第353話 セイブ・ザ・クイーン
王の塔の地下は大騒ぎになった。今まで青の同盟しか使っていなかった30階層へと繋がる転移陣から、俺達が平然と姿を現したからだろう。
騒ぐ探索者たちを無視して早々に査定手続きを済ませた俺達は、今日の報告のために探索者ギルドへと向かう。探索者ギルドでは、探索者達と職員からの割れんばかりの歓声と拍手で出迎えられた。探索者達のほとんどは第一王子か第一王女のクランに属しているはずだが、30階層突破の快挙には所属クランに関係なく賛辞を送ってくれたみたいだ。
「いやあ、痛快、痛快!! ロベルト達の慌てようと言ったらなかったですぞ!」
いつも通り貴賓室に通された俺達を、ほくほく顔のバティスタが迎えてくれた。
「ああ、かなり慌てて逃げて行きましたね……」
俺達に武器を向けられた青の同盟のパーティの反応は、驚くほど早かった。まず槍使いの鰐男ロベルトが真っ先に背中を向け、残りのメンバーも慌ててその後を追い、あっという間に俺達の前から姿を消したのだ。
「青の同盟は3パーティ合同で海竜に挑み、ようやく討伐に成功したそうなのです。その海竜をたった1パーティで倒してしまったのですから、よほど驚いたのでしょうな」
鰐男が取り乱した様子で第一王子フィオレンツォに報告しているのを、探索者ギルド職員が見かけたらしく、バティスタは既に戦闘の詳細まで把握していた。ギルドの中では既に情報共有がされているそうで、探索者達に今日の経緯が知れ渡るのも時間の問題なのだそうだ。
昨日、青の同盟は『全滅しかけていた龍の従者の救援を行った』と主張し、俺達は『海竜討伐寸前に横殴りされた』と主張していた。俺達の『海竜瞬殺と30層到達』が知れ渡れば、どちらが嘘をついていたかなんてすぐにわかるだろう。
それにしても、第一王子と第一王女の動向はずいぶん注目されているみたいだ。たぶん、俺達も第三の勢力として目をつけられているのだろう。
どこに目や耳があるかわからないから、気を付けた方が良さそうだな。俺達も人に言えないことも多いわけだし。
「なんでも、ものの数秒で海竜を倒したとか?」
「少し大げさですね。数十秒はかかっていたと思いますよ」
「……なるほど。ほぼ真実だったようですね。いやはや、御見それしました」
数秒も数十秒も大して変わらないか。海竜と戦いながら青の同盟の相手をしたくなかっただけなんだけどな。
本来ならローズの熟練度稼ぎをじっくりやりたいところだったが、アイツらに俺達の実力を見せつけるためにも、最大戦力で瞬殺したのだ。海竜の次は青の同盟だと、意気揚々と決め台詞を吐いたら、脱兎のごとく逃げられたけど。
「明日は40階層まで行ってくるよー」
「龍の従者以外のパーティなら大言壮語と聞き流すところなのですが……」
自信満々なアスカの表情に、バティスタが苦笑する。
「40階層越えたら、しばらくは修行パートに入るけどね」
「Aランクの魔物が犇めくと言う階層で修業ですか……。いやはや、末恐ろしいパーティですな。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「はい、ありがとうございます。では、俺達はそろそろ……
コン、コン――――
報告を終えたので探索者ギルドを辞そうと思ったら、貴賓室のドアがノックされた。バティスタが許可すると職員が入室し、何事かを耳打ちする。バティスタは、あからさまに顔を顰めた。
「どうしました?」
「それが、その……第一王女殿下が皆様との面会を希望しているそうなのです」
「第一王女が……」
王子の次は王女かよ……。
ローズに、どうするのかと目で問うと、嫌々ながらといった顔で頷いた。相手は王位継承権第一位の王女だからな。面倒だからと会わないわけにもいかないか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あらためまして、ジブラルタ王国第一王女、アナスタージア・ジブラルタです」
アナスタージア王女は、フィオレンツォと同じく紺碧の髪と瞳を持つ、ほっそりとした蜥蜴顔の女性だった。
海人族の背部や手足の表側には、びっしりと鱗が生えているが、身体の前面や手足の裏側には鱗が生えていない者が多い。腹部や胸部にも鱗が生えている者もいるけれど少数派だ。これは個人差が大きいようで、央人族でも毛深い人もいれば、薄い人もいるのと同じことだろう。
アナスタージアの場合は、背部や手足の表側には紺碧の鱗が生えているが、身体の前面や手足の裏側は央人族と同じようなつるりとした肌で、鱗一つ生えていない。
なんでわかるかと言うと、海人族はほとんど衣服を身に着けないからだ。男性は丈の短いズボンだけ、女性はショートパンツと布で胸を覆うぐらいしか着ていない。たぶん海を泳ぐのに邪魔だからだろう。
アナスタージアは王女と言う立場があるからか、一枚布をスカートのように腰に巻き付け、首飾りを身に着けてはいるが、胸部はさらし布で覆っているだけだ。
そして、これがまた大きいのだ。ほんとに、巨乳きいのだ。顔は蜥蜴っぽいのだが、これはこれで…………ういでっ!!? はい、はい、すみません、真面目な話をするんだよね、うん。
「30階層を突破したそうね、ロゼリア。おめでとう。姉として、誇らしいわ」
「……あ、ありが、とう」
アナスタージアが、ローズに優し気な目を向けて微笑みかける。思いがけない言葉だったようで、ローズはぽかんと口を開け、途切れ途切れに答えた。
「ふふっ。そう構えないで、ロゼリア。貴方達は私達『セイブ・ザ・クイーン』よりも、深い階層に到達したのよ? より深く迷宮を攻略し、女王陛下と王国に貢献した者に敬意を払うのは当然のことだわ」
「……う、うん!」
アナスタージアの言葉に、ローズは一転して満面の笑顔を浮かべた。
柔らかな表情で微笑むアナスタージアからは、可愛らしい印象を受ける。どうやらアナスタージアは、俺達と敵対する意志は無さそうだ。
まあ、これまではローズをいない者として扱っていたようだし、これだけで信頼できる相手と見做すこと出来ないけど……。
「もし良かったらなのだけど、貴方達を招待して小宴を催したいの。急な話なのだけれど、今夜はいかがかしら?」
ふむ……フィオレンツォとは違って友好的な関係を築きたいってことかな? ローズは王位継承権を放棄しているわけだし、敵対する意味は無いしな。
「え、えっと……」
どうするの? とローズが俺の顔を窺う。
どうしたもんかな。正直言って、王女と関わったところで、さほど俺達にメリットはない。ウェイクリング辺境伯家のことを考えたら、アナスタージアと友好関係を築く意味はありそうだけど、別に俺は家の代表者ってわけでも無いしな……。
「そう警戒しないでちょうだい。私のクランメンバーが、貴方達からぜひ話を聞きたいと言っているのよ。私も迷宮攻略ではフィオレンツォの後塵を拝しているから、破竹の勢いで攻略を進めている貴方達から助言を貰えると嬉しいわ」
なるほど。攻略情報が欲しいってことか。第一王女のクランは、30階層を突破できていないって話だったもんな。
仲間達に目線で問いかけたところ、異存は無いようだ。それなら、いいかな? 大してメリットは無いだろうけど、仲良くして損することも無いだろう。
「ロゼリア殿下、私達は構いません」
「わかったわ! アナスタージアお姉さま、お呼ばれさせてもらうわ!」
「良かった。では夕刻に私の塔にいらして。『セイブ・ザ・クイーン』一同で歓迎させてもらうわ」
話がまとまると、アナスタージア達は短い挨拶を述べて出て行った。
さて、じゃあエースの様子を見に行ってから、お邪魔させていただくかね。




