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騎士とJK  作者: ヨウ
第八章 動乱のジブラルタ
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第364話 惨劇

「ここは……」


「始まりの森。チェスターの南に位置する、ウェイクリング辺境伯領の転移陣だよ」


 キョロキョロと辺りを見回すローズに、俺達の現在位置を伝える。


「本当にどこからでも転移できるのね」


 アスカが左前腕に着けている『龍脈の腕輪』を見ながら、エルサがつぶやいた。


 この腕輪は、行ったことのある転移陣へなら、どこからでも転移が出来る魔道具だ。しかも転移石を消費することなく、何度でも使用できる優れもの。


 WOT(ワールドオブテラ)では、黄金と白銀(ミスリル)、さらに十個もの転移石と各階層の迷宮転移石などを素材に作ることが出来る貴重品だったらしい。戦闘で危険な状態に陥った際に、緊急離脱することが出来るアイテムとしても重宝していたそうだ。


「アイツ、こうなることを見越して、あたし達にコレをくれたのかな」


「……だろうな」


 この『龍脈の腕輪』は、海底迷宮の50階層で魔人グラセール・グリードがアスカに投げ渡した革袋に入っていた。


「魔人族達が俺達の前から姿を消す時に使っていたのは、コレだったんだな」


「うん。たぶんラヴィニアが作ったんだろうね」


 何のつもりで俺達に腕輪を寄越したのかはわからないが、今回ばかりは助かった。腕輪が無ければ、王の塔から逃げ出すことも出来なかった。


 さて、これからどうするか。まずはオークヴィルに行って状況を確認すべきか。だが、その前に……


「ローズ、すまなかった。あのまま拘束されるわけにはいかなかったんだ。俺達と行動すると、ローズを今まで以上に難しい立場に追いやってしまうことになる。本当にすまない」


 俺はローズに向かって深々と頭を下げる。


 緊急事態に陥ったら龍脈の腕輪を使用するとは事前に打ち合わせをしていた。だが、あのような状況を想定していたわけじゃない。


 一国の王女を断りなく連れ出してしまったのだから、普通に考えれば大問題だ。例えローズが王女としての扱いを受けていなかったのだとしてもだ。


 ローズはジブラルタ王国を裏切ったと見做されてしまうだろうか。それとも俺達に拉致されたと思われるだろうか。


 どちらにせよローズには大きな迷惑をかけてしまう。もうジブラルタ王国に戻れなくなったしまうかもしれない。


「かまわないわ!」


 だがローズは全く気にしていないと言うように、いつも通りの勝気な目つきで胸を張った。


「ジブラルタとウェイクリングの争いを止めるために転移したんでしょう!? ワタシも手伝うわ!」


「…………そうか」


 ローズの立場からすると敵国に連れて来られたということになる。言葉や態度では虚勢を張れたとしても、突然に敵国へ連れて来られたら不安で仕方ないだろうに……。


「ローズ、ありがとう。お前のことは俺が絶対に守る。絶対にだ」


 俺がローズを巻き込み、勝手に連れてきてしまったんだ。絶対に危険な目にはあわせない。俺はローズの手を両手で握って、そう宣言する。


「ぇ……ぁ……う、うん」


 ローズが顔を真っ赤にして、歯車が狂った人形の様にぎこちない動きで頷いた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 始まりの森を抜けて、街道を西へ西へとひた走る。この早さならぎりぎり日が暮れる前にオークヴィルへと辿り着けるだろう。


 1年前にアスカと俺が初めてオークヴィルに向かった時は、移動だけで丸一日かかった。その頃に比べればアスカもかなり体力がついてはいるとはいえ、戦闘の加護を持つ俺達と同じ早さで走り続けることは出来ないので、俺が背負って走っている。


 シエラ山脈の中腹に差し掛かると、視界が開けた。青々と広がる牧草地の向こうに、うっすらとオークヴィルが見える。


「っ……!」


 遠目がきく俺とユーゴーが、同時に息を飲んだ。倒壊した家屋と焼け焦げた牧草地。見るも無残な光景が目に飛び込んで来たのだ。


「どうしたの……アル?」


「オークヴィルが……襲われたのは、事実みたいだ……」


 アナスタージアが言った『越境侵攻などしていない』という言葉を信じたかった。何かの間違いだと思いたかった。


「アスカ、皆、心の準備をしておいてくれ……」


 走りながら皆に声をかける。


 段々と近づいて行くにつれ、皆の目にもオークヴィルの惨状が見えてきたのだろう。最初にエルサが、次にアリスとローズが息を飲んで押し黙った。

 

「そんな……」


 アスカの目にも映ったようだ。何度も足を運んで薬草を摘んだ牧草地が焼き払われ、そこに数えきれないほどの亡骸が並べられているのが。


「止まれ!」


 遺体置き場を横目に街道を駆け抜け、町に入ろうとしたところで二人組の兵士に制止された。彼らは殺気だった様子で俺達に剣を向けている。


「待ってくれ、怪しい者じゃない。俺達は……ってエドガー?」


「アル!? なんでこんなところに」


 兵士の一人は、エドガーだった。チェスターで門衛長を務めているウェイクリング領兵で、俺の数少ない男友達だ。


「ジブラルタでこの町が襲われたって聞いて、急いでやって来たんだ」


「町が襲われた(・・・・)だって? ふざけるな……襲ったのはジブラルタじゃないか!」


 エドガーがギリっと歯を噛みしめ、声を絞り出す。


「いったい何があったんだ?」


 エドガーは憔悴しきった顔で、力無く息を吐く。生真面目なエドガーの顔に、無念さ、遣る瀬無さ、怒り……様々な苦悩が深く刻まれているのが見て取れた。


「10日ほど前に、海人族(マール)の部隊に襲われたんだ。山側と森側から火を放たれて、町が焼かれた。住民達のほとんどは焼け死ぬか、斬り殺された。逃げ出せたのは1割にも満たない」


「そん……な……」


「見ての通り、町は焼け野原だ。役場やギルド以外はほとんど何も残っちゃいない。残った建物も酷いもんさ。ヤツら根こそぎ奪って行きやがった。まるで野盗だよ」


「嘘でしょ……!? ジブラルタが、そんなことするはずが無い! 海人族は誇り高い海の民! 海の富を分けてもらいはするけど、人から奪うような非道な真似はしない!」


 ローズがわなわなと震えて悲痛な叫びをあげる。とても受け入れられる話じゃ無かったのだろう。


「なんだと……」


 それを聞いたエドガーともう一人の領兵の目に、剣呑な火が宿った。今にもローズに飛びかかりそうなほどの憤怒を浮かべ、ローズを睨みつける。


「ふざけるな! この有様が見えないのか! トカゲ野郎どもに何人殺されたと思ってる!? 三千人だ! この町で、牛や羊を飼って静かに暮らしていた、何の罪もない一般人のほとんどが死んだんだぞ!」


 いつも冷静で優し気な微笑を絶やさなかったエドガーが、感情を露わにローズを責め立てた。


 オークヴィルの惨状を前に、ローズの発言はあまりにも不用意だった。彼らが激情に駆られるのも無理はない。かくいう俺だって、頭の中が真っ赤に染まり、冷静な思考が出来そうにないのだ。


「エドガー、すまない。だけど、少し落ち着いてくれ。この町に友人や知り合いが、たくさんいるんだ。安否を確かめたい。生き残った人たちは、どこにいる?」


「……すまん、アル。ほとんどの人は、チェスターに避難した。何人かの顔役だけ、役場に残っている。レスリー代官も、そこにいらっしゃるはずだ」


「わかった。役場に行っていいか?」


「ああ」


 レスリー先生は、生き残ってくれたか。


 皆は、無事だろうか。


 セシリーは、ヘルマンさんは…………


 俺は逸る気持ちを抑えつけ、灼け崩れた町並みを抜けて中心部へと向かった。




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