第346話 威圧
10層の転移陣から王の塔の転移陣へと戻り、地下へ降りて来た時とは別の階段で1階に上る。1階は、拾得物を迷宮から持ち帰った探索者達で沸き立っていた。
「あそこで拾得物の査定をするのよ!」
そう言ってローズがカウンターテーブルの前に並ぶ探索者の列を指す。拾得物の買い取り受け付けのようだ。
今日の拾得物は10層の迷宮転移石とCランクとDランクの魔石それぞれ1個ずつ。迷宮転移石の方は買い戻すが、魔石はそのまま買い取ってもらうつもりだ。
列の最後尾に並んで雑談をしながら待っていると、他の探索者達からチラチラと目線を向けられているのに気付いた。わざわざ絡んでくるヤツはいないけれど、ローズと、彼女と一緒にいる俺達が気になるようだ。
敵意を向けられているわけでは無く、関わりたくないとでも言うような、どこか余所余所しい雰囲気を感じる。腫物に触れるような扱いとでも言えばいいだろうか。
兵士を含めた王宮関係者には軽視され、探索者達には避けられる。バティスタが言った通り、ローズの立場は本当に難儀だな……。
「お待たせしました。探索者タグと拾得物をこちらへ」
「これよ!」
ローズが『王家の魔法袋』に入れておいた迷宮転移石と魔石を取り出し、皆のタグと共にカウンターにのせる。
「……これだけですか? 例え王家の方であっても、迷宮での拾得物はいったん全て売却してもらわなければなりません。所持品検査をしますので、誤魔化しても無駄ですよ」
「失礼ね! 階層主だけ倒して来たのよ!」
あからさまに疑いの目を向ける海人族の受付男性にローズが怒鳴る。
「ふっ、なるほど。他の魔物からは逃げ回ったということですか。結構です、全員あの魔法陣に乗ってください」
「な、なんですって!?」
受付の男は薄笑いを浮かべて魔法陣を指さした。入り口の王家の兵士もそうだったが、探索者ギルドの職員までも、無礼が過ぎる。ローズが怒鳴るのも当然だ。
【森番】の加護を授かったことで侮蔑や嘲笑を向けられ続けた過去と重なり、胸の裡にドロリとした感情が湧き上がる。こんな扱いを、ローズは15年も受けてきたっていうのか。母親やバティスタのような理解者がいたとしても、これは……。
「逃げ回っただって? ロゼリア殿下と私達を侮辱するつもりか?」
俺は【威圧】を発動し、受付の男に向かって殺気を放つ。
「ヒッ!!」
「うぉっ!」
受付の男が短い悲鳴を上げ、周囲の探索者達は一斉に俺達から距離を取る。さらに【威圧】に魔力を注ぎこんで歩み寄ると、受付の男は腰を抜かしてへたり込んだ。
「ひっ……ひっ、ひぃっ!」
「アルフレッド、もういいわ!!」
ローズからの制止が入ったので、俺はスキルを停止する。
「……承知しました。では殿下、参りましょう」
俺は受付の男を一瞥をくれてから、ローズの手を取り魔法陣へとエスコートする。
この魔法陣は迷宮の拾得物を持ったままだと、迷宮の魔力に反応して発光するらしい。拾得物の持ち出しを防止するための機構というわけだ。
魔法袋に入れていてもバレると聞いたが、アスカのアイテムボックスに入れていても光るのだろうか。今度、こっそり試してみよう。
今は何も誤魔化していないので、俺達は問題なく通り過ぎた。
「アル、少しやり過ぎじゃないかしら?」
待合席に腰掛けると、エルサが苦笑いを浮かべた。
「そおー? あの人、感じ悪かったじゃん。むしろグッジョブでしょー」
「ああ。いくらなんでも態度が悪すぎる。でも、まあ、ちょっと大人気なかったかな。スマンな、ローズ」
「構わないわ!」
ローズがニカッと笑う。
王家の連中を見返すってのがローズの目的だしな。舐めた態度を取られたら毅然と対応しておかないと。とは言っても、あんまり威圧し過ぎても評判が悪くなりそうだから、匙加減には気を付けよう。
「『龍の従者』の皆さま、お待たせしました!」
担当が変わったのか、海人族の女性が俺達を呼んだ。若干、声が震えている。脅し過ぎたかな?
なお、『龍の従者』とは探索者ギルドに届け出た、俺達のパーティ名だ。ローズは『ロゼリア同盟』とか『薔薇の団』とかいう名前を主張していたが、他メンバーからの反対で却下となり、エルサが提案した『龍の従者』に落ち着いた。
ローズは『龍の従者』の意味を知らないようだったが、『自らを龍、俺達を従者』と捉えたらしく『殊勝ね!』とご機嫌だった。守護龍の従者達がローズについたのだと女王や王子達に示すために、このパーティ名にしたんだけどね。
「合計金貨1枚と銀貨5枚ですね。明細はこちらです」
迷宮転移石とCランクの魔石が大銀貨5枚、Dランクの魔石が銀貨5枚での買取のようだ。魔石の買取価格は冒険者ギルドとほぼ変わらない。迷宮転移石は落とした魔物の魔石と同じ程度の金額になるようだ。
「迷宮転移石は買い取らせてもらう」
「承知しました。では大銀貨5枚と銀貨5枚です」
ふむ、一人当たり銀貨9枚の稼ぎか。魔物がアイテムを落とすかどうかによるけど、かなり稼げるな。まあCランクの魔物を屠れる程度の力量が必要ではあるけど。
「よし、これだけあれば十分だろ。今日はたっぷり飲もう!」
「おーっ!」
アスカとアリスに加えてローズも、手を突き上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「かんぱーい!」
「乾杯!」
アスカの音頭で、無事に迷宮挑戦初日を終えたお祝いを兼ねたローズの歓迎会が始まった。場所はマルフィの陸の玄関口である坑道の側にある広場だ。
「ヒヒィンッ!」
「落ち着けって、エース。悪いな、一人にしちゃって」
「ハイヨー、エースゥ! アスカちゃん特選フルーツミックスだよー」
海洋迷宮には連れていけないので、エースは坑道出口の側にある厩に預けっぱなしだ。せめて迷宮から出ている時は一緒に過ごしてあげたいので、今日は宿酒場で食事を買ってきてエースと一緒に食べることにしたのだ。
「この子がエースね! ローズよ、よろしく! って、ちょっと! どこに顔突っこんでんのよ! こらっ、やめなさい!」
「ブフフゥッ!」
股座に顔を突っ込まれ、ローズが慌てる。うん、相変わらずだな、エース。
「ふむ。未開通か」
「やめろ、アスカ」
エルサが顔を真っ赤にしてるじゃないか。やめなさい、アスカもエースも。
「アスカ、お替りなのです!」
「はーい。冷酒ね」
アスカが、町で仕入れた米の酒をアイテムボックスから取り出してアリスに手渡す。事前に瓶ごと水魔法で冷やしておいたものだ。
それにしても旨いな、冷酒ってのは。瑞々しい香りとスッキリとした飲み心地がたまらない。
ジブラルタ王国はマルフィに限らず、ほとんどの町が傾斜のキツイ海沿いにあるため、昔から水田での米作が盛んなのだそうだ。山の斜面を利用した用水ができるから、狭い耕地でも高い生産量を期待できるらしい。
そのためジブラルタ国民はほとんどパンを食べず、米を主食としている。麦がほとんど生産されないためエールが作られないのが残念だ。米の酒も美味しいから、別にいいけどさ。
「ジブラルタの煮魚は最高ね。冒険者を引退したら、マルフィに住もうかしら」
エルサはジブラルタ料理、特に魚をショウユとミリンで煮た料理が気に入ったようだ。既にレシピは入手しているから、今度調理に挑戦しようと思ってる。材料は既にアイテムボックスに放り込んでいるから、迷宮内で料理してみても良いかもな。
「ヤキトリも作ってくれ」
「同じ調味料で作れるから、それもいけるな」
ユーゴーは串焼き肉がお気に入りだ。俺も、どっちかというと煮魚よりヤキトリの方が好きだ。
ヤキトリはシルヴィア大森林でも広く食べられていたから、すでに我がパーティの定番メニューになっている。鮮度の良い食材が、多種多様に持ち歩けるってのは本当に素晴らしいね。
「アスカのアイテムボックスはホントに便利ね!」
「無限に近い物資を持ち運べるからな。アスカがいれば何日連続でも迷宮に潜れるぞ」
アスカのスキル【アイテムボックス】だけはローズにも教えてある。【ジョブメニュー】はまだ教えていないけど、俺が【索敵】に【威圧】、さらに【岩槍】まで使っているのを見てるから、気になってはいるだろう。
スキルの鍛え方や俺の加護については、20層の階層主に挑む時に伝える予定だ。20層の階層主はBランクの魔物で、21層からはCランクの魔物も現れるらしいから、そこからローズの強化を開始する。アスカのシゴキについて来れるといいけど……。




