第345話 海底迷宮探索
「【照明】」
エルサが灯した明かりで、ゴツゴツとした岩壁が白色の光に照らされる。俺達は鉱山の坑道を思わせる洞窟に転移したようだ。地面は多少の凸凹はあるものの平坦で、左右に道が続いている。
「じゃあ、様子見がてら10層の転移陣を目指そー!」
「おー!!」
アスカが片手を突き上げ、アリスがそれに続く。相変わらずアリスは付き合いが良い。思わず撫でたくなる。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! まずはワタシのレベル上げをするって約束でしょ!」
そんなアスカとアリスに、ローズが慌てた様子で突っかかった。
昨日の打ち合わせで、『ローズのレベル上げ』と『30層の到達』を当面の目標とすることになっていた。
現時点で海底迷宮の探索が最も進んでいるのは第一王子の探索者クラン『青の同盟』で、その到達階層は34層。メインパーティの平均レベルは30を優に超えているらしい。
俺達も30層突破を目指すというのなら、まずは自分のレベル上げに付き合ってもらえると思っていたのだろう。
だが、残念!
ウチの裏リーダーであるアスカが、レベル上げをしてから探索を進めるなんて、そんな生易しいことをするわけがないのだ。
「上層でレベル上げなんて効率悪いことしませーん。経験値稼ぐのは最低でも30層に行ってからでーす」
海底迷宮に出現する魔物のレベルは、深く潜れば潜るほど高くなる。1,2層だとG~Fランクの魔物しか出現しないが、30層を超えるとBランク以上の魔物が出てくるようになるそうだ。
この辺には『始まりの森』と同じ程度の魔物しか出て来ないのだから、レベル上げの効率はすこぶる悪い。30層まで行けば『地竜の洞窟』クラスの魔物が出て来るわけだから、一気にレベル上げが出来る。
うん、アスカの言うことは間違ってない。
「レベル上げせずに30層なんて、行けるわけないじゃない!」
「大丈夫だよ。俺達なら余裕だ」
「アンタ達だってレベル30そこそこなんでしょ!? 迷宮を甘く見ないで!」
うーん、そうは言うけどさぁ。30層でも出て来るのはせいぜいBランクの魔物なんだろ? Bランクって、所詮は地竜とか風竜クラスだぞ?
一気に何十体も出て来るなら苦戦するだろうけど、1,2体ならたいして手間取る相手でもない。甘く見られてるのは、迷宮より俺達の方だよなぁ。
「あっれー? もしかしてローズたん、こわいのかなー?」
「こ、こわくなんかないわよ! 常識を教えて上げてるの!」
常識ねぇ……。それ、アスカと一緒にいると簡単に崩れてくよ?
言ってもわかってもらえないだろうから、わざわざ説明しないけど。俺達と一緒にいれば嫌でも体感するだろ。
「迷宮内では俺達の指示に従う約束だろ? とりあえず黙ってついて来い」
「えぇぇ……」
不安そうなローズを尻目に、俺達はアスカの先導に従って歩き出す。
「アルー、威圧よろしくー」
「あいよ」
【喧嘩屋】のスキル【威圧】は俺よりレベルが低い魔物や、ステータスが大きく劣る魔物を追い払う効果がある。アスカの想定では20層を超えるまでは、階層主以外の魔物と戦わなくて済むそうだ。
ちなみに階層主というのは、5層ごとに出現する地下への道を阻む強力な魔物のことだ。そいつらだけは幾らレベル差があっても追い払うことは出来ないらしい。
「ちょっと! 上層で【威圧】を使うなんて無駄遣いよ! いざという時に魔力切れを起こすわよ!」
「……問題無いよ」
たしかに魔力の低い拳士系の加護持ちには、【威圧】を使って魔物を追い払い続けることなんて出来ないだろう。
だが、【魔道士】の修得に至った俺の魔力なら全く問題ない。もし魔力が切れたとしても、アスカ謹製の魔力回復薬が大量にあるしね。
アスカは行く先々で薬草やら魔石やらを買い漁っていたし、シルヴィア大森林では俺達が熟練度稼ぎをしている間や移動時に素材収集に勤しんでいた。しかも、ここ海底迷宮でも薬草類の採取が出来るらしいのだ。戦争でも起こすのでなければ、回復薬が切れることなんてないだろう。
「大丈夫だよー。ほらこれぜんぶ中級魔力回復薬だよ? ぜったい足りるってー」
「っ!? なんなのよ今の!?」
とつぜん目の前に大きな水瓶に入った魔力回復薬を出されて、ローズが目を白黒させる。ああ、そっか、アイテムボックスのことも説明しなきゃいけなかったな。
「とりあえず出発しよ! えっと、まず向こうの道を真っ直ぐ。突き当りを左だよ」
「ちょっと! 無視しないでよ! ていうかなんで当たり前に道案内してんのよ!? あってるけど!」
ローズはバティスタに連れられて、何度か海底迷宮に来たことがあるらしく、上層の道案内はまかせてって自信満々に言っていた。まあ、残念だけどアスカは上層どころか50層までのルートを知っているらしいから、ローズに道案内を頼むことは無いだろうけど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……嘘でしょ!?」
10層の階層主であるCランクのジェネラルゴブリンとDランクのレッドキャップ2体を瞬殺した俺達の後ろでローズが呟く。
ジェネラルゴブリンはユーゴーが一刀のもとに両断し、レッドキャップの片方はアリスが頭を叩き潰し、もう片方は俺が発動した【岩槍】で喉を貫いた。戦闘時間は約5秒程度。ローズが長杖を手に身構えた時には、既に戦闘は終了していた。
【威圧】で魔物を追い払い続けたので、ここまでで戦闘はたったの2回。5層階層主のブレードウルフと、今倒したゴブリン達の計4体だけだ。
道中の魔物は俺の威圧で追い払ってるし、道筋はアスカが把握しているので迷いもしない。鉱石が採掘できる場所もあるそうだが、純度の低い鉄や銅しか取れないから時間のムダとアスカが言うので立ち寄らなかった。
「す、すごいわね! それに、たった半日で10層まで来れるなんて!」
アスカの案内で最短のルートを真っ直ぐ通って来たみたいだからな。よくもまあ分岐がいくつもある入り組んだ坑道を覚えていられるもんだよ。マッピングもしていないから、今から一人で戻れと言われたら絶対に迷子になる自信があるぞ、俺は。
「あっ! 魔石も出たのです!」
「レア泥じゃーん! やったね」
両手に魔石と迷宮転移石を持った笑みを浮かべるアリスの頭を、アスカが撫でる。あ、いいな、俺も撫でたい。
「本当に不思議ね。死体が消えてしまうなんて……」
「どんな原理なんだろうな」
「迷宮が魔物を生んでるのよ! だから死んだら消えるの!」
エルサの呟きに、ここぞとばかりにローズが答える。
迷宮の魔物は、死んでしばらくすると黒い光の粒になって溶けるように消えていく。意味が分からない現象だが、エウレカの地下墓所でも黒い靄から骸骨戦士や竜が現れたこともあったから、『そういうものなんだな』と無理やり納得することにした。
面白いのは、魔物が消えた後に何らかの物品を落とす場合があることだ。今のところはブレードウルフが魔石を、ジェネラルゴブリンが魔石と迷宮転移石を落とした。
迷宮転移石とは、その名の通り迷宮内の転移陣を使用するための転移石だ。地上の転移石は白色の石だが、こちらは灰色で、大きさは同じくらい。10の倍数の階層主が必ず落とすそうだ。転移石は一度使うと崩れてしまうが、迷宮転移石の方は十数回は使用することが出来るらしい。
「よし。じゃあ今日のところは、これで引き上げるか」
階層主が姿を消した先の小部屋には、二つの転移陣があった。片方は11層に転移するもので、もう一つは地上に戻るものだ。両方とも10階層の階層主が落とす迷宮転移石を持っていれば使用することが出来る。
「町に戻って飯でも食おう。ローズも来るだろ?」
「行くわ!」
迷宮挑戦は順調な滑り出しに出来た。そのお祝いとローズの歓迎も兼ねて、今日はジブラルタ料理を楽しもう。




