぽんと叩きながらセシリーさんを優しく抱きしめる。
よほど怖かったのだろう。セシリーさんはアスカと同じ年で、しかも戦闘に縁のない生活を送っている女の子なのだ。故郷を焼き尽くされ、見知った顔が殺され、こんな樹海の奥まで侵略者に追いたてられたのだ。不安で、不安で仕方がなかっただろう。
「アルフレッドさん……」
「セシリーさん……」
セシリーさんが俺の胸の中から、ゆっくりと顔を上げた。普段は知的で落ち着いた印象のセシリーさんが、瞳を潤ませ縋るように俺の目を見上げ……そっと目を閉じた。
「ゴホンッ! えー、無事なのは良かったけどー。ちょーーーっと距離感おかしくないですかー?」
棘を含んだ声が聞こえて、セシリーさんがバッと俺から離れた。
あ、セシリーさんの温もりが……って、ええ、なんでもありませんよ。あくまで、これは、感極まってってヤツでして。あ、はい、お説教ですね。わかってます。




