第356話 ローズの選択
「異世界転移? 世界を救う? 何を言ってるのか分からないわ!」
「ま、そうよね」
「うんうん、なのです」
ローズが頭を抱えて叫ぶと、アリスとエルサがそれに同意するように頷いた。
確かにね。いきなりこんな話を聞かされたら、俺だって信じない。耳を傾けて理解しようと努めているだけ、ローズは人が良い。
「もっかい、まとめるね? あたしは異世界でWOTっていう、この世界によく似た世界を描いたゲームをしたことがあったの。そのゲームは加護とスキルを身に着けて、聖都ルクセリオにある神龍ルクスの神座を破壊しようとする魔人族を倒すってストーリーだった。ここまではオケ?」
「そういう物語を読んだのよね! 理解したわ!」
ローズが得意そうな顔で答える。
「あたしは気付いたら、この世界に転移してきてて、アルと出会ったの。そんで、あたしの【JK】の加護でアルの【森番】を戦闘の加護に変えて、元の世界に戻るために二人で旅に出たのね」
「アスカとアルフレッドの加護が意味わからないけど、まあいいわ!」
「それには完全に同意だわ」
腕を組んで頷いたローズの横で、エルサも頷く。JKも森番も意味不明な加護だからねぇ……俺も同意するよ。
「で、王都クレイトンに行ったら色々あって、火龍イグニスに聖剣をもらったの。次にガリシア自治区に行って、また色々あってアリスが地龍ラピスに戦槌をもらったのね。そんでアストゥリアでエルサが杖をもらって、シルヴィア大森林ではユーゴーも大剣をもらったってわけ」
「だいぶ端折られたのです」
「雑だな」
アリスとユーゴーがなんとも言えない顔で呟く。うん、1年以上の旅がなんともあっさりまとめられたものだ。
「たぶんだけど、その土地に住む種族の人があたし達と一緒に『龍の間』に行くと、聖武器を授けられて『龍の従者』ってのになっちゃうの」
「補足すると『龍の従者』ってのは、神龍ルクス様の分霊である守護龍が、種族間の争いを治めるために力を与えた戦士のことだ。聖ルクス教の高位神官や各国の知識人の間では、わりと知られた存在らしい。一般的には『勇者』の方が通りが良いな」
「勇者ガリバルディのことならよく知ってるわ!」
うん、そりゃ知ってるよな。水龍インベルの祝福を受けた戦士、海人族の勇者ガリバルディ。侵略戦争を仕掛けたセントルイス王国を撃退したジブラルタ王国の勇者だ。ちなみにウェイクリング家は侵略戦争を主導した、とある公爵家の血筋を引く一族だったりする。
「それでね、このままあたし達と一緒に50階層にある『水龍の間』に行くと、たぶんローズが『龍の従者』になっちゃうのよ。今までのパターンから行くと」
「話した通り『龍の従者』には守護龍から聖武具を与えられて、魔人族と戦う天命が下される。俺達はそれぞれ魔人族との因縁があるけど、ローズにはそんなもの無いだろう? おそらく『龍の間』には魔人族が待ち構えていると思うし、魔人族の王アザゼルともいつか戦うことになる。元々ローズは、ジブラルタ王国の中での立場を確立するために、俺達と一緒に迷宮に挑んだんだろう? そんな戦いにローズを巻き込むのは、どうかと思ってな……」
「それにアナスタージア王女の仰っていたこともあるでしょう?」
エルサが溜息をついて、眉根をひそめる。
アナスタージアが懸念していたのは、ジブラルタ王国内での後継者争いについてだった。
第一王女アナスタージアのクラン『セイブ・ザ・クイーン』は35階層に到達した。45階層までの地図も渡しているから、すぐにとはいかないだろうが40階層の突破も時間の問題だろう。
対して第一王子の『青の同盟』は未だ35階層にも到達できずに足踏みしている。このままいけば第一王女が女王の後継者になるであろうことは、誰の目にも明らかだ。浅ましいことに第一王子を支援していた貴族達は挙って第一王女に擦り寄る動きを見せているらしい。
そんな状況下で、ローズが『龍の従者』となってしまったら、ジブラルタは新たな火種をかかえることになる。
前述の龍の従者・勇者ガリバルディは、ジブラルタ王家の祖先であり、王国の中興の祖と呼ばれる名君でもある。例え外見が央人にしか見えず、王位継承権を放棄したローズであったとしても、勇者ガリバルディと同じ『龍の従者』になったとなれば、第一王女の敵対派閥の旗頭へと担ぎ上げられてしまう可能性が出てくるのだ。
アナスタージアは、ようやく終わりが見えた後継者争いによる混乱が続いてしまうことを危惧し、俺達にローズとのパーティを解消することを迫ったのだ。状況によっては彼女自身が俺達に同行し、『龍の従者』となることすら想定していた。
俺自身も、アザゼルが言い残した『次はジブラルタ王国で動乱が起きる』という言葉が気になっていた。第一王女アナスタージアと第一王子のフィオレンツォの対立によって起こるのかと思っていたが、俺達がローズを支援することで起こってしまうかもしれないのだ。
「ローズは、どうしたい?」
「水龍様の従者になるわ!」
俺がそう尋ねると、すぐさまローズは宣言した。その表情は普段通りの勝気な笑みを浮かべている。
「いいのか? 魔人共との争いに巻き込まれるんだぞ? せっかく改善したアナスタージアとの関係も悪化してしまうんだぞ?」
「いいわ! だって『龍の従者』になったら、貴方達の仲間になれるんでしょ!?」
「……ああ、そういうことになる。だが
「ならそうするわ!」
あまりにあっさりと決断したローズに俺達は、そろって呆けた顔をさらしてしまう。いや、ちょっと待て、ちゃんとわかってるのか、ローズ?
「貴方達と国を出ればいいのよ! ここにいても馬鹿にされて、嫌われているだけだもの!」
「ローズ……」
ああ、そうか。ローズも俺と同じなんだ。
俺は15歳で加護を得てから5年、森で人目に晒されずに過ごしていた。ローズにいたっては生まれて15年、ずっと侮られ、排斥されていたんだ。
ジブラルタ王国に対する帰属意識なんてあるわけもない。それでも王家の一員として、この王都マルフィに縛られてきたんだ。
「それに、貴方達と一緒にいた方が……楽しいもの」
そう言ってローズは恥ずかしそうに頬を紅く染める。エルサとユーゴーが柔らかい微笑みを浮かべて頷き、アスカとアリスが瞳を潤ませてローズに抱きついた。
「わかった。歓迎するよ、ローズ」
水龍の祝福を受けるかどうかは実際に行ってみないとわからないけど、この日、俺達のパーティにローズが正式に加入した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あぁっ! ローズ、あそこだけウロコ生えてるんだ!?」
「アスカ! 声が大きい!」
「えー! 毛よりこっちの方が可愛くない!? なんか、ハート形になってるぅ!」
「だ・か・ら! 声が大きい!!」
話を終えた後、アスカとアリスが親睦を深めるためにと、ローズを風呂に連れ込んだ。風呂は坑道近くにあるいつもの広場で、エルサが用意した。広場には俺達パーティしかいないし、目隠しのテントも立てているから覗かれる心配は無いけど、アスカのデカい声はダダ漏れだ。
ふむふむ、アソコにウロコと。そうだよな、ローズは央人っぽく見えるけど海人族だもんな。服を着た姿を見る限り、鱗一つなかったけど……隠された場所には鱗が生えている、と。アソコにねぇ……。
あ、いや、何も聞こえてないよ、うん。いや、もう忘れました。だから、ジトっとした目で睨まないでくれるかな、エルサ。その目つきで睨まれるのも……悪くないけど。




