第365話 消息
オークヴィルは牧草地と樹海に接した緑豊かな山間の町だ。ほとんどの家屋は売るほどにある木材で建てられていて、石造りの家は少ない。
そのため火が回るのを防ぐのは難しかったのだろう。ほぼ全ての家屋が焼け落ちてしまった惨憺たる有様の目抜き通りを抜け、俺達は役場へと向かう。
絶品のクリームシチューを食べに何度も足を運んだ山鳥亭、格安で武具を用意してくれたヘルマンさんの武具店も、アスカの衣服を作ってくれたジェイニー&タバサの仕立屋も、何もかもが失くなっていた。
俺やアスカにとってオークヴィルは、始まりの森を出て初めて訪れた思い出深い場所だ。あまりに変わり果てた光景に、俺は押し黙って通り過ぎることしかできなかった。
「レスリー先生、ご無事でなによりです」
領兵が先触れをしてくれたので、役場の前で代官のレスリー先生が俺達を迎えてくれた。
「アルフレッド様……。申し訳ございません、辺境伯様よりお預かりしていたオークヴィルを、このようなことに……」
「頭を上げてください、レスリー先生。まずは詳しい話を聞かせてください」
「はい……。どうぞこちらへ」
役場やギルドの屋舎は石造りだったためか、木戸や窓は壊れているものの建物自体は無事だった。応接室に通され、向かい合ってテーブルにつくと、レスリー先生がおもむろに口を開いた。
「11日前の深夜、町の山側と森側から火を放たれたのです。雨あられのように降り注ぐ火魔法と火矢によって、町はあっという間に火の海となりました。街道から逃げ出した町民達の多くは町を取り囲んでいた海人族の部隊に殺され、逃げ場を失くし降伏を申し出た者たちもまた情け容赦なく屠られました。我々は彼らを守ることもできず、逃げ出すことしかできませんでした……」
「無抵抗の町民達まで……」
人口3千人ほどのこの町には、おそらく数十人程度の領兵しか配備されていない。冒険者達を含めても戦える者は百人にも満たなかっただろう。
町を取り囲むほどの部隊から夜襲を受けたとなると、抵抗など出来るはずもない。町民達を守ることなど出来るはずがない。それでも、レスリー先生は後悔と自責の念に肩を震わせていた。
「這う這うの体でチェスターにたどり着き、領兵の部隊と共に取って返した時には、海人族の部隊の姿はなく、町は跡形もなくなっていました。辺境伯は即座に反攻作戦に出ると決断され、ギルバード様を指揮官として、2千の領兵と約1千の傭兵の混合部隊が出兵しています。昨日、パルマノヴァの砦を落としたと聞いています」
「そうですか……」
ギルバードが指揮官か……。ウェイクリング家の次男だし、実力も十分だろうから妥当な人選か。
「レスリー先生、私の知人達の消息については、何かご存じありませんか?」
レスリー先生を含む知人達とは、つい先日に山鳥亭で会ったばかりだ。あの時に駆けつけてくれた人達のことはレスリー先生も知っているから、消息を把握しているかもしれない。
「隊商マルコと傭兵団『支える籠手』の面々は既にオークヴィルを発っていました。ジェイニー&タバサの二人は当時チェスターにいたそうで、難を逃れております。ヘルマン武具店のご一家は、作業場の地下の保管庫にて息を潜めていたそうで、皆ご無事です。今はチェスターに避難しております」
「そうか……」
「良かった……ジェシーも無事なんだね……」
アスカがほっと一息を吐く。
「魔物使いギルドのギルド長ニコラス、山鳥亭のキンバリーの夫妻は残念ながら……」
「そう、ですか……」
役場に来る前に目に入った、焼け落ちた山鳥亭が目に浮かぶ。つい最近にも、二人が教えてくれたシチューを作って、また山鳥亭に食べに行こうとアスカと話をしていたのだ。まさかこんな風に、二度と会うことも、二人の料理を食べることも出来なくなるなんて思いもしなかった。
「商人ギルドのギルド長エドモンドとセシリー嬢ですが……消息が分かっておりません」
「そんな……!」
青褪めていたアスカの顔色がさらに白くなる。呼吸を荒げ椅子から崩れ落ちそうになったアスカを慌てて抱きとめた。
「これは未確認の情報なのですが……」
「な、なんです?」
「冒険者パーティ『火喰い狼』を覚えておいででしょうか」
「火喰い狼……デール達のことですよね?」
賞金首の火喰い狼と一緒に戦った冒険者、デール、エマ、ダーシャの3人のパーティ名だ。先日オークヴィルに立ち寄った時には、シエラ樹海に潜っているということで、残念ながら彼等とは再会出来なかった。彼らが……どうかしたのか?
「あの夜は、彼等もこの町にいたのです。襲い来る海人族の部隊に果敢に抵抗し、商人ギルドの職員達と脱出を図ったと聞いております」
「デール達が商人ギルド職員と?」
「私達も領兵達とともに逃げ出すだけで精一杯でしたので、彼等が脱出できたかどうかはわかりません。なんとか逃げおおせた者はチェスターへ避難したのですが、その中には『火喰い狼』も商人ギルド職員の姿もありませんでした……」
そんな……デール達も……。
いや、あくまで消息不明だ。まだ死んだとわかったわけじゃない。
デール達は短い間にBランクにまで腕を上げた優秀な冒険者だ。凶悪な魔物が出現するという、シエラ樹海の奥深くに潜って狩りをするほどの実力者達なんだ。彼等と一緒に脱出を試みたというなら、セシリー達もまだ望みはある。
「遺体の中からも、彼等と思しき者は確認されていません」
「そうですか……。デール達と一緒なら、セシリーさん達も無事に決まってる。な? そうだろう、アスカ?」
「う、うん。そう、そうだよね」
過呼吸になりかけていたアスカだったが、背中を擦りながらそう声をかけると、だんだんと落ち着いてきた。
「状況はよくわかりました。ありがとうございます、レスリー先生」
「はい。ところで……アルフレッド様は、これからどうされるおつもりですか?」
どうする……べきだろうか。
ここに飛んできたのは状況を確かめるためだった。ジブラルタ王家とウェイクリング家の間に何らかの誤解があったのだとしたら、双方の緊張や衝突を解くことが出来ればと思ってはいた。
だが、オークヴィルのこの惨状を見ると、とてもじゃないが衝突を止められるとは思えない。止めるべきとも思えない。多くの民間人がいるというのに町を焼き払うような卑劣な真似をしたジブラルタ王国には、鉄槌を下すべきだとまで思ってしまっている。
「まずは……現状を把握すべきですね。チェスターに戻って父上と面会したいと思います」
「そうですね。軍事にかかわることは私ではわかりかねますので、辺境伯に伺うべきでしょう」
レスリー先生は役所の長ではあるが、軍の指揮命令権を持つわけではない。ジブラルタとの戦況や情勢についても、詳細な報告を受けているわけではなかった。まずはそれらを確認し、父上の考えを聞いておくべきだろう。




