第344話 海底迷宮へ
「じゃあ海底迷宮に向かおう」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
もろもろの準備を済ませた翌日、探索者ギルドの応接室でローズと合流する。さっそく海底迷宮に向かおうとしたら、ローズが慌てて制止してきた。
「なんだよ?」
「アンタ達、何の荷物も持ってないじゃない!」
そう言うローズは大きな背嚢を背負い、腰にはポーチやら回復薬やらナイフやらをジャラジャラとぶら下げている。対して俺達は、腰にポーチを着けて、それぞれの武器を持っているぐらいだ。
普通、迷宮に挑戦する時には、予備の武器や着替えに食糧、薬品、ロープど多種多様のアイテムを持って行かなければならない。魔法袋があったとしても収納量には制限があるため、手持ちの荷物も抱えていくのが一般的だろう。
ほぼ手ぶらで迷宮に挑もうとする俺たちに、ローズが疑念を抱くのは当然だ。
「ああ、そうか。アスカ?」
「はいはーい。そのバックパックおろしてー、ほい、収納!」
「へっ……?」
言われるがままに下ろした背嚢が消えて無くなったことにローズは目を丸くする。
「ど、どういうこと!?」
「はいはい。後で説明するから、とりあえず行くぞ」
「ちょっ、待ちなさいよ!」
アイテムボックスのこととか、いろいろと情報共有しておかないといけないこともあるけど、それは迷宮に入ってから道すがらに話すことにした。ここで話しても信じられないことも多いだろうから、実際に目にしてもらった方が話が早い。
俺が6つもの加護を持っていると知ったら驚くだろうなぁ。当面は『神龍ルクス様の思し召し』で誤魔化すつもりだけど。
探索者ギルドの一階に降りて、客待ちしていた小舟の漕ぎ手に昨日もらった探索者タグを提示する。タグを見せれば船は無料で乗せてくれるのだ。
ちなみに探索者タグは、冒険者タグとほぼ同じ大きさの銅製の四角い金属板で、名前と6桁の数字が刻まれている。10階層に至ると銀製に、20階層で金、30階層で白銀になるそうだ。
これで首から下げるタグは4つ目だ。冒険者タグと決闘士タグ、王家の紋章は白銀製なので、探索者タグが少々みすぼらしく見える。せっかくだから、これも白銀に揃えたいものだ。
「おお……近くで見ると迫力があるな」
「これが『王の塔』……」
湾の中央にそびえ立つ、巨大な白亜の塔に小舟が近づいていく。透明度の高いこの海でも水底が見えないのだから、結構な水深がありそうだ。こんな所に、いったいどうやってこんな巨大な建造物を立てたんだろうな……。
「あそこに着けて!」
塔の周りには桟橋が何基も組まれていて、たくさんの小舟が着桟していた。
ローズは小舟が停まっていない桟橋に着けるよう漕ぎ手に指示をする。どうやら王族や貴族の専用桟橋のようだ。
「地下に行くわよ!」
小舟から桟橋に降り立つと、ローズが塔の方へとずんずん歩いて行くので慌てて追いかける。ローズと俺達は塔の入り口に立っていた見張りの兵士達の横を、声かけられることなく通り過ぎた。
俺とエルサは、思わず顔を見合わせる。
アスカとアリスは何も思わなかったようだが、あの兵士達はローズに気付いていながらも、チラリと目を向けるだけで姿勢すら正さなかった。仮にも王族の一員であるローズが通り過ぎたにもかかわらずだ。
探索者ギルドマスターのバティスタが言っていた、不当な扱いを受けていると言ったのは事実のようだ。立番をする末端の兵士にすら、軽視されているとはな……。
『王宮の連中を見返す』と言ったローズの気持ちもわからなくもないな。俺はそんな事を思いながら、足早に階段を駆け下りていくローズを追った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王の塔の地下広間には、たくさんの探索者で人集りが出来ていた。大半は海人族で、二足歩行する蜥蜴や鰐のように見える者もいれば、手や尻尾だけ鱗に覆われた央人のように見える者もいる。次に多いのは央人、数は少ないが神人や土人の姿も見えた。
長蛇の列の先には長机が置かれていて、二人の兵士が座っていた。列の先頭の探索者達が探索者タグをその兵士達に見せ、その先にあるアーチ状のゲートに向かって行く。
ゲートの向こうには3つの魔法陣が2列に並んでいて、手前の列の3つと奥の列の1つが薄っすらと光を放っていた。ゲートを通り過ぎた探索者6人が真ん中の魔法陣の上に乗り、1人がポーチから何かを取り出し何ごとかを呟く。すると魔法陣が白く輝き、眩い光が探索者達を包む。次の瞬間には六人の探索者は姿を消していた。
「あれが迷宮転移陣か」
「うん。最大6人まで一緒に転移るんだよ」
「それでバティスタは『ちょうどいい』って言ってたのか」
海底迷宮は6人1パーティでの探索が基本ってことか。まあ第一王女と第一王子は迷宮の中に拠点を構えているって話だし、6人なのは迷宮に入る時だけで、もっと大人数で探索しているのだろうけど。
「行くわよ!」
最後尾に回ろうかと思ったら、ローズは長蛇の列を無視して長机の方に歩いて行く。たぶん王族や貴族は優先的に受付が出来るのだろう。列に並んでいる探索者達から恨みがましい目を向けられたが、並ばなくて済むならその方が楽だから恩恵にあずからせてもらおう。
「ああ、ロゼリア様。今日は6人ですか。ご一緒に潜ってくれる方が見つかったんですねぇ」
長机の兵士達はやはり立ち上がりもせずニヤついていた。一国の王女に対する態度ではない。
「御託は良いわ! 早く確かめなさい!」
ローズが長机の上に探索者タグを叩きつける。俺達もそれに倣い、タグを兵士に渡した。
「白銀っ!? Aランク冒険者かよっ!?」
一緒に手渡した冒険者タグを見て兵士が大声を上げ、後ろに並ぶ探索者達が騒めく。兵士はエルサが提示した金のタグにも息を呑み、食って掛かるような目つきで俺を見上げた。
「おいおい、アルフレッドさんよ。あんたなんでまた第三王女なんかと組んでるんだぁ?」
俺の隣で、ローズがギリっと歯を鳴らす。
これはもう不敬なんて言葉では済まされない。王女であるローズが一兵士に完全に見下されてる。
この国の女王はローズを大切に想っていると聞いていた。女王の盟友であると言うバティスタが、ローズに親身になっていることからも、それは事実なのだろうが……なぜ女王はこんな状況を容認しているんだ。
「お前に応える義理は無い」
「あぁん!?」
「お、おいっ、待て! この紋章!」
俺の返答に兵士は青筋を立てて睨みつけてきたが、もう一人がそれを制止する。『王家の紋章』に気付いたようだ。
「ロゼリア殿下がお待ちだ。早くしろ」
「はっ! ど、どうぞ、お進みください!」
兵士二人は同時に立ち上がり、俺に向かって挙手敬礼する。
俺にじゃなくてローズにしろよ……そう口にしそうになりながらもグッとこらえる。一兵士に言ったところで、どうなるわけでもないのだ。
「ロゼリア殿下、参りましょう」
「……うん!」
ローズがニカッと笑い、身を翻してゲートに向かう。俺達も粛々とそれに続いた。
一番右手前の魔法陣の上に皆が乗ると、ローズはポーチから灰色の石を取り出した。手の平サイズの灰色の石には魔方陣が刻まれている。
「転移するわよ! 海底迷宮の転移陣よ、零の転移陣への門を開け!」
転移陣から白い光が噴き出す。眩い光に目を瞑った次の瞬間に、俺達は薄暗い洞窟に立っていた。




