第366話 違和感
広場の片隅で野営し、翌日の早朝にオークヴィルを発った俺達は、昼前にチェスターに辿り着いた。
街の外には、パルマノヴァの砦に送る軍需物資を積んだ馬車が列をなしている。輜重部隊として雇い入れられたのだろう冒険者達や物資を運ぶ人夫達がそこかしこで声を張り上げていて、チェスターは荒々しい喧騒に包まれていた。
「お帰りなさいませ、アルフレッド様」
貴族街の門で『王家の紋章』とAランクの冒険者タグを提示したからか、ウェイクリング家の屋敷では使用人が総出で待ち構えていた。
「御館様がお待ちでいらっしゃいます。どうぞこちらへ」
見覚えのある執事が深々と礼をする。ここは実家ではあるのだが、どうしても緊張してしまう。屋敷の中に入るのは魔人フラムとレッドキャップを撃退した後に連れて来られて以来だな……。
「アルフレッド様をお連れしました」
応接室に通されると、中には父上とバイロン卿が待ち構えていた。
「ご無沙汰しております。父上、バイロン卿」
「おお、久しいな、アルフレッド。よくぞ帰った」
「久しぶりだね、アルフレッド君、アスカ殿」
「お久しぶりです」
にこやかに迎えてくれたが、父上とバイロン卿の顔には疲労が蓄積しているように見える。長らく友好的な関係を築いて来たジブラルタ王国と戦争状態に陥ったのだ。セントルイス王国の辺境伯としては、気苦労が絶えないだろう。
「父上、仲間を紹介します。ユーゴー・レグラム・マナ・シルヴィア、アリス・ガリシア、エルサ・アストゥリア、そして……ロゼリア・ジブラルタです」
俺の紹介に合わせて皆が丁重に礼をする。父上達は皆の家名を聞いてもぴくりと反応するにとどめていたが、ローズの家名を耳にするとさすがに驚きを露わにした。
「ジブラルタ!?」
「まさか、ジブラルタ王家の……?」
「はい、ジブラルタ王国の第三王女です。今は『龍の従者』として私達に同行してくれています」
「龍の従者……。それにマナ・シルヴィア家にガリシア家、アストゥリア選帝侯家の……」
「そうそうたる顔ぶれですな」
「皆、各国の王族の関係者で守護龍に祝福を受けた戦士です。本来ならきちんとご紹介すべきなのですが、今回こちらに伺ったのは……」
「オークヴィルの件か」
「はい。昨日、オークヴィルに行き、レスリー代官より話を聞きました。現状について詳しく伺いたく」
俺はまずローズと同行するに至った経緯と、先日までジブラルタにいたことを説明する。父上は敵国の王女であるローズがこの場に同席することに難色を示していたが、単身で俺達に同行していることや、ローズの王家での立場からジブラルタ側に情報が漏れる可能性は無いだろう同席を許してくれた。隣国の王女なのに名前が知られていないことからも、影響は無いと踏んだようだ。
「マルフィでは戦争の気配は無かったと……」
「ええ。少なくとも市井で耳にしたことはありませんでした。ウェイクリング領に戦争を仕掛けたというのに、全く情報が出回っていなかったのです」
『ジブラルタで動乱が起きる』というアザゼルの言葉もあったため、王都マルフィでは情報収集に努めていた。数週間ジブラルタに滞在して迷宮に挑戦しながらも、探索者ギルド、冒険者ギルド、傭兵ギルドなどに頻繁に顔を出して、何か胡乱な動きは無いかと探っていたのだ。
普通、他国に戦争を仕掛けるのなら、兵士や物資になんらかの動きがあるはずだ。だが、傭兵を集めている様子もなかったし、物資を買い集めているという話も聞かなかった。
「ふむ……。マルフィも同じか……」
「同じ? パルマノヴァでも同様だったのですか?」
「ああ。あの砦に放っていた間者からはオークヴィル襲撃の前に何の報せも無かった。オークヴィルは海人族の大隊に襲撃されている。それだけの規模の部隊が動いたというのに、事前に何の動きもつかめなかったのだ」
父上も襲撃されるまでジブラルタ側の動きに気付けなかったのか。
「それにオークヴィルを襲った目的がわからん。山間部の町としてはそれなりに豊かではあったが、それは国境を陸路で渡って来る行商人や隊商が金を落としていくからだ。占領したところで経済的、戦略的な価値はほとんどない。海軍でチェスターの港湾地区に奇襲をかけた方がよほど効果的だろう」
父上もアナスタージアと同じ意見か。強力な海軍を持つジブラルタなら、まずは海路を抑えると……。
なぜオークヴィルを強襲したのか? ウェイクリング辺境伯領侵攻の橋頭保として……いや、それも無いか。町に火を放っている時点で、拠点として利用するつもりは無かっただろう。
そもそもオークヴィルは近くにCランクの魔物の火喰い狼が出たくらいで人の流れが滞り、食糧や薬品類が品薄になるほどに脆弱な町だったのだ。ウェイクリング領側からの食糧輸送が止まれば、一気に干上がってしまう。草原の街道沿いにある宿場町だから防衛にも向いていない。
「それにパルマノヴァの砦を、やけにあっさりと落とせたのも違和感がある。オークヴィルを襲撃した部隊は少なくとも千人の大隊だった。その部隊が詰めていると考えたからこそ、3千人の連隊を派遣したのだ。だというのに、実際にあの砦にいた兵力はせいぜい二百人程度。我が軍が姿を見せた途端に尻尾を撒いて逃げ出したと聞いている」
「オークヴィルを襲った部隊がいなかった……?」
オークヴィルを滅ぼして財貨を略奪していったのに、防衛拠点となる砦に十分な戦力を配置していないなんてことあるのか? ウェイクリング領側が反撃に出ると思っていなかったのか?
「……オークヴィルを襲ったのは本当にジブラルタ軍だったのかしら?」
そこでエルサが眉根をひそめて呟いた。
「どういうこと?」
「王の塔でアナスタージアは、越境侵攻などしていない、辺境伯側の謀略だと言っていたでしょう? アナスタージアも辺境伯閣下が仰る通り急襲するならチェスターを直接狙う、陸路で進行するなどあり得ないと」
「オークヴィルを襲撃したのはジブラルタ軍ではない……?」
「ふむ……オークヴィルの生き残りは、襲ってきたのは海人族の部隊で、ジブラルタ東部方面軍を名乗っていたそうだが」
どういうことなんだ?
二国間の物流の中継地点という程度の経済的価値しかないオークヴィルを徹底して破壊した理由はなんだ? ウェイクリング領側の輜重部隊の歩みを遅くするため? それぐらいしか目的が思いつかないな。
それにオークヴィルを襲った大隊の行方は? もしジブラルタ側の計画的な越境侵攻だとしたら、パルマノヴァの砦にその部隊が詰めていないのは不自然すぎる。
――コンコンッ
応接室がノックされ執事が入室する。
「ギルバード様からの伝書でございます」
執事から手渡された手紙を父上が無言で目を通した。
「トラヴィスの町にジブラルタ軍約3千が到着したそうだ。敵将はフィオレンツォ・ジブラルタ王子。パルマノヴァ砦の即時解放を要求している。オークヴィルについては、言いがかりだとの主張を続けているようだな」
パルマノヴァの砦はオークヴィルから西に約30キロほど、シエラ山脈の麓にある。ウェイクリング領側からの進攻に備えたというよりは、周辺の集落や街道の治安維持のために建設された要塞だ。そこからさらに西に約20キロほどにあるのがトラヴィスの町で、オークヴィルと同様の宿場町だ。
「第一王子のフィオレンツォですか……」
兵数は同じ。要塞を抑えている分だけギルバードが有利か? いよいよ一触即発の様相となってきたみたいだ。
それにしても、ジブラルタ側の敵将は、探索者クラン『青の同盟』リーダーの第一王子フィオレンツォか。あくまで予想に過ぎないけど……なんとなく事のあらましが見えて来たような気がする。




