第351話 青の同盟
「あ……」
ローズが乱入者達を一目見て、わなわなと唇を震えさせた。
30階層の転移陣からやって来たということは、30層への迷宮転移石を所持しているということだ。そして今、30階層まで攻略を進めている探索者クランはただ一つ。第一王子率いる探索者クラン『青の同盟』だけなはず。
ローズの反応からすると、この不遜な態度の者達は第一王子を含む青の同盟のメインパーティなのだろう。
「何のつもりだ?」
「だから言ってんだろ? 苦戦してたから、助けてやったんだ。感謝しろよ?」
大槍を肩に担いだ鰐顔の槍使いが、口の端を吊り上げた。
「助けた? 討伐寸前の魔物を横から奪うような真似をしておいて、ふざけたことを言うな」
「はっ! 言いがかりはやめろ、ド素人が。現に何時間も倒せなかったじゃねえか」
へぇ……。つまり、こいつらはこの先の転移陣の間で、俺達を監視していたってわけか。
この大洞穴の気配は把握していたが、小路を経た先の転移陣の間までは気にしていなかったな……。というか索敵に集中しない限りは、さすがに【警戒】の範囲外だ。
「スキルの実戦練習をしていただけだ。コソコソと覗いておいて、そんなことも分からなかったのか? 貴様達の目は節穴か?」
「ああん!? 調子に乗ってんじゃねえぞ。痛い目みねぇとわからねぇのか!?」
俺の挑発に表情を歪めた鰐剣士が、大槍の穂先をこちらに向ける。後ろにいる仲間達も、それに続いて武器に手を伸ばした。
やるつもりか……?
俺達の方は海竜戦の直後ということもあり、既に臨戦態勢だ。ユーゴーなんかは濃密な殺気を放ち始め、今にも飛びかかっていきそうだ。ずっと海竜の攻撃を防ぐだけだったから、鬱憤が溜まっているのかもしれない。
「やめろ、ロベルト。そちらも、無用な挑発はやめてくれないか」
鰐男のすぐ後ろに控えていた、海人族の男が歩み出た。強い眼力を帯びた紺碧の瞳と、同じく紺碧の鱗に覆われた引き締まった体躯を持つ蜥蜴顔の男だ。
蜥蜴男は紺碧の髪をかき上げて、牙が覗く口角をくいっと上げる。
……たぶん今のは海人族的には『美男子の微笑』なのだろう。海人族の美醜の感覚がわからないし、表情も読みづらいので何とも言えないけど、仕草からするとそんな印象だ。央人の俺には蜥蜴が顔を歪めただけにしか見えないのだが。
「君がパーティリーダーかな? 青の同盟のクランリーダー、フィオレンツォ・ジブラルタだ」
「いえ、『龍の従者』のパーティリーダーはロゼリア殿下です。私はアルフレッドと申します」
ジブラルタ王家の名を出されたので、軽く会釈をしておく。連れの者達が殺気立ったが、他国の王族とはいえ王太子でもない相手への礼節はこんなもんだろ。迷宮内だし。
しかし油断ならないな。俺達のパーティリーダーがローズだってことはわかっているだろうに、俺をリーダー扱いして来るとはね。
「あの海竜を相手に実戦練習とは剛毅なことだな。本来なら魔物が落とした物を得る権利は救援した側にあるのだが……今回は君達の言い分を聞いて譲っておこう」
そう言って、フィオレンツォが迷宮転移石を差し出した。
譲るねぇ。イラっとするな……コイツ。
冒険者の間には、『横殴り』という言葉がある。戦っている敵に、パーティメンバー以外の者が横から割り込んで攻撃を加えることを意味する言葉だ。
割り込んだ者にも魔素が分配されてしまうし、得た素材の分配を求める太々しい者もいるため揉め事になり易い。そのため冒険者の間では、好ましくない行為として共通認識されている。もちろん、救援を求めた場合いは横殴りとは呼ばないし、魔物を倒して得た素材は救援に入った側の物になる。
これらの認識は、冒険者だけでなく傭兵や探索者の間でも暗黙の了解とされているはずだ。つまりフィオレンツォは『救援に入ってあげたけど、助けを求めていないとうるさいから拾得物は譲ってやる』と言っているのだ。
非常に業腹ものだが、フィオレンツォの言い分にも一定の正当性があるため文句も言い難い。
海竜を倒すのに、かなりの時間をかけていたのは事実だからだ。『苦戦しているようだから救援に入った』というフィオレンツォの主張も通ってしまう。
「いえ、結構です。殿下の仰るとおり、海竜のトドメを刺したのはそちらだ」
ここで迷宮転移石を受け取ったら、『救援要請を受けて海竜を倒した』という青の同盟側の言い分を認めてしまうことになる。そのうえ迷宮転移石という施しを受けたとまで言われてしまうかもしれない。
討伐寸前の海竜を横取りされたのだ。隣でアスカが不服そうに頬を膨らませているし、ローズも悔しそうに歯噛みしめているが、ここは我慢のしどころだ。
「……そうかい。ならばこれは救援の報酬として受け取っておこう」
フィオレンツォはそう言って口角を上げる。
ローズは王位継承権を放棄しているのだから、敢えて第一王子と敵対する必要は無い。ローズの立場を守ることだけが目的なら、なあなあで済ませておくのも一つの考え方ではあるだろうが……
「救援を要請した覚えはありません。これ以降、『横殴り』は控えてください」
「あんだとぉ? 誰に向かって口をきいてやがんだ!!」
ロベルトと呼ばれた鰐男が殺気立つ。
第一王子や青の同盟との対立関係が決定的になってしまうが、これだけは宣言させてもらう。以降の『横殴り』は敵対行動と見做すってね。
「くれぐれもお忘れなきよう」
俺はフィオレンツォに冷ややかな目を向けつつ、そう言った。
今回の『横殴り』は、俺達の30階層到達の妨害が目的と思われる。例え王位継承権を放棄しているとはいえ、『不義の子』と蔑視しているローズに追い抜かれるわけにはいかないと考えてのことだろう。
青の同盟は30階層をようやく突破し、少し進んだ程度しか攻略出来ていない。あっという間に30階層にまで至った俺達に、内心は戦々恐々としていることだろう。
だが、俺達にとって30階層など通過点。海底迷宮の下層最奥、50階層が目的地なのだ。いちいち妨害されても面倒だし、邪魔するなら排除するしかない。
今日は譲ってやる。だが、こちらの言い分ははっきりと宣言させてもらう。
「ふっ……さすがは『龍の従者』と名乗るだけはあるということか。アルフレッド、一つ提案をしてあげよう」
そう言ってフィオレンツォは紺碧の髪をかき上げて、口角をくいっと上げる。いや、だから、蜥蜴が顔を歪めたとしか……
「確かに君たちはそれなりの実力を備えているようだ。そちらの魔法使いと剣士、そして君はね」
……そうですかね? エルサの大魔法とユーゴーの剣捌きは、目を見張るものがあっただろう。でも今日の俺は、ローズの盾に隠れてロクに効きもしない【聖槍】をしつこく放っていただけだぞ?
「君達を我が『青の同盟』に迎え入れて上げよう。なんならそちらの女性二人と一緒にパーティとして活動してもらっても構わない」
フィオレンツォはアリスとアスカに目線を送って、またしてもぐにゃりと顔を歪める。アスカが『うぇっ』と小さく呟いた。
「我らのクランに所属すれば君らも探索者として心置きなく海底迷宮に挑戦できる。それに、我らの支援があれば、攻略も効率的に進めることが出来る。悪い話ではないだろう?」
なるほどね。ローズから俺達を引き剥がして、自分たちの戦力強化も図ると。一挙両得を狙った良い手だ。
ローズが歯を噛みしめながら、不安そうに俺の顔を覗き見る。
まあ、まだまだ共に過ごした時間も短いし、俺達がローズと組んでいるのは探索者の資格を得るためだけなのだから不安になるのも無理はない。
もし、海底迷宮に潜る方法を探している時に、第一王子に声をかけられたなら、おそらく飛びついただろうしね……。
「だが、断る!」
アスカが胸を張って、フィオレンツォの問いかけに応えた。あれだ、アスカ曰く『ドヤ顔』という表情を浮かべて。
っていうか、それ、俺のセリフ……




