第350話 乱入者
「キュァァッ!!」
30層の階層ボスは長い身体に二対四枚のヒレのような羽を持つ、巨大な海蛇だった。世界中の海に生息し、嵐と共に現れて船乗りを海中に引きずり込むと恐れられている大型の魔物……海竜だ。
チェスターにいた頃に、海竜に襲われて大型の交易船が沈没したなんて話を何度か耳にしたことがあったが……不安定な海の上でこんなのに襲われたら船が沈められるのも道理だな。
「【光の盾】!」
ローズが新たに習得した光魔法を唱える。俺の【鉄壁】に似た魔力障壁が現れ、海竜が放った氷塊を見事に受け止めた。
「いいね、ローズ! タイミングばっちり!」
「ふふん! まかせなさい!」
「エルサ、いっくよー! レッド・フィールド!」
アスカを中心に紅の魔力の波動が半球状に広がっていく。属性魔晶石を消費して展開する、火属性魔法の強化空間だ。
「いくわよ! 【炎嵐】!」
「キュオォォォッツ!!」
エルサが唱えたのは第七位階の火属性魔法【炎嵐】。いくつもの炎塊を放ち、対象を焼き尽くす大魔法だ。チェスターを襲った魔人族フラムが、俺とギルバードを一発で戦闘不能状態に追い込んだ魔法だな。
俺の火龍の聖剣に込められているのも同じ魔法なのだが、【大魔道士】の加護を持つエルサが使うと、本当に同じ魔法なのかと思うぐらいにとんでもない威力を発揮する。
魔法に関しては元から敵わなかったけど、大きく水をあけられてしまった。俺も魔法使い最上位の加護【大魔道士】を得られないもんかな。後でアスカに聞いてみよう。
「【聖槍】!」
俺の放った光の槍が海竜の鱗に弾かれる。残念ながら竜種は総じて魔法攻撃が効きずらい。鱗に小さな傷がついたくらいだろうか。
弱点属性である火魔法で攻撃したほうが効果的なのだが、別に急いで倒す必要もない。熟練度稼ぎの方が優先だ。
「ブレス来るよ! ローズ、盾!」
「わかったわ! 【光の大盾】!」
ローズが第五位階の光属性魔法【光の盾】で、海竜が吐き出した津波のような激流を見事に受け止めた。アスカのレッド・フィールドで水属性攻撃の威力を減衰させていることを差し引いても、海竜のブレスを完全に防ぐとは大したもんだ。
今日、ローズは20階層の階層主オーガと一対一で戦わされ、25階層では水竜への攻撃をたった一人でやり切った。というか、やり切らされた。
アスカの執拗な扱きのおかげで、ローズは第四位階までの光魔法を全て修得。加護は【導師】Lv.2に至っている。
ローズはようやくレベル10になったばかりだが、オーガや水竜のレベルはその二倍を超えていた。格上狩りによるスキルの成長補正もあり、著しい成長を見せてくれている。
「【聖槍】!」
どうやって飛んでいるんだかわからんが、まるで水の中を泳ぐように空中を舞う海竜に、俺は効きの悪い光魔法を愚直に繰り返す。
海竜はあの金竜や翡翠竜なんかと並ぶ堂々Aランクの魔物で、レベルだけは俺やエルサをも上回っている。というわけで、今回からは俺とエルサも熟練度稼ぎに乱入だ。
「【炎嵐】!」
「キュオォォォッ!!」
エルサの当面の目標は、第七位階の黒魔法の修得だ。
俺とエルサは、第六位階までの黒魔法は修得済み。【大魔道士】のエルサは次の位階へと駒を進めたが、【魔道士】の俺は残念ながらそこで打ち止めとなった。
代わりに俺は加護を【導師】に換え、第4位階の光魔法【聖槍】の修得を目指している。
ちなみに、【導師】の加護を得ることが出来る大事な物『ジブラルタの大杖』は、昨日のうちにローズを引き連れてマルフィの転移陣で回収して来た。
一緒に海底迷宮を探索するのに隠しごとをし続けるのも面倒なので、ローズには俺とアスカの加護やスキルの習熟方法など一切合切を話してある。
『あたし達だけの秘密だからね!』とアスカが打ち明けると、ローズはニヤけた面で『しょうがないわね!』と答え、大事な物の回収にも付き合ってくれた。神殿への道を開くには海人族の協力が必要だったので、秘密保持を誓約させたローズの存在は非常にありがたい。
そうそう、シルヴィアの転移陣の方でも、『大事な物』はちゃんと回収してある。あそこで手に入れたのは『シルヴィアの大槍』で、【竜騎士】となることが出来る。
これで、剣士・拳士・槍使い・魔法使い・回復術師・斥候の中位加護になれる条件は整った。後はAランクの魔物がうじゃうじゃと出てくるという、30より深い階層で一気に加護の強化を進めればいい。
海底迷宮を突破する頃には、俺達はこの世界に比肩する者のいない程に強力なパーティとなるだろう。例え、あのアザゼルが率いる魔人族パーティであっても、正面からぶつかれるほどに。
「【聖槍】!」
「【威風】!」
光の槍と竜巻から生み出される無数の風の刃が、海竜の鱗を削る。高い魔法耐性で効きが悪くとも、何十何百と当て続ければ次第にダメージは蓄積される。いくら自己治癒能力が高くとも、それを上回る早さで当て続ければ鱗は剥がれ肉は裂けていく。
それでも海竜は宙を舞い、氷塊や水の弾丸を次々と浴びせて来た。さすがはAランクの竜種と言ったところか。
「【崩撃】っ!」
「【光の盾】!」
だが、海竜の攻撃は後方で魔法を撃ち続ける俺達には届かない。水の弾丸と氷塊はユーゴーの振るう大剣に両断され、ローズの盾に阻まれる。
ユーゴーは獣騎士のスキル【崩撃】と【覇撃】を駆使して海竜の攻撃を弾き、俺達を守ってくれている。本来なら敵の肉体を内部から破壊する技ということだが、空中に浮かび遠距離からの攻撃を繰り返す海竜には、ユーゴーの大剣でも届かないので熟練度稼ぎに徹しているのだ。
アリス? 俺達の後ろでずっと【錬金】を続けてるよ。
アスカの計算によると戦闘の加護よりは、生産職である【錬金術師】のスキルレベルは上がり易いと思われるということだった。だがアリスは俺達よりも遥かにレベルが高いから熟練度を稼ぎにくい。魔力回復薬を飲みながら、ひたすらスキルを使い続けてコツコツと稼ぐしかないのだ。
「【聖槍】!」
「キュァァッ……」
ついに、海竜が力尽きたように降下していく。熟練度稼ぎの時間は終わりのようだ。
「じゃあ最後はローズの魔法で、派手にいっちゃいますかー!」
「まかせて! んんー、【大魔弾……」
ローズが魔力をチャージし、渾身の【魔弾】を放とうとしたその時だった。
30階層の転移陣へと至る小路から、強力な魔力をはらんだ魔力球が飛来した。
―――――――ッズガンッッ!!!
「わっ……!」
「なんだっ!?」
轟音を立てて爆炎が飛び散り、土煙がもうもうと舞い上がる。その向こうから、六人の人影が突如として現れた。
言い訳をするつもりは無いが、ほんの少し前までこの階層主が居座る大洞穴には俺達以外の気配は無かった。そこに複数の気配が、不意に現れたのだ。
つまり……コイツらは30階層の転移陣に転移して来たということだ。
「おいおいおい、何ガンたれてやがんだ。助けてやったってのに、感謝の言葉の一つも無えのか? ええ?」
「所詮は雑種。目上の者への礼儀を知らんのだ」
爆風に吹き上げられた土埃の向こうから、肩で風を切るように歩み出た海人族の男達は、嘲るような笑みを浮かべていた。
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350話記念メモ
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