第355話 衝突
第一王女アナスタージア率いるセイブ・ザ・クイーンとの親睦会の翌日、俺達は宣言通り40階層を突破した。それから1週間、肉体と加護のレベル上げに専念する毎日を送っている。
毎朝、40階層に転移して階層主のトロールキングとトロールを倒し、【警戒】で魔物を避けつつ45階層に向かい、階層主の白銀人形2体を片付けて帰路に就く……というのがここ1週間の日課だ。
ちなみに30~45階層の階層主とそれぞれが落とすアイテムはこんな感じだ。
・30階層
海竜(迷宮転移石30)
・35階層
ゴブリンキング(Aランクの魔石)
ジェネラルゴブリン(Cランクの魔石)
・40階層
トロールキング(迷宮転移石40)
トロール(Bランクの魔石)
・45階層
白銀人形(Aランクの魔石)
トロールは大剣や鎧、人形は白銀を落とすこともある。トロールの装備品やBランク以下の魔石、40階層の迷宮転移石は売却し、白銀は全て確保している。
移動中はなるべく戦闘を避けて魔素を得ないようにしているが、階層主は確実に倒しているので、俺達のレベルはどんどん上がってしまっている。俺・エルサ・ユーゴーのレベルは40を目前とし、アリスは圧巻の70越え、レベル一桁だったローズも30まで上がった。
スキルの熟練度稼ぎは白銀人形に相手してもらっている。レベルが45もある格上の魔物なので熟練度稼ぎに大幅な補正が付くし、魔法防御が著しく高いうえに、【再生】という希少なスキルを持っているからだ。
どれだけ攻撃してもトドメを刺さなければ勝手に回復してくれるし、魔法攻撃はほとんど効かない。スキルの熟練度稼ぎにおいて、これほどは美味しい魔物は他にそういないだろう。
おかげでローズは癒者・導師の全スキルの修得を果たした。もうどこに出しても恥ずかしくない、超優秀な回復術師になったと言える。
前人未到の40階層の攻略に成功し、超短期間で彼女を優秀な術師として育て上げることができた。俺達は約束を果たしたと言えると思う。
……ローズには俺達の素性を話して、選択してもらう時が来たのかもしれない。
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転移陣で40階層から王の塔へと戻ると、拾得物査定所は賑やかな喧騒と歓声に包まれていた。その騒ぎの中心にいたのは、第一王女アナスタージアとセイブ・ザ・クイーンのメンバーだ。
「ロゼリア、アルフレッド様、お待ちしておりましたわ!」
騒ぎを避けて今日の拾得物の査定をしようと受付に向かおうとしたら、アナスタージア達が駆け寄って来た。声の調子からすると、いい報せがあるのだろう。
「おかげ様で35階層の突破に成功いたしました」
「おお。おめでとうございます!」
「おめでとう! アナお姉さま!」
これでジブラルタ王国の後継者争いはアナスタージアが一歩抜きんでたってわけだ。第一王子のクラン青の同盟は未だ35階層は突破できていないみたいだからな。
「アスカ様のおかげですわ。最短の攻略ルートや、出現する魔物などの攻略情報を惜しげもなく公開してくださったのですもの」
セイブ・ザ・クイーンは親睦会のあと、わずか2日で30階層の海竜を突破してのけた。
アスカは1つのパーティーで海竜を攻略する方法を助言していたが、アナスタージアはメインパーティ単独での攻略は諦め、2つのパーティで海竜に挑んだ。剣士4名と回復術師2名の盾役パーティと魔法使いと弓使いによる遠距離攻撃パーティの二班編成だ。
アスカが助言した盾役と遠距離攻撃役のパーティ編成を2倍にしただけだが、急造の編成では連携もままならなかったはずだ。指揮を執ったアナスタージアが優秀だからこそ、長いこと攻略できなかった海竜をあっさり倒すことが出来たのだろう。
そしてアスカから提供された35階層までの地図と、魔物や階層主の情報をもとに攻略を進め、ついに35階層の突破に成功したと言うわけだ。3パーティでなんとか海竜を倒して先行していた青の同盟は、2パーティで海竜を倒したセイブ・ザ・クイーンに並ばれ、あっさりと追い抜かれた。
「アスカ様が作成された地図は驚くほど正確でした。たった10日でどうすればあのように精密な地図が描けるのか不思議でなりませんわ」
それはアスカが元から構造を知っていただけなんだけどね。なんなら50階層までの地図もあるよ?
「それは冒険者秘密ということで。45階層までの地図作製は済んでいますから、今度お渡ししますね」
「あ、ありがとう存じます」
そうそう、30階層以降は到達者がいなかったこともあり、貴重なアイテムがけっこう転がっていた。今までの階層では見かけなかった霊草や魔茸、精霊石や白光石などの希少価値の高い鉱石なんかがわりと頻繁に落ちていたのだ。30階層までは多くの探索者達が日々出入りしているから、取りつくされていたんだろう。
さらに、迷宮転移石では無く地上の転移陣で使用できる転移石もいくつか見つかっている。レリダの難民キャンプでパウラから騙し取っ……貰った転移石も残り一つになっていたので、これは嬉しい発見だった。
「ところで、ロゼリアと皆様にご相談したいことがあるのですが、この後にお時間を頂けませんか?」
「いいわよ!」
「では、あらためてお伺いします」
海底迷宮の情報提供のために、ここ数日で何度も王女の塔へ出向いていたので、俺達はアナスタージアの招待を二つ返事で引き受けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「単刀直入に申し上げます。ロゼリアとのパーティを解消し、我々のクランに合流して頂きたいのです」
王女の塔に招かれた俺達は、唐突にそんな事を切り出された。35階層以降の攻略情報の聞き取りだと思っていたので、完全に予想外の話だった。
「アナお姉さま……なんで!」
「ジブラルタ王国に混乱を招かないためよ」
アナスタージアはローズに優しく声をかけ、俺に目を向けた。
「私達が30階層を突破し順調に攻略を進めたことで、青の同盟との衝突が増えているのです。昨日は第三パーティが、青の同盟が引き連れてきた魔物の群れを擦り付けられ、あわや壊滅という被害を受けました」
「第一王子が……」
「青の同盟は偶然の悲劇だと主張し、形だけは謝罪してきましたが、意図的な行為であったことは間違いありません」
『横殴り』の次は『擦り付け』かよ。アイツら本当にどうしようもないな。
「これまで私どもは20から30階層、彼等は30から35階層を攻略していたため、目立った衝突は起きていなかったのですが……40階層の攻略を目指すとなると今後も衝突は避けられないでしょう」
「そうでしょうね……」
「もし龍の従者の皆様が私共のクランに加わって下されば、一気に攻略を進めることが出来るでしょう。私達も自力での攻略を進めていきたかったのですが、無用な衝突を避けるためにはそうすることが最善と判断しました」
なるほど……海人族同士の争いになることは避けたいってことか。対立が激化すれば殺し合いに発展することだって考えられるしな。
おっと。大丈夫だって、ローズ。そんな不安そうな目で見るなよ。今さら見捨てるようなことはしないって。
「それなら、私達のパーティがそのまま『セイブ・ザ・クイーン』に加入すればいいのではないでしょうか? ロゼリア殿下とのパーティ解消をしなくとも良いなら、検討することはできます」
俺達は色々と秘密にしていることも多いし、ローズ以外のメンバーとは出来れば組みたくない。
それに、セイブ・ザ・クイーンを引き連れて40階層さえ突破すれば、活動する階層が青の同盟と被らなくなるから衝突は避けられるんじゃないだろうか。
「皆様がただの探索者ならそれでも良かったのです……」
アナスタージアはそこで言葉を区切り、ロゼリアを除くメンバーを見回した。
「ロゼリアが『龍の従者』となる可能性があるなら、話が変わってまいります」
ロゼリアが『何言ってんの?』と言わんばかりに首を傾げた。
ロゼリアにしてみたら龍の従者はパーティ名だもんな。うん、ごめん、早く説明しておけば良かったな。




