第342話 マウント合戦
背中の中ほどまで伸びた紺碧の髪が艶やかに輝き、日差しを反射する水面を思わせる。勝気そうな大きな瞳は髪色と同じく紺碧だ。
「ちょっと! こっちが名乗ってるんだから、名前ぐらい名乗りなさいよ!」
背丈はだいたい160センチくらいかな。アスカと同じくらいだ。そして、この、お転婆というか、はすっぱというか、太々しい感じもアスカと同じくらいだ……。
「なんなの、この子? すっごいうるさいんですけど」
アスカがローズと名乗った女の子を指さして、鰐男をじろっと睨む。
「うるさいってなによ! リーダーに向かって!」
「誰がリーダーよ! あたし達のリーダーはアル!」
「はぁ!? リーダーになって欲しいって頼まれたから、来てあげたんだけど!?」
「た・の・ん・で・ま・せ・ん―!」
アスカとローズが顔を突き合わせて睨みあう。
まあ、確かに? アスカの言う通り、ローズと名乗ったこの少女はうるさい。ただアスカ、お前もうるさいよ。同族嫌悪かな?
「ええと、彼女は?」
「あ、ああ。彼女はローズ。ギルドに登録したばかりの新人探索者なんだ。彼女をリーダーとしてパーティを組んでくれるなら特例としてアンタ達の登録を……
「それはさっき聞いたよ。彼女の素性を聞いてるんだ」
「え、ええと、知り合いの娘なんだよ。加護を授かったばかりの新人だから、有能な探索者と組ませたく……
「それもさっき聞いた」
胡散臭い……。どう考えても事情がありそうだが、この鰐男は話すつもりが無さそうだ。知人の娘を出来るだけ安全に迷宮に潜らせたいというのはたぶん本音なのだろうが……。
俺達は、資源の流出防止のために本来なら排除すべき他国の冒険者のはずだ。特例を使ってまでローズと組ませて海底迷宮への立ち入りを許可するのはなぜだ?
「しょうがないな。アスカ、ローズを視てくれ」
「え? ああ、ちょっと待ってねー」
話す気が無いなら堂々と覗いてやろう。
アスカは『王家の魔法袋』から真紅の水晶が嵌め込まれた眼帯を取り出し、紅と黒の組紐を頭に括りつけた。
「な、なによ、それ!」
毒々しい意匠にビクッと反応したローズに向かって、アスカがニヤリと微笑みかける。
「くっくっく。目覚めよ……我が左目に封印されし
「いいから早く視ろよ」
ローズで遊びたいのもわかるが、いつまでたっても話が進まないじゃないか。
「もー、ここからいいところだったのに。えーと、へぇ……名を名乗れとか言っておきながら、そっちもウソついてたんだね、ロゼリア・ジブラルタさん?」
「なっ!」
アスカの問いかけに、ローズと鰐男が硬直する。
「ジブラルタ?」
おいおい、家名が国名と同じって……。裏がありそうとは思っていたが、まさかそう来るとは思わなかったな。
「ジブラルタ王家の方ってわけですか。ロゼリア様、とお呼びした方がいいかな?」
「ど、どういうこと!?」
「『識者の片眼鏡』ですよ。本来は視た相手のレベルがわかる魔道具ですが、これはアストゥリア帝国の特別製で…………相手が隠していることが視えるんですよ」
「そ、そんな物が……!」
え!? って顔でこっち見るな、アスカ。隠していることなんて見えないって言いたいんだろ? ちょっとしたブラフだよ。話を合わせろよ?
「それで、アスカ。ロゼリア様の加護とレベルは?」
「ええと、【導師】だね。魔法はまだ【治癒】しか覚えてない。レベルは8だよ」
「な、なんだと……」
鰐男とローズが大きく目を見開く。
「ふむ。新人探索者っていうのは本当のようだな」
「あれ、種族は海人? あんた、央人じゃなかったの?」
アスカがはっとした顔で言うと、ローズが露骨に顔を顰めた。どうやら隠したかったことのようだ。
というか、ローズは海人族なのか。いや、王家の人間なら当たり前か。
見えるところには尻尾も無いし、鱗も生えていない。珍しい髪色ではあるが、央人族だとばかり思っていた。
「これは……隠し事は出来そうにありませんな。ロゼリア殿下、正直に協力を求めた方がよろしいかと」
鰐男が深々とため息をつき、そう言った。
「殿下はやめてって言ってるでしょ!」
ローズが鰐男を怒鳴りつける。そして俺とアスカをジロリと一睨みし、不本意ですと言わんばかりに首を振った。
「ジブラルタ王国第三王女、ロゼリアよ! 貴方達には私とともに海底迷宮に挑戦する栄誉を与えるわ! 感謝なさい!」
腕を組み、顎をくいっと上げてローズは高慢なセリフを吐いた。アスカがあからさまにイラっとした顔になったが、俺にしてみれば頭一つ分小さいローズがそんな態度を取ったところで可愛らしいもんだとしか思わない。加護を授かったばかりというから、年はたぶん15歳。他国の王族とは言え、5つも年下の女の子だしな。
「それでは、こちらもご挨拶させていただきますわ。初めてお目にかかります、ロゼリア殿下。エルサ・アストゥリアと申します。アストゥリア帝国選帝侯トレス家の分家筋の者ですわ」
ローブの裾を掴み、優雅に挨拶を決めるエルサ。選帝侯トレス家の名に驚いたのか、ローズの眉がピクリと動く。
「私から仲間をご紹介いたしますね。こちらはアリス・ガリシア様。ガリシア氏族の族長ジオット・ガリシア閣下のご長女様でいらっしゃいます。そしてこちらが、ユーゴー・レグラム・マナ・シルヴィア様。レグラム王国の第二王女でいらっしゃいます」
ローズの余裕ぶっていた笑顔がだんだんと引き攣っていく。
あーなるほどなるほど。次々と家名を出して、こちらの優位性を取りに行っているわけね。
あらためて考えてみると、俺達ってすごいメンバーだな。ガリシア自治区の全氏族を支配下に置くガリシア氏族の娘アリス。シルヴィア大森林の覇者であるレグラム王国の王女であり、亡国マナ・シルヴィアの血筋を引くユーゴー。そして選帝侯家の分家の娘であるエルサまでいる。まあ、その選帝侯トレス家は没落寸前ではあるけれどね。
「最後に、私達のリーダー、セントルイス王国アイザック・ウェイクリング辺境伯の長子、アルフレッド・ウェイクリング様と、その婚約者でいらっしゃるミタニ家のアスカ様です」
「あらためて、お初にお目にかかります、ロゼリア殿下。アルフレッド・ウェイクリングと申します。以後、よしなに」
「アスカ・ミタニです」
俺とアスカが揃って御辞儀をする。エルサがアスカをさらっと婚約者と紹介していたが、流しておく。頬が少し赤く染まっている気もするが、アスカも無難に合わせてくれている。
国境を接するセントルイス王国の辺境伯の子息だと知り、もはやローズと鰐男の顔は真っ青だ。ウェイクリング辺境伯はジブラルタ王国にとって、聖ルクス教国と並ぶ貿易相手だからな。あまり粗相をしていい相手じゃないだろう。
「さて、あらためてお話をお聞かせ願えますか?」
さりげなく『王家の紋章』とAランクの冒険者タグを胸元から引っ張り出しつつ、鰐男に微笑む。鰐男は『おおおおおおお待ちください!』と叫び、ローズの腕を引っ張って退出していった。別室で仕切り直しかな?




