第354話 水龍の従者
「龍の従者の30階層到達を祝して、乾杯!」
アナスタージア主催の小宴は、立食形式だった。大人数でのパーティをする時、海人族は長いテーブル席を並べて会食すると聞いていたのだが、こちらに合わせてくれたのだろう。
探索者同士の親睦会という位置づけではあるが、第一王女に招かれたのだから服は礼装にしておいた。俺は紺色のディナージャケット、アスカは薄いピンクの可愛らしいドレス、エルサは瞳の色と同じエメラルドグリーンのすらりとしたドレスを着ている。アスカによると、エルサのはマーメイドドレス、アスカのはプリンセスドレスというらしい。
アリスとユーゴーは『礼装を着る文化は無い』と言って普段着のままだ。アリスはいつもの竜革のジャケットとだぼっとしたパンツ、ユーゴーは白いシャツと細身の革パンツを着ている。ユーゴーは背が高いから、まるで舞台に出て来る男装の麗人のようだ。
「ロゼリア、来てくれて嬉しいわ。今夜は楽しんで行ってちょうだい」
「アナスタージア姉様! ごきげんよう!」
「本日は御招き頂き、有難う御座います」
軽食をとりつつ歓談していると、今夜の主催者であるアナスタージアがローズの元へと挨拶に来た。
ローズは色鮮やかな花柄の一枚布を胸と腰の横で結び、ロングドレスのように着こなしている。アナスタージアもブルーの布を同じように着けていた。これが海人族の正装なのかな?
「料理は口に合ったかしら? ジブラルタの家庭料理を気に入っているとバティスタから聞いたので用意させたのだけど」
「ええ、大変美味しくいただいています」
これは世辞ではなく本当だ。特にスシとテンプラーという料理はなかなか旨い。ニホンでも食べたことのある好物だったみたいで、アスカはテーブルに並べられた料理を前に大興奮していた。
そのアスカは今、セイブ・ザ・クイーンのメンバーから質問攻めにあっている。30階層までの攻略方法については隠さず開示することにしたのだが、周囲の食いつき方が尋常じゃない。メモを片手に、血走った目つきでアスカを取り囲んでいる。
「よろしいのですか? 貴重な情報を惜しげもなく、ご教示いただいているようですが……」
「構いませんよ。隠すほどの情報ではありませんから」
現れる魔物の特性や弱点、30階層までの最短ルート、安全地帯の場所、注意すべき罠などなど、アスカが教えているのは探索者なら大金を払ってでも入手したい情報だろう。
俺達はアスカの指示に従って索敵したり、魔物を追い払ったりしただけで、攻略に有用な情報などほとんど持ち合わせていない。そもそも階層主以外の敵とは戦ってもいないのだ。
情報提供はアスカに全部お任せだ。海竜討伐の作戦だってアスカが立てたのを、実践しただけだしね。果たして俺はリーダーを名乗っていいのだろうかって話だ。あ、今はローズがリーダーか。
「海竜戦は盾役を二枚おいて、あとは魔法使い、弓使い、回復術師で構成した方がいいと思うよ」
「盾役を常に水纏と水装で強化して、氷弾とブレスを受け止めさせて」
「大丈夫、こっちが遠距離攻撃に集中していれば、向こうも遠距離中心に攻撃してくるから。ときどき突進からの噛みつきとか、尾撃して来るけど、盾2枚いれば防げるでしょ?」
「弓使いはひたすら破杖の矢と破心の矢を連打ね。ダメージソースは魔法使いの火魔法だけにして、他は捨てた方が逆に効率良いよ」
「拳闘士に竜戦士? そのレベルじゃ、被弾して沈むだけだよ。回復の手間を考えたら入れない方が良いと思う」
「え? 魔法防御高いけど、弱点属性を突けば殴るよりダメージ稼げるって」
話題は海竜攻略法に移り、アスカはパーティ構成にまで口を出し始めた。あまりにズバズバとした物言いにヒヤヒヤするが、海竜を瞬殺した実績があるからか、周囲は怒りもせず真剣に耳を傾けている。
「助かります。どうやって報いれば良いか、困ってしまいますわね」
アナスタージアが苦笑いを浮かべる。
「本当に、お構いなく。礼をされるほどのことではありませんから」
「これほどに貴重な情報を頂いておいて、貴方がたに何も報いないわけにもまいりません。他に何かご希望はありませんか?」
「そうですね……恩に感じて頂けたのなら、ロゼリア殿下にお返しください」
この国でのローズの立場を守ることが、俺達を探索者登録することの交換条件だからね。せいぜい恩に着て、ローズに報いてくれ。
「もちろんです。ロゼリアの後援はお任せください。それにしても……貴方がたなら、本当に『水龍の間』へと到達されるかもしれませんわね。ねえ、龍の従者様?」
アナスタージアが微笑む。
む……やはり第一王女ともなると、『龍の従者』の意味を知っているか。このパーティ名にしたのは王子と王女の牽制のためというのもあるから、正しく理解してもらえたようで良かったと考えるべきかな?
「そうですね。私達の目標は50階層への到達、そして水龍インベル様の御意志に触れることですから」
「なるほど……。ロゼリアを守護龍様の従者にとお考えでいらっしゃるのでしょうか?」
おっと、踏み込んで来たな。こういう質問が来るっていうことは、俺達の素性やこれまでの行動を、ある程度は把握してるってことか?
「私どものクランに鍛冶の加護を持つ者がおりまして……皆様の得物は聖武具なのですよね? つまり、央人のアルフレッド様、土人のアリス様、神人のエルサ様、そして獣人のユーゴー様、皆様が龍の従者様でいらっしゃる。ということは、海人族の勇者を探しに、ジブラルタにいらっしゃったのかと……」
へえ。武器で判断したのか。なるほどね。
でも目的はハズレ。魔人族の警戒が目的で、勇者探しのために来たわけじゃない。龍の間を目指すのも、WOTではそこに魔人がいたからって理由だし。
アナスタージアの言う通り、ローズが水龍インベルの従者に選ばれる可能性もあるのではないかと考えてはいたけど……。
「私からは何とも。全ては神龍ルクス様、そして水龍インベル様の思し召しです……」
アリス・エルサ・ユーゴーは、俺とアスカと行動を共にしたからこそ、龍の従者に選ばれたと思われる。だとすると、俺達と一緒に50階層に行き水龍の間へと辿り着いたなら、ローズも龍の従者に選ばれる可能性もあるんじゃないかと思う。
今はまだローズには、その予想を話していないし、パーティ名の持つ意味すら教えていない。だが、そろそろ話しておくべきだとは考えていた。
アリスはアザゼルの謀略でスキルを封じられ、エルサは最愛の従妹をアザゼルに殺され、ユーゴーは母子ともにアザゼルがばら撒いた隷属の魔道具に苦しめられた。彼女たちには、魔人族と敵対するだけの因縁があった。だがローズには、魔人族と敵対するような因縁は無いだろう。
もし彼女が龍の従者になってしまうことを望まないなら、50階層の龍の間に連れていくのは避けた方が良い。ローズが水龍に選ばれたとしたら、彼女は否応なく魔人族と敵対する運命に巻き込まれることになる。龍の従者となることは名誉なことかもしれないが、魔人族に睨まれる立場になってまでなりたいものとも思えない。
現段階でもローズはそれなりの回復術者に育っているし、今後も俺達と共に修練を重ねたら、さらに凄腕の術者となれると思う。下層に辿り着くことが出来れば、王家の中での発言力や影響力も上がる。そうなればローズは、ジブラルタ王家や貴族たちに侮られることも無くなるだろう。
明日にでも40層まで攻略を進めるつもりだから、到達後にローズとバティスタには話しておいた方がいいな。そこまで行けば、ローズの立場を守るという約束は果たしたと言えるだろうから。それ以降もついて来るかどうかは、彼女が決めればいい。
「その可能性はある、ということですか……」
そんな事を考えていたため、俺はアナスタージアの小さな呟きを聞き流してしまった。




