第360話 九頭竜
「50階層のボスは、九頭竜です! 討伐難易度は堂々のSランク!」
「九頭竜!?」
「Sランク……厄災級の竜種かよ」
「さらに! WOTと同じなら、ボスの後は魔人族との連戦です!」
「まじか……。でも、50階層では魔人族と戦うことになるだろうって話だったな……」
九頭竜と魔人族の連戦か……。厳しい戦いになりそうだ。
「んふふ。煽ってはみたけど、そんなに心配しなくても大丈夫だよー」
不安そうな顔を浮かべた面々に、アスカは軽々しく言ってくれる。
「そうは言っても……」
「じゃあ逆に聞くけどさ、地竜の洞窟で戦ったロッシュと今のアルが戦って負けると思う? 闘技場で戦った不死の合成獣も同じSランクだけど、このメンバーで戦っても苦戦するかな?」
そう言われて俺とエルサは顔を見合わせる。
ロッシュ? 正直言って負ける気がしない。当時の俺だって問題無く戦えていた。焦って苦戦はしてしまったけど。
そして、不死の合成獣。アイツには舞姫エルサ、重剣ルトガー、拳聖ヘンリーさん、そしてアスカと俺の5人で戦いを挑んだ。あの時は合成獣のブレスをアスカが妨害してくれていたから、なんとか戦えた。でも今の俺達なら……?
「前はスタン嵌めして戦うしかなかったけど、今のあたし達なら余裕で戦えると思わない?」
まあ、確かに。今なら合成獣のブレスだって、俺の【鉄壁】で防げると思う。あの当時だって出来たんだから、注意を引き付けて攻撃をあしらうのも問題ない。さらにエルサの魔法とユーゴーの剣、アリスの槌、ローズの治癒だってある。
うん、間違いなく勝てる。
「九頭竜があの不死の合成獣と同程度だと言うなら、十分に勝てる相手ね。あの頃に比べると、魔力も身体能力も比べられない程に強くなっている。私も、アルも」
エルサも同感のようだ。連戦ではなく不死の合成獣とロッシュが同時に襲ってきたとしても、なんとかなるんじゃないか?
「このメンバー全員、決闘士武闘会でも火龍杯でも余裕で優勝出来るくらいになってるからね。九頭竜ぐらい余裕だって」
「そうね! 階層主を倒して水龍インベル様に認めてもらうわ!」
ローズが両手をぐっと握って勝気な笑みを浮かべた。
アスカのシゴキを体験し、ローズもまた大きく成長している。
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ロゼリア・ジブラルタ
■ステータス
Lv : 33
JOB: 導師Lv.★
VIT: 536+50
STR: 182
INT: 1720+50
DEF: 508
MND: 2095
AGL: 762
■スキル
第六位階光魔法
初級杖術Lv.3
■装備
白銀の杖
双竜のローブ
オニキスのペンダント
アメジストのブレスレット
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最初は四肢を切り落としたオーガで熟練度を稼いでいたが、ある程度成長してからは支援無しの単独で戦わせていた。大斧を振りかざして迫るオーガや牙を剥きだしにして吠える水竜に、ローズは半泣きで【光の盾】を張ってた。よく心が折れなかったものだ。
今やローズは、Aランクのゴブリンキングやトロールキングすら単独で討伐できるほどの実力を身に着けている。初めて会った時にはレベル一桁だった少女が、数週間でA級決闘士を上回るステータスを獲得したのだ。
「ってことで、明日の作戦会議するよー! かんぱーい!」
アスカが蜂蜜酒を掲げ、エルサとローズはワインに口をつけ、他はエールを木製ジョッキで呷る。一杯だけにするけど、軽く飲みながら話した方が会議は踊るんだよね。ちなみに場所はいつもの屋外広場で、エースも一緒だ。彼女も美味しそうにエールをバケツで飲んでる。
エースは海底迷宮に連れていけないので、昼間は放置してしまっている。運動不足になってしまうと心配していたけど、勝手に厩舎を抜け出して一人で山を駆けまわり、悠々自適に過ごしているらしい。
厩務員がエースを止められるわけも無いので、諦めて好きにさせている。棚田の米には一切目もくれず、山の木の芽やら薬草やらを好んで食べているそうだし、街の方には行かないみたいだから、まあいいだろ。
俺達は談笑しながら、アスカから九頭竜と魔人族についての作戦を話し合い、幌馬車とテントに別れて寝床に着いた。
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50階層は転移陣の神殿をそのまま大きくした様な広大な空間だった。暗くて正確にはわからないが天井までの高さは約20メートル、左右の幅はおおよそ200メートルほどはありそうだ。
自然洞窟と坑道のちょうど中間のようなゴツゴツとした海底迷宮が、一転して幻想的な空間へと様変わりした。床や壁は黒に近い褐色の石材が隙間なく積み重ねられ、広間には無機質な円柱が等間隔に林立している。
九頭竜は、その中央に鎮座していた。九つの頭部を持つ巨大な蛇。金竜や海竜よりもなお大きく、強烈な威圧感を放っている。
「さすがは、Sランクってところね」
「さてやるか。あいつの次には、魔人族が待っている。さっさと片付けよう」
「やるのです!」
「行くぞっ!」
俺は【不撓】と【土装】を重ね掛けしながら先行して走り出す。エルサとローズ、アスカは少し離れて俺の後を追い、ユーゴーとアリスは左右に散った。
「キシャアァァァッツ!!」
九つの頭が一斉に雄叫びを上げた。重なり合う咆哮は腹にずっしりと響き、スキルを発動したわけでもないのに【威圧】のような圧迫感をはらんでいる。
「やかましい! 【挑発】!」
今日の俺の役割は、騎士の本懐である盾役だ。それぞれが自律的に動く九頭を引きつけ、ブレスの一切を後ろへ通してはならない。
「はぁっ! どうした、そんなもんか!?」
僅かに時間差をつけながら次々と突っこんでくる頭部を盾で弾き、聖剣でいなしていく。
ああ、我ながらすごいな。あの巨大な質量であっても、問題なく耐えられる。躱すこともわけがない。アスカの言った通りだ。俺達は、強くなっている。
「シャアァァァッ!!」
「ブレス来るよ!」
「おうっ! 【大鉄壁】!」
九つの頭が一斉に大きく息を吸い込み、ブレスを吐き出した。魔弾を束ねた様な黒い光の帯、巨大な氷塊、青白い閃光を伴った稲妻、岩の散弾、燃え盛る放射炎が魔力の盾に殺到する。
九頭竜の恐ろしい点は、この多種多様な属性のブレス攻撃だ。海底迷宮に多く現れる水竜や氷竜に合わせて水属性防御に特化した防具を身に着けていると、ここで痛い目を見てしまうそうだ。
「ぐっ……」
そしてさらに厄介なのは毒のブレスまで吐いてくることだ。毒液は魔力盾で完璧に防いだが、俺の周囲に撒き散らされた毒煙までは防げない。毒々しい紫色の煙を吸い込んでしまい、喉と胸が焼けるように痛みだした。
「【解毒】!」
だが、俺達には通じない。すかさず飛んできた白色の光球が俺の身体に吸い込まれ、肺を焼いていた痛みがすっと消失する。ローズの光魔法だ。
「【回復】!」
続けて青緑色の暖かな光に包まれ、身体が内側から癒されていく。
「ローズ、助かった!」
「回復はまかせなさい!!」
俺の盾に、ローズの癒し。そこにアスカの魔力回復まで加わったら、まさに『鉄壁』だ。Sランク竜種のブレスだって、何度でも余裕で捌けるだろう。
「キシャアァァァッ!!」
再び鎌首をもたげて九頭竜が奇声を発した。
ふふん、そんなに俺に集中してていいのか? いや、挑発で注意を引き付けてるのは俺だから、思い描いた通りの状況ではあるのだけど。
「【槍雨】!」
エルサの玲瓏な声に続いて、無数の岩の槍が轟音を立てて九頭竜へと降り注いだ。




