第359話 勇者シリーズ
「え? 聖騎士にはなれない?」
「うん……」
全ての中位加護の修得が済み、アスカに次はどうするのかと聞いてみたら、予想外の回答が返ってきた。
「えっと……今までみたいに、どこかに『大事な物』があるんじゃないのか?」
始まりの森の聖域の神殿にあった『始まりの武器シリーズ』、各地の転移陣の神殿に保管されていた『王家の武器シリーズ』。それらを手にすることで俺は新たな加護を習得して来た。
中には『紅の騎士剣』や『漆黒の短刀』で加護を得たなんて例外もあったけど、基本的には『神具』と呼ばれる武器を入手することで新たな加護を得ていた。上位加護も、そうやって手に入れる物だとばっかり思っていたのだけど……。
「実はね、上位加護は……追加ダウンロードコンテンツだったの」
「だうんろ……なんだって?」
「ダウンロードコンテンツ。WOTの追加拡張データ」
「ええと、ルクス語で頼む」
ニホン語と神聖ルクス語はほとんど同じって聞いてたんだけどな。アスカが何を言っているのかわからん。
「えっと……WOTは物語の中に入れるようなものって言ってたじゃん? WOTっていう厚い本に、ページを追加するってイメージかな?」
「なるほど。薄い本を挿しこむ」
「いやいや。薄い本だとオカズって意味に……」
「オカズ? 薄い本を食うのか?」
「ごめん、脱線した」
アスカが顔を赤くしてぶんぶんと両手を振る。意味が分からん。
「例えばね、WOTだと『ヴァレンティナの権杖』ってのを、現金で買えるの。で、それを使えば【大魔道士】になれるってわけ」
「現金で……加護が買える?」
「うん。でも、この世界じゃ神具を買うなんて出来ないでしょ?」
「ああ、神具が売ってるなんて……聞いたことも無いな。エルサ、何か知ってるか?」
「聞いたことも無いわね」
エルサが左右に首を振る。アリス、ユーゴー、ローズも同様に知らないようだ。
「でも、ヴァレンティナって名前には、聞き覚えがあるわ」
「ホントか?」
「ええ。神人族の勇者ヴァレンティナ・アストゥリア。エウレカに現れた魔人族を追い払った偉人の名前と同じね」
ああ、そうか。勇者、というか過去の『龍の従者』の名前か。
「聖騎士の加護は『聖剣レオンハート』、武闘家は『ヴァルターの手甲』、龍騎士は『聖槍ジークフリート』、聖者は『ガリバルディの王笏』。『勇者シリーズ』の神具ね」
「勇者達が遺した武器ってことか?」
「うん。WOTでは現金で購入出来たけど、この世界じゃ入手方法がわからないから……ごめんね?」
「あ、いや、アスカが謝ることじゃない」
しまったな。当然のように上位加護を得られると思っていたから、ついアスカを問い詰めてしまった。まるでアスカを責めてるみたいじゃないか。
まったく……。森番の俺がたくさんの中位加護を得られただけでも、まるで奇跡だというのに。どんだけ強欲なんだ俺は。
「ねえ、もしかしたら各国の王族や貴族なら、遺物として保管していたり、情報を持っていたりするんじゃない?」
エルサがふと思いついたように、そう言った。
「それは……あるかもな」
「アリスは聞いたことないですが、父上なら何か知っているかもしれないのです」
「母様ならご存知かもしれないわ! 聞いてあげる!」
「ああ。ローズ、ありがとう。もしかしたらセントルイス王家でも何か知っているかもしれない。陛下に聞いてみるのも良いかもな」
まあ、時間があればの話だけど。今は50階層を目指すことが優先だし、その次は聖都ルクセリオを目指すことになる。残念ながら『勇者シリーズ』を探す暇なんて、当分は無いだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……以上が、今日45階層に挑む前の小休憩での会話だ。
エルサとユーゴーはまだ成長の余地があるが、上位加護ともなると加護レベルはそう簡単に上がらなくなる。キリが無いし、当面の目標は達成したのでアスカ式ブートキャンプは止めることにした。
「なるほど。ついに50階層に挑まれるのですな」
「ええ。明日、海底迷宮を踏破します」
「はは。前人未踏の階層に到達すると言うのに、余裕綽々ですな」
明日の攻略に備えて休む前に探索者ギルドに立ち寄り、鰐顔ギルドマスターのバティスタに報告をする。今日は聞いておきたいこともいくつかあるからな。
「前人未踏ということはないのでは? あの、勇者ガリバルディも海底迷宮を踏破されたのでしょう?」
うん、我ながら巧い。自然な流れで勇者の話に持っていったぞ。
「ああ、ガリバルディ様が迷宮を踏破されたころは、海底迷宮は30階層までしか無かったのですよ。それから数百年経ちますが、30層より先の攻略は進んでおりませんでした」
「へぇー。迷宮って成長するんだ?」
「ええ。年々、海の底の深く深くへと成長し続けています」
「ふーん。じゃあ、30層を突破できてたんだし、あのスカした王子君も大昔なら勇者になれたかもしれなかったんだねー」
おいおい、せっかくガリバルディの話を振ったのに、そっちに話を持って行くなよアスカ。それに、一国の王子に対してその言い草は無いだろう。もっと言ってやれ。
「バティスタ! 『ガリバルディの王笏』って知らない!?」
おっ、いいぞ、ローズ。空気を読まずに、話の流れをぶった切る。さすがだ。
「『ガリバルディの王笏』ですか……聞いたことはありませんが、どういった物なのでしょう?」
「先端におっきな金剛石がついた杖なんだけど、見覚えないかな?」
「ふむ。存じ上げませんが、勇者の名を冠する杖ですか……王家の宝物庫に眠っているかもしれませんな」
「それが欲しいの! 宝物庫を探して!」
「ロゼリア様、無茶なことを仰いますな。目録を調べるぐらいなら出来ますが、あったとしても持ち出すことなど出来はしませんよ」
「あ、いや、欲しいと言っても、偉人の武具に触れてみたいだけなのです」
少しだけでも持たせてくれたら、アスカが『使える』だろうからね。別に所持する必要は無いだろう。
「それぐらいでしたら、お調べしておきましょう。手にするだけなら女王陛下に願い出ればなんとかなるかも知れません」
「ええ、ぜひ。感謝します」
ローズのおかげで話が上手くまとまった。もしかしたら上手くいくかも、ぐらいに思っておこう。
「ところで……王子達の動きはいかがですか?」
そして本題。王子と王女ついての情報収集だ。
アザゼルが言っていた『ジブラルタの動乱』が起こるなら、この二人が関わっていないということはないだろう。フィオレンツォの方は30階層で追い払ってからというもの姿を見せないし、アナスタージアの方もパーティ解散の要求を無視したから反感を買っているだろう。二人の動向は確認しておくべきだ。
「セイブ・ザ・クイーンの方は、特に大きな動きは無いようですな。安定して35階層を攻略できるようになり、良質な魔石や素材を次々と納品されています」
なるほど。まだ35階層付近に留まっているのか。アスカお手製の攻略地図を渡してるってのに、慎重だな。
「青の同盟も大きな動きはありません。未だ35階層の攻略にも成功しておりません」
「そうか」
「傭兵ギルドに赴かれていたと聞きました。おそらく探索者の補充のためでしょう。このままではアナスタージア様にますます差をつけられてしまいますからな」
あいつはもう後継レースから脱落かな? セイブ・ザ・クイーンが色々と触れ回っているそうで、最近じゃフィオレンツォと青の同盟は、『横殴り殿下』とか『擦り付け同盟』とか呼ばれてるみたいだからなぁ。
まあ、まだ一触即発って雰囲気でも無いし、今のところ魔人族は影も形も見えない。とりあえず海底迷宮でも、攻略しておきますかね。




