第368話 戦争+map
「樹海……シエラ樹海に?」
「ああ。『火喰い狼』はよく樹海に狩りに行ってたんだが、奥深くまで潜るとなると移動だけでも1日がかりになるだろう? で、せっかく行くなら1週間ほど潜った方が効率が良いからって、樹海の深部に拠点を作ったそうだ。といっても自然の洞穴に寝床と竈を作っただけらしいけどな」
ああ、そう言えば前にオークヴィルに立ち寄った時に、そんなことを聞いた気がする。樹海の深部に遠征してBランク以上の特殊魔物素材を持ち帰ってるって話だったな。
「海人族から逃れるために樹海に潜った?」
「わからん。商人ギルドの連中を、トカゲ野郎どもから守るために敢えて危険な樹海に逃げこんだ……とか? デール達は森の中をよく知ってるだろうが、トカゲ野郎どもはそうは行かねえ。追手を撒くには悪い手じゃねえだろ。すぐに追いつかれるかもしれない街道を使うよりはいい」
「そうかもしれないな……」
もしかしたら、その樹海深部の拠点に避難しているかもしれないな。
「この辺の小集落には避難民を受け入れる余裕はない。もし逃げ延びていたら、今ごろチェスターに来ているはずだ。チェスターにいないのなら、樹海か、あるいは……」
ヘルマンさんが言葉を濁し、アスカの顔色がさっと青褪める。俺はアスカの肩に腕を回し、頭をぽんぽんとたたいた。
「……大丈夫さ。デール達はオークヴィル唯一のBランクパーティなんだろ? あいつらがついてるんだ。セシリーさん達だってきっと無事だ」
「うん、うん、そうだよね」
「スマン。そうだな。アイツらがトカゲ野郎なんかにやられるはずがねえ」
アイツらはアスカ秘伝のスキルの鍛え方を知ってるんだ。森の深部に棲む強力な魔物を相手に鍛えたのだろうから、すでに加護を修得していてもおかしくない。例え急襲されたんだとしても、海人族の戦士なんかにやられるはずがない。
「なあ、シエラ樹海に潜って、デール達の拠点を探してみないか? もしかしたら、逃げ延びた先で怪我でもして困っているのかもしれない」
「そうだね! ヘルマンさん、デール達の拠点ってどの辺りかわかる?」
「正確なところはわからんが、強力な魔物が生息する危険域とその辺りの水場なら地図を見ればわかるぞ。ちょっと待ってろ」
俺の【警戒】なら森の中でも広範囲の気配が探れる。鼻が効くユーゴーもいる。きっと探し出して見せるから待っててくれ、デール、ダーシャ、エマ、そしてセシリーさん。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お久しぶりです、アル兄さま。アスカさん、ユーゴーも、壮健でなによりです」
「クレアちゃん、久しぶりー」
「クレアも、元気そうでよかった」
ウェイクリング家の屋敷で久しぶりにクレアと顔を合わせた俺達は、互いの無事を喜びあう。食事の席にはついていないが、ジオドリックさんも元気な姿を見せてくれた。
「さあ、まずは食事にしよう。アルフレッドの無事の帰還と友人たちを歓迎して、乾杯!」
「乾杯!」
父上の挨拶に皆がグラスを掲げる。
ウェイクリング家側は父上と母様、バイロン卿、クレアの4人。俺達の方はローズを除くパーティメンバー全員がテーブルについている。
父上は俺の仲間なら歓迎したいと言ってくれたのだが、ローズはさすがに参加できないと辞退した。今の状況では互いに気遣ってしまうだろうから、こればかりは仕方がない。
「まさかユーゴー様がご一緒とは思いませんでしたわ」
「様はやめてくれ、クレア嬢。貴方には世話になった。感謝している」
「ふふ、冗談よ、ユーゴー。でもまさか貴方がマナ・シルヴィア家の姫様だったなんて、思いもよらなかったわ」
「私自身もだ」
奴隷商から救い出した奴隷が、滅びた王家の血筋を引いていて、しかも今やレグラム王国の王女になってるんだからな。驚くのも無理はない。
「エルサ殿もご一緒とは驚きました。ご高名はかねがね伺っております。『舞姫』の二つ名を持つA級決闘士で、王都の魔人撃退でも拳聖殿やアルフレッド君とともに活躍なされたとか」
「ええ、アルフレッド様とは闘技場からのご縁ですわ。あの時には、一緒に旅をすることになるとは思いもしませんでしたけれど」
父上と母様に仲間達を紹介しつつ、これまでの旅のことを話していった。守護龍の祝福、龍の従者、そして各国の王族を巻き込んだ魔人族との衝突に話が及ぶと、皆は驚きの余り二の句を継ぐことさえ忘れてしまった。
「……といった経緯で、チェスターに戻って来たのです。それで……父上?」
「あ、ああ。すまん、あまりに壮大な話に驚いてしまってな……」
「アルフレッドが騎士に……? それだけではなく6つの加護を?」
「父上、母様、全て事実です」
「疑っているわけでは無いのだ……。龍の従者となったことや加護についてはカーティス陛下からも伺っていたからな」
「陛下から……そうでしたか」
そう言えば父上を王都に呼び出して陞爵したと陛下から聞いていたな。
「テレーゼ王女殿下との婚約の件もな。天命の旅を終えた後、アルフレッドに爵位を引き継ぐこともお約束した」
「そ、そうでしたか」
「なんだ? 陛下が王女殿下を下さるとまで仰っているのだ。まさか否はあるまい?」
「……ええ。『旅が終われば』の話ではありますが」
もし、アスカと別れたなら、俺もウェイクリング家の長子としての務めを果たそうとは思っている。だが、アスカが俺とこの世界で生きることを選んでくれたら、全てを放棄するつもりだ。
「わかっている。各国の守護龍が天命を与えるほどの事態なのだ。何よりも優先すべきだろう」
「無事に帰って来るのですよ、アルフレッド。クレアさんも貴方の帰りを待っていますからね」
「……はい。必ずや無事に天命を成し遂げます」
クレアはギルバードとの婚約を解消することになったらしい。アスカの決断次第では、再びクレアを傷つけてしまうことになる。それに王女殿下の婚約を蹴るとなると、ウェイクリング家にも多大な迷惑をかけることになる。
俺の考えを、父上や母様に、もちろんクレアにも伝えておかなければならない。アスカがこの世界に留まると決めてくれたら、俺はウェイクリング家に戻ることは無いのだから。
とは言え、今この場で話すべきではないだろう。まずは父上に後で時間をもらって話をしておこう。
ちらりと目を向けると、クレアは憂いをたたえた顔つきで、ぎこちない笑みを浮かべていた。表情からすると俺との結婚を歓迎していないようにも見える。
クレアは、ギルバードに嫁ぎウェイクリング家の繁栄に努めると宣言して王都からチェスターに戻ったのだ。二転三転する婚約に困惑をしているのだろうか。
「それで、これからどうするのだ? 魔人族が仄めかしたジブラルタの動乱とは、オークヴィルの一件を指すのだろう?」
「恐らくそうでしょう。ジブラルタ王国に講和と賠償を求めるのでしたら、アナスタージア王女の線から交渉を呼びかけることもできますが……」
「現時点では不要だ。アルフレッドの言う通り発端は王子の独断だったのかもしれんが、オークヴィルで流れた血が多すぎた。ジブラルタ王国とセントルイス王国との戦争は避けられん」
「……交渉の余地は無いと?」
「無い。竜頭半島への進攻は決定事項だ。カーティス陛下もこれに賛同されている。じきにセントルイス中の戦力がウェイクリング領に集まって来るだろう」
「そう、ですか」
竜頭半島はオークヴィルからシエラ山脈を越えた先にある半島で、ジブラルタの国土のおおよそ三分の一ほどの広さがある。
「まずは竜頭半島の占領と実効支配、その後に割譲を求める。それまで、この戦いは止まらん」
「……わかりました。私達は龍の従者として、天命を全うします。聖ルクス教国へと向かうことになるでしょう」
ここまで事態が進んでしまったら、俺に出来ることなど何もない。念のため魔人族が暗躍していないか、目を光らせるぐらいか……。
「その前に、行方不明となっているオークヴィルの友人を探したいと思います。シエラ樹海に逃げ込んだ可能性があるのですが、樹海深部の地図や魔物の情報をいただくことは出来ますか?」
「ふむ……シエラ樹海か。ギルバードが騎士団を指揮して魔物の間引きに行っていた。深部についても、それなりの情報があるだろう。資料をまとめて持って行かせよう」
「ありがとうございます」
俺とアスカは父上に礼を言って頭を下げる。食事は既に食べ終わっていたため、食事会はその後すぐにお開きとなった。
明日はシエラ樹海に入って、デール達やセシリーさんの行方を捜したい。その前に、仲間達に捜索への協力を依頼して……ローズにも今日の話をしておかないといけないな。




