第343話 ローズの事情
「あらためて、ご挨拶申し上げます。私はバティスタ。この探索者ギルドのマスターを務めております。そして、こちらはジブラルタ王国の第三王女であらせられますロゼリア・ジブラルタ様です」
豪華絢爛な調度品や家具が設えられた、貴人を迎える際に使用するのであろう応接室に通され、鰐男が恭しく頭を下げる。
「皆様にはロゼリア様をリーダーとして海底迷宮に挑戦し、中層の踏破を目指して頂きたい。応じて頂けるなら皆様の探索者登録を特例で認めましょう」
「いくつか質問があります。宜しいですか?」
「もちろんです。可能な限りお答えします」
バティスタが引き攣った笑顔を浮かべる。もし彼が央人なら脂汗を浮かべていることだろう。
一方、ローズはバティスタの隣で、そっぽを向いて口を尖らせている。自分のペースで話を勧められなかったのが不服なのかな?
「まず、王女であるロゼリア殿下自ら海底迷宮に潜る理由を聞かせてください」
なぜ新人探索者であるローズをリーダーとするのか。なぜ俺達の探索者登録を認めるのか。聞きたいことはたくさんあるが、まずはこの質問からだ。
ローズの王女という立場を考えると、様々な面倒ごとに巻き込まれかねない。何を目的として迷宮に潜るのかは、はっきりと聞いておかないとな。
「ロゼリア様のお立場を守るためです。ジブラルタ王家では、海底迷宮の踏破階数が発言力に大きく影響しますので……」
「より深く踏破した者が、王家の中で権力を得ると?」
「端的に申し上げますと、そういうことです」
なるほど。ローズをリーダーとして探索者パーティを組みたいのは、その実績を得るためか。
「他の王子や王女の中に、迷宮に潜っておられる方はいらっしゃいますか?」
そう聞くとバティスタは目を見開き、ローズもピクリと反応する。王位継承を巡った争いでもあるのかと思って質問してみたのだが正解だったかな?
「第一王女と第一王子が挑戦していらっしゃいます……」
「そのお二人からも探索を妨害される、もしくはロゼリア殿下が狙われる可能性があると……?」
「それは有り得ません」
バティスタが、はっきりと断言する。
あれ? 違うのか? 他国の冒険者に頼ってまで迷宮に挑戦をしようとしているのは、他の王位継承の候補者に妨害されて手駒がいないからなのかと予想したのだが……。
「その根拠は?」
「ロゼリア様は王位継承権を既に放棄していらっしゃいます。敵対する理由が無いのです」
「王位継承権を放棄? ならばなぜ迷宮に潜る必要があるのですか?」
王位を狙っているからこそ迷宮に潜るのかと思ったのだが……違うのか?
「それは……」
俺の問いにバティスタが口ごもり、応接室に沈黙の帳が下りる。無言で回答を待っていると、ローズがフンと鼻を鳴らした。
「王宮の連中を見返すためよ!」
「……見返す?」
ローズの意図するところが掴めず聞き返すと、バティスタがローズに気づかわしげな目線を向けた後に、ローズの境遇をゆっくりと語り始めた。
「ロゼリア様は……王家で不当な扱いを受けておられるのです」
ローズはジブラルタ王家で腫物のように扱われていた。衣食住などの生活環境は十二分に与えられているものの、教育は施されず、作法すらまともに教えられていない。
その理由は至極単純。王家に生まれながら、その容姿が海人族とは似ても似つかなかったからだ。ローズは他の王女や王子と同じく紺碧の頭髪と瞳の色を持っていたものの、皮膚は央人そのもので鱗一つない。
ジブラルタ王家は由緒正しい海人族の血筋であり、その容姿は紺碧の瞳と頭髪、鱗が特徴の一族だった。他の一族から妻や夫を迎えることもあったため、紺碧の形質を引き継がない子息が生まれることは過去にもあったらしい。それでも鱗の無い子が生まれたことなど、一度もなかった。
王宮内では『女王が央人族と不義を働いたのだ』とまことしやかにささやかれた。女王は真っ向から否定したものの、ほぼ央人と言ってもいい容姿のローズがいるのだ。誰も女王の言葉を信じることはなく、ローズはジブラルタ王国の貴族達から『不義の子』と後ろ指をさされ続けた。
母親である女王はローズを不憫に思い、惜しみないを愛情を注いだ。だが、女王としての立場もあるため四六時中そばにいることが出来るわけもない。さらに、貴族の知識人達が異形の王女の教育に就くことを拒否したため、ローズは王宮の中で半ば放置されるように育っていった。
『母様とワタシを侮辱したことは許さない!』
誰よりも深く海底迷宮を踏破して王宮の者達を見返してやると誓ったローズは、幸いにして【導師】の加護を授かる。だが、ローズとパーティを組んでくれる者が見つからなかった。
「王宮の有力な兵士は第一王女か第一王子に取り込まれていますし、探索者の大半はお二方のクランのどちらかに加入しています。数年前までなら、それでもメンバーを見繕うことも出来たのですが……」
「冒険者や傭兵の引き抜きと他国出身者の締め出し……ですか」
「ええ。第一王子と第一王女の対立が表面化し、主だった冒険者や傭兵は御二方のクランに引き抜かれてしまいました。低ランクの者であれば見繕うことも出来ますが、それでは下層どころか中層に至ることすら難しい。そもそも大抵の国民は御二方の不興を買うことを恐れて、ローズ様を避けてしまう。そんな中、他国出身のAランク冒険者であるアルフレッド様がいらっしゃったのです」
「なるほど……」
最初からそう打ち明けてくれていれば、拗れることもなかったのにな。
俺達はローズとパーティを組めば海底迷宮に潜ることが出来る。ローズは実力のある冒険者達とパーティを組むことが出来て、海底迷宮の下層を目指すことが出来る。互いの利害は一致している。
「状況はよくわかりました。ロゼリア殿下とパーティを組むことに否はありません。ただし、いくつか条件があります」
「ほんとに!?」
ローズが喜色を満面に浮かべて立ち上がった。いやいや、まずは条件を聞けよ、ローズ。
「条件とは?」
バティスタが思案顔で俺の顔色を窺う。
「一つ目は、私達の加護やスキル、能力について一切の口外をしないこと。二つ目は、形式上ロゼリア殿下をリーダーとしますが、海底迷宮内では私達の指示に従って頂くこと。最後に、ロゼリア殿下に万が一のことがあったとしても、その責任を問わないことです」
「かまわないわ!」
「ふむ、それは当然でしょうな」
「では、それらを誓約書にまとめますので、お二人には聖ルクス教会にて署名して頂きます」
一緒に迷宮に潜ることになれば、アスカの【アイテムボックス】やら【ジョブメニュー】なんかを隠し通すことは出来ないだろう。それに、低レベルのローズにリーダー面して指示されたり、勝手な行動をされても困る。
誓約を破ったとしても、金銭を支払わせるぐらいの罰則規定しか盛り込むことは出来ないけど、何もしないよりはマシだろう。
「皆も、それでいいか?」
「ええ」
皆が問題無いと答える。さっきは喧しく言い争っていたアスカも、ローズの境遇に同情したのか、真面目な顔でこくりと頷いた。
思ったよりも時間がかかったが、ようやく海底迷宮に挑戦することが出来そうだ。




