第357話 ストーリーその2
「ねえ、アル」
「うん?」
アスカ達の入浴風景を脳裏に描きながら焼きワインをチビチビと舐めていたら、いやに真剣な顔をしたエルサに呼びかけられた。
「さっきのアスカの話では、アザゼル達は神龍ルクス様の神座へと至る転移陣を破壊しようとしている、ということだったわよね?」
「ああ、そうだな」
アスカがローズに説明していた、WOTの展開についての話のようだ。
「神龍ルクス様の神座、そこへ至る転移陣って何なのかしらね。そんなの聞いたこともないわ」
「……神座ってのが何なのかは分からないけど、アスカがそこにあると言うなら、あるんじゃないか?」
アスカが知っていた各国の『龍の間』や転移陣の場所は、いつも正確だったしね。
「あ、疑っているわけじゃないの。ただ、アザゼルの目的がその転移陣を破壊することなら、なぜ彼らはルクセリオを襲っていないのかしら」
それは俺も何度となく考えた。ヤツらがわざわざ各国で暗躍する理由がわからないのだ。愉快犯ってわけじゃないだろうし。エルサの言う通り、さっさとルクセリオを襲った方が手っ取り早いはずだ。
チェスターを襲ったフラム、地竜の洞窟に現れたロッシュ、神人族の神子ラヴィニア、世界樹で交戦したジェシカ、そして魔人族の王アザゼル。ヴァリアハートや闘技場で氷矢の雨を降らせたグラセールというヤツもいる。
ヤツらが束になって襲い掛かってきたら、聖ルクス教の神殿騎士達であっても聖都を護りきれるとは思えない。
「前にアスカに聞いたことがあったんだ。なぜアザゼルは最初から聖都ルクセリオを襲わないのかって。アスカもわからないってさ」
「そう……」
「以前から思ってたんだが……アザゼルの狙いは俺達に守護龍の天啓を受けさせること……各国の王族を龍の従者にすることのようにも思えないか?」
ガリシア族長の娘アリス、アストゥリア選帝侯家のエルサ、マナ・シルヴィア王家の血を引くユーゴーが龍の従者となった。そして今度はジブラルタ王国の王女ローズだ。
なぜか俺達の仲間は各国の王族の関係者ばかりだ。かくいう俺だって、セントルイス王家の遠い親戚にあたる。かなり遠縁だけど。
「偶然にしては出来過ぎてる……誘導されているような気もするわね……」
アリスと俺達はランメル鉱山で偶然に出会った。だが、俺達と出会わなくても、レリダが陥落したことを知ったらアリスはレリダ奪還作戦に加わっただろう。結局はアリスと出会っていたような気もする。
エルサとは闘技場で出会ったわけだが、俺達はエルサと出会わずともいつかはエウレカに向かっただろう。不死者を倒すために地下墓所に向かえば、エルサとは顔を合わせたのではないか?
ユーゴーはどうだろうか。出会いはカスケード山の盗賊のアジトだ。あれは完全に偶然のような気がする。でも、シルヴィア大森林に行ったら、母のユールとは出会うことになっただろうな。そうなるとユーゴーとも?
「考え過ぎかな……」
「全ての人族の、しかも王侯貴族の『龍の従者』が必要……ということ? WOTではどうだったのかしら?」
「それが、アスカの話では『龍の従者』なんてのはなかったそうなんだ。各地の『龍の間』を巡ると聖なる武具を貰えるってのは同じだけど……武器の種類は違ったらしい。『地龍の間』では手甲、『天龍の間』では杖、『風龍の間』では短剣だったそうだ」
俺達が授かったのは地龍の戦槌・天龍の短杖・風龍の大剣だ。火龍の聖剣だけは同じだったらしい。
「『水龍の間』ではどうなるかしらね」
「さあな……。今までの流れで行くと、ローズが持ってる杖が聖武具に昇格するような気がする」
どちらにせよ、なるようにしかならないか。アスカの言う通り魔人族が待ち構えているなら倒すし、龍の間でローズが『水龍の従者』となったら正式に仲間になってもらう。俺達に選択肢があるわけじゃないんだ。
「それと、気になったのは『魔なる者の王エドワウ』の名ね」
エドワウ? ああ、さっきアスカが言っていた、WOTの詩のことか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二つの大いなる力があった
天の王たる龍 ルクス
魔なる者の王 エドワウ
大いなる力は相争う
齎されたのは大災厄
大地は震え
天は引き裂かれた
末に龍は魔を打ち破る
しかし龍の力も砕かれた
砕かれ分かれた力はテラに散り
傷ついた人を癒し
傅く人を導いた
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「エドワウと言えばセントルイス王国の英雄王、エドワウ・セントルイスでしょう?」
エドワウ・セントルイス。セントルイス王家の祖先の一人で魔人族を撃退した英雄だ。確か王都クレイトンに彼の名がついた通りだか門があったような気がする。
「偶然の一致じゃないか? 珍しい名前ではあるけどさ」
「そうかしらね……。WOTと現実、どちらにも存在する人物もいるのでしょう?」
「うーーん……」
弟のギルバード・ウェイクリング、セントルイス王家のマーカス・フォン・セントルイス王子、ガリシア氏族のジオット・ガリシア族長はWOTでも登場したそうだ。キャロルの父であるキール・トレス・アストゥリアは、WOTでは皇帝だったらしい。シルヴィア大森林、ジブラルタ王国では知った名前の人物は、全くいなかったそうだけど。
「WOTと現実では、合致することもあるし、まったく違う場合もあるみたいだからなぁ」
「結局は守護龍の天命に従って、行動するしかないのね」
「そうだな。アザゼルに誘導されている気もするが、守護龍には魔人族から世界を救えと言われている。出たとこ勝負で行くしかないさ」
元々はアスカをニホンに帰してあげるために出た旅だ。俺は信心深くもないので、天命なんて正直どうでもいいんだけどね。
アスカにニホンに帰って欲しくないと伝えはしたが、まだ回答はもらっていない。記憶が曖昧とは言え、この世界に残れば育った土地にいる家族や友人とは二度と会えなくなる。そう簡単に決断できることではないだろう。それなら、アスカがどちらの選択をしても良いようにするだけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【氷雨】!」
エルサが発動した水魔法【氷雨】が白銀人形に降り注ぐ。膨大な数の氷矢が殺到するが、白銀人形は僅かに体勢を崩しただけで、何の痛痒も感じていないように見える。
それもそのはず。45階層の階層主である白銀人形は高い魔法防御力を誇り、魔法攻撃は第七位階の大魔法であってもほとんどダメージを与えられないのだ。まあ、だからこそ練習相手にはちょうどいいのだが。
「【覇撃】!」
ユーゴーが両手持ちした風龍の大剣を豪快に振るう。左脚を半ばまで切り裂かれ、もう1体の白銀人形が膝をついた。
「ユーゴー、手足を捥ぐぞ! 【貫通】!」
「【崩撃】!」
俺の放った【竜騎士】のスキルが白銀人形の左腕を砕き、続いてユーゴーの斬撃が右脚を切り飛ばす。
【貫通】はその名の通り、高い防御力を持つ敵の表皮や防具であっても一点突破する突き技だ。【槍術士】の【牙突】の上位互換といったところか。
アスカは槍を装備していないと発動できないと言っていたが、試してみたら火龍の聖剣でも問題なく発動できた。これもまたWOTとの違いの一つだな。
そして、ユーゴーが使ったのは【獣騎士】のスキルだ。両方とも大剣による斬撃攻撃だが、攻撃とともに敵の防御力や魔法防御力を奪う効果があるらしい。
こちらはWOTには無かった加護らしく、ユーゴーによる『敵が柔らかくなる』『魔法が効きやすくなる』という証言をもとに、アスカが『識者の片眼鏡』を使いながら検証しているところだ。
今の段階でわかっているのは、敵のステータスを一時的に低下させる効果があることと、攻撃に成功すればするほど効果が累積していくこと。どのくらいの割合で敵の能力を削げるのか、どれぐらいの持続時間があるのかを、さらに詳細に調べるらしい。毒々しい意匠の眼帯を着けながら、アスカは楽しそうに検証している。
「おっけー! アル、【貫通】は修得! 次、【鎧通し】ね! ユーゴーもそろそろだよ、がんばって! エルサはまだまだだから、そのまま続けて! ローズ、エルサのガードよろしくね!!」
「おう!!」
当面の目標は俺が導師と竜騎士の加護を修得すること、エルサの第七位階の魔法修得、ユーゴーの獣騎士の加護修得だ。ローズは既に導師の加護修得を済ませているので、サポート役に回ってもらう。
これから1週間、40と45階層の階層主を狩り続ける予定だ。トロールキングと白銀人形に毎日相手してもらうことになるってわけだ。
「よろしくな、白銀人形」
ん? 発声器官が無いはずのゴーレムから、悲鳴が聞こえたような気がしたが……空耳だよな?




