第347話 ブートキャンプver.5
「はいはい、急いで急いで! オーガ、死んじゃうよー!?」
「ヒ、【治癒】!【治癒】!」
アスカがあおり、ローズがあせる。いやぁ、よく頑張るなぁ、ローズ。アスカの扱きに、ここまで耐えられるとは思わなかったよ。
「毒草! はいデトックスちょうだい、デトックスちょうだーい! スリップダメージでオーガたん死んじゃうよー? 痺れ茸! ヒールも続けてー!」
「【解毒】! 【治癒】! 【解毒】!」
「ほらほら、ゴブリンナイトが近づいて来たよー? どうするんだっけー?」
「はぁっ、はぁっ、ル、【魔弾】!」
「オーガが毒状態になってるよー!? 解除、急いで―! あ、アル、ゴブリンおかわりー」
「あいよー」
「いやぁぁっ!?【魔弾】!【解毒】!【治癒】!」
「あ、魔力切れそう? 魔力回復薬、ついでに毒草!」
「ちょっ、ちょっと待ってぇ! おねがい!!」
……何をやってるかって?
毎度お馴染みのアスカ式ブートキャンプだよ。場所は20階層の最奥。転移陣前に陣取っていたオーガを相手に、ローズの熟練度稼ぎの真っ最中だ。
哀れオーガは戦闘開始早々に俺とユーゴーに四肢を斬り飛ばされ、動くことも出来ずに転がっている。失血死寸前のオーガの命を【治癒】で繋ぎ、アスカがオーガに状態異常をかければ【解毒】で治し、俺が引き連れて来たゴブリンを【魔弾】で倒すという訓練だ。
魔力が無くなればアスカが補充してくれるし、ゴブリンの攻撃は俺がきっちり防ぐ。延々と熟練度稼ぎを続けられるし、安全管理もばっちりだ。
「【錬金】! あ、スキルレベルが上がったっぽいのです!」
「おっ、やったな、アリス!」
俺はゴブリンナイトの斬撃を円盾でいなしながら、アリスに手を振る。
ローズが自身の成長を実感して感涙を流すその横で、アリスはこつこつと金から白銀、白銀から金への錬金を続けていた。時おりアスカが魔力を回復させてるから、こちらもずっと訓練を続けられるのだ。
ユーゴーとエルサは、安楽椅子に座って優雅にお茶を楽しんでいる。オーガのレベルは30ちょうどなので、残念ながら俺・エルサ・ユーゴーよりもレベルが低い。ここでスキルのレベル上げに勤しんだところで効率が悪いので休憩しているのだ。
俺は【挑発】で遠くにいる魔物を引っ張って来て、ローズがその魔物を倒すまであしらい続けるという役目があるので、わりと忙しい。大汗を流しながら、顔を真っ赤にして魔法を使い続けるローズに比べれば遥かに楽だけどな。
「毒草! ほらほら、オーガが死ぬよー! ヒールとデトックス急いで!」
アスカの手から、惣闇色の魔力光が放たれる。
アイテムボックスから毒草やら痺れ茸などの素材を使うと、毒薬や痺れ薬を飲ませたのと同等の効果がある。ぱっと見は闇魔法の【猛毒】や【麻痺】を使ったようにしか見えないだろうから、人の目がある時は使いずらいのが残念だ。
「ひっ、ひっ、【治癒】ぅ! 【解毒】ぅ!」
アスカのことを【闇魔術師】だと思ったのか、ローズも最初は顔を引き攣らせていた。今は別の意味で顔を引き攣らせているけど。
「ほらほらゴブリンまだ生きてるよー! 痺れ茸!」
「【魔弾】んー! お願い、休憩ぃ!!」
ん、魔弾の威力がだいぶ上がって来たな。あと1時間もあれば【癒者】の魔法は全部修得出来そうだ。がんばれ、ローズ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お、おい。あれって庶子の……」
「今、20階層の転移陣から出て来たよな?」
「嘘だろ? 昨日、潜り始めたばかりて話だよな……?」
海底迷宮から王の塔の地下に戻ると、転移陣の順番待ちをしていた探索者達から囁き声が聞こえてきた。常に【警戒】を発動している俺と耳の良いユーゴー以外には聞こえていないだろうが、探索者達は順調に攻略を進めている俺達を注視しているようだ。
探索者達の大半は10階層の近辺で狩りをしているらしく、安定して20階層まで潜れるパーティはそういないらしい。10階層の階層主ですらCランクの魔物なのだから、無理もない。
オークヴィルでデール達と討伐した賞金首『火喰い狼』はCランクの魔物だった。10階層の階層主ですら、冒険者であれば上級者が対応する依頼となる災害級の魔物なのだ。
さっきまで甚振っていた20階層の階層主オーガだってBランクの魔物だ。凡百の探索者にとって、安定して倒せる魔物ではないだろう。
30階層にもなると階層主としてAランクの魔物が出現するらしい。これまで戦ったことのある魔物で言うと金竜・聖天竜・翡翠竜あたりが、そのランクだ。
最も探索を進めているという『青の同盟』ですら、30階層を突破するのがやっとというのも納得だ。まあ、俺達にとってはさして苦労する相手ではないだろうけど。
「おい、ローズ」
「……うん」
アスカの扱きがそうとう堪えたのか、ローズは死んだ魚のよう目をして俯いている。
二日目にして探索者達の向ける目に変化が表れているのだから、今こそいつものような太々しい態度を出してもらいたいところなのにな。
「【小氷礫】」
「ひうっ!!」
俺は最小限度の魔力で作った氷礫を、ローズの首筋からローブの中に放り込む。シャキッとしろ、シャキッと。
「胸張って歩け。見返すんだろうが」
言葉と目線は厳しく、しかし表情には笑顔を浮かべてローズに手を差し出す。
「も、もちろんよ!」
なんとか調子を取り戻したローズが手を重ねる。俺は探索者達の視線を集めながら、ローズを1階の買い取り受け付けにエスコートした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「査定を頼むわ!」
顎を上げた尊大な態度で、ローズが魔石と迷宮転移石をカウンターに叩きつける。今日の拾得物は、10階層と20階層の迷宮転移石それぞれ1個とCランクの魔石1個、Dランクの魔石が10個だ。
今日は10階層へと転移した後にいったん戻って10層の階層主を瞬殺し、威圧を発動し続けて15層に移動。15階層の階層主ハイオークをこれまた瞬殺して20層に駆け抜けた。その後、オーガを甚振りつつ、ゴブリンナイトやらオークやらを逐次投入してローズに倒させたのだ。
「これは、20層の……!」
昨日も対応してくれた海人族の女性が、息を飲む。やはり昨日の今日で20階層突破はそれなりの成果みたいだ。後ろに並ぶ探索者達も、興味津々といった様子でカウンターを覗いている。
「今日はこれで全部よ! 誤魔化してなんか無いわ!」
「は、はいっ、承知しました」
受付女性は最優先で査定をしてくれたようで、俺達はほとんど待たずに買取金を受け取ることができた。今日の成果は、金貨1枚と大銀貨5枚。一人当たり大銀貨2枚半の稼ぎだ。探索者って儲かるな。
ちなみに明細は以下の通り。10階層の迷宮転移石は大銀貨5枚、20階層のはなんと金貨5枚。Cランクの魔石は大銀貨5枚、Dランクの魔石は1個あたり銀貨5枚だった。20階層の迷宮転移石以外は全部売却している。
「今日も打ち上げをするの!?」
「ん、そうするかな」
「ワタシも行くわ!!」
ローズが嬉しそうにニカっと笑う。
どうやら俺達と屋外で飲み食いするのが気に入ったらしい。普段は自室で一人食事をとっているそうだから、俺達とわいわい騒ぎながら食事するのが新鮮なのだろう。
しかし、アスカにがっつりと扱かれたわりには元気だな。そんなに元気だと、明日以降はもっと扱かれるぞ?
「今日もたっぷり食べて、たっぷり飲もーう!」
「おーっ!!」
アスカの声に、アリスとローズが揃って手を突き上げた。




