第363話 急転
完全に取り囲まれてしまった。俺達に刃を向ける探索者達は……ざっと百人ってところか。セイブ・ザ・クイーンのメンバーもいるようだから、A級決闘士なみの実力を持つ者も、何人かはいるだろう。
上ってきた階段への扉は封鎖されたようだ。さっきのガチャって音はこれか。当然ながら屋外への出口は固められてるし、地下へも逃げられない、と。
うまく誘いこまれてしまったな。迷宮から出たら査定所を通らなくては外に出られないのだから、ここで待ち構えられたら逃げようがないのだけど。
「アナお姉さま……なんで……」
「武装を解除なさい、ロゼリア。貴方を傷つけたくないわ。さあ、その杖から手を離すのです」
俺は声を震わせるローズの前に出て、短杖を向けるアナスタージアと対峙する。
「アナスタージア、貴様らこそ武装を解除しろ。他国の王侯貴族に対し、これがジブラルタの礼儀か」
しばし睨みあうが、アナスタージアはピクリとも表情を動かさない。
「……言ったはずです。国家安全維持法に基づき拘束すると。あなた方にジブラルタ王国の安寧を害するおつもりが無いのであれば、大人しく我らに従ってください」
「国家安全維持法? 何の法だか知らないが、俺達はジブラルタの法に触れるようなことをした覚えは無い。従う義務は無いな」
短杖を向けるアナスタージアに正対し、円盾の裏に仕込んだ火喰いの投げナイフに指を伸ばす。魔法使いが如何に素早く攻撃魔法を放ったとしても、詠唱時間の分だけ俺の投擲の方が早い。
「この人数相手に抵抗するおつもりですか?」
「謂れのない罪を着せられるのなら、抵抗せざるを得ないな」
次に合図をしたら威圧効果のある【戦場の咆哮】を発動せよと、ユーゴーに指で合図をする。何らかの動きを見せたら即座にアナスタージアにナイフを飛ばし、身柄を抑えて人質にしてやろう。
「ま、待って、アナお姉さま! お姉さまに逆らうつもりなんてない! 迷宮を出たら、アナお姉さまに庇護を求めるつもりだったの! アルも王国を混乱させないためには、そうした方が良いって!」
焦燥感に駆られた様子でローズが叫ぶ。実力行使に出た相手に今さら何を言ってもしょうがないだろうと思ったが、意外にもアナスタージアの表情に戸惑いが浮かんだ。
「……何か誤解があるようですね。私が権力欲を満たすために、あなた方を害そうとしているとでも?」
ん……? どういうことだ? ローズが邪魔になったから、俺達ごと排除しようとしているのではないのか?
「武器を突き付けておいて、誤解も何も無いのではないか? アナスタージア」
「誤解があると言ったのは、あなた方を拘束する理由です。『国家安全維持法』と言ったでしょう?」
国家安全維持法……名前からすると、国家の安全に危害を及ぼす犯罪行為を取り締まり、処罰する法だろう。対象は国防、王権転覆、防諜などか? 俺達が王権転覆や諜報を企んでいるとでも……?
「今朝、王の塔に伝令が届きました」
アナスタージアは俺達の反応を窺うように、ゆっくりと語る。
伝令……?
「シエラ山脈の砦パルマノヴァが、ウェイクリング辺境伯の軍勢によって落とされたそうです」
「…………はぁっ?」
ウェイクリング辺境伯の軍勢? 父上が……ジブラルタに攻め入った? いったい何を……言っているんだ?
「そのご様子ですと、何もご存知ないようですね……?」
ジブラルタ王国と良好な関係を築いていたウェイクリング家が、侵略戦争を起こした? そんなこと……あるはずが無い。
「ウェイクリング辺境伯は、シエラ山脈のとある町がジブラルタ王国の越境侵攻を受けたため、直ちに報復したと主張しているそうです」
シエラ山脈の町が……侵攻を受けた……だと?
「ジブラルタ王国は越境侵攻などしておりません。ウェイクリング辺境伯の謀略でしょう」
「……その、シエラ山脈の……町とは……?」
背筋を冷たい汗が伝う。胸がざわつく。嫌な予感がする。
違う。俺の勘違いだと言ってくれ。
パルマノヴァの砦。チェスターからシエラ山脈を越えてすぐの国境の砦。
じゃあ、その町って……
「山間の町、オークヴィルです」
「っ……!! オークヴィルを、襲っただと!?」
頭の中が真っ赤に染まっていく。ジブラルタが、あの牧歌的で、穏やかな町に侵攻した!?
「ですから、そのような事実はありません。ジブラルタ王国が陸路でウェイクリング辺境伯領に侵攻すると思いますか? 侵攻するならば、我らが最強の船隊を用いてチェスターを急襲します。ウェイクリング家の方なら、おわかりでしょう?」
「それは……」
確かに、アナスタージアの言う通りだ。世界に名だたる海洋国家のジブラルタなら、船隊で沿海地域に攻め入り、陸戦部隊を一気に上陸させる作戦を採るだろう。
逆に陸戦においては機動力に勝る央人族の方が有利だ。わざわざ自分達の得意とする海戦を選ばず、陸路から侵攻することなどないだろう。先制攻撃なら、なおのことだ。
だが、ジブラルタ王国とウェイクリング辺境伯領の関係は良好だったはずだ。陸路、海路共に活発な貿易が行われ、双方に利益がある関係だった。互いに侵略戦争を起こすような、理由が無い。
くそっ……ウェイクリング家がジブラルタ王国に攻め入ったというのは真実なのか……? それなら、オークヴィルが侵攻を受けたというのは?
「あなた方を見逃すわけには参りません。不当な扱いをすることは無いとお約束します。どうか剣を収め、私達に従ってください」
どうする……?
こんなわけがわからない状況で拘束されるわけにはいかない。俺達が本気で戦えば、ここにいる探索者達を蹴散らして塔から逃げ出すことも可能だろう。だが……
「いたずらに抵抗されても、互いに無用の被害が出るだけです。あなた方の力量があれば、ここにいる戦士達を突破することも不可能ではないかもしれません。ですが、この王の塔の周囲は十を超える戦艦が取り囲んでいます。どうやっても、この塔から逃げ出すことは出来ません」
そうだろうな。もし王の塔から出れたとしても、陸地に行くには船に乗らなければならない。さすがに海上戦闘が得意な海人族を突破できるとは思えない。
「ご理解いただけましたか?」
アナスタージアが油断なく俺達を見据えながら、そう言った。
不当な扱いをすることは無いというアナスタージアの言葉に嘘は無いと思う。
彼女の立場をからすれば、自分達よりも遥かに強いとわかっている俺達の前に立つ必要なんてない。抵抗されて自身を危険に晒してしまうかもしれないのだ。
それに状況を丁寧に説明する必要だってない。部下の探索者や兵士に命令して、強引に俺達を拘束すればいいのだから。
わざわざ俺たちの前に立ったのは、双方の被害を減らすために、なんとか投降するように呼びかけたかったからだろう。
「ああ……だが、拘束されるわけにはいかない」
オークヴィルがどうなっているのか、ウェイクリング辺境伯領がどんな状況になっているのかを、この目で確認したい。ここで拘束されたら、人質にされ、身動きが取れなくなってしまう。
「ローズ、巻き込んでしまって、すまない」
俺はローズに向かって囁きながら、指で合図を送る。
「グラアァァァァァッ!!!」
即座にユーゴーが【戦場の咆哮】を発動する。威圧と自己強化の効果があるスキルで、大半の探索者が恐慌状態に陥った。
「くっ……愚かな! 逃げ場は無いと言ったでしょう! 皆さん、『龍の従者』を拘束しなさい!」
アナスタージアが、短杖を振り号令を下す。威圧効果に耐えた探索者もそこそこいるようだ。だが、ここで捕まるわけにはいかない。
「アスカッ!」
「了解! 『龍脈の腕輪』起動!!」
アスカが声を張り上げて、片手を頭上にかざす。前腕につけた金色の腕輪が強く輝き、光が俺達を包む。次の瞬間、俺達は始まりの森の転移陣に立っていた。




